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2020年10月02日 16時30分 JST | 更新 2020年10月05日 08時02分 JST

「部屋に尿瓶代わりのペットボトルが転がっている」元引きこもりのライターが事故物件を取材する理由

「孤独死する人の多くがセルフネグレクト(自分自身の世話を放棄してしまう)の傾向がある」。そう語るのは、ノンフィクションライターの菅野久美子さんだ。彼女はなぜ、孤独死現場の取材を続けるのか。

YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
ノンフィクションライターの菅野久美子さん(左)と筆者(姫野桂)

著書に『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがあるノンフィクションライターの菅野久美子さん。彼女は孤独死現場をメインに取材を続けている。ときには死臭が全身にこびりついて取れないような凄まじい現場を、なぜ取材するのか。菅野さんに話を聞いた。

 

事故物件取材、きっかけは好奇心から

菅野さんが孤独死現場を取材し始めたきっかけは、意外にも好奇心だったという。事故物件をチェックできるサイト「大島てる」の管理人、大島てるさんと知り合いになり、そこから事故物件の現場に潜入する。発見が遅れた現場には、その臭いから身を守るため防御服まで着ていくという。

また、今はコロナ禍ということもあり、故人がコロナで亡くなった場合、ウイルスが死滅しているであろう状態の1週間後に行くケースもあるそうだ。  

YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
ノンフィクションライターの菅野久美子さん

「最初は『事故物件、怖そう』という単なる好奇心から大島てるさんのイベントなどに行っていたのですが、実際に事故物件に足を運んで取材をすると、住んでいた人の生活が見えてくるんです。

初めて取材で訪れた物件は、江東区のタワーマンションの奥にひっそりとある築50年ほどの古びた団地でした。

すでに清掃業者が入った後でしたが、窓には目張りがしてありました。しかも、死の危険があるほどの猛暑にもかかわらず、その隣の部屋の窓が開いていて、そこからはカップラーメンのニオイがしていました。『この猛暑のなか、エアコンなしで生活をしている人がいるんだ』ということに、まずショックを受けました」

ご遺体こそないものの、その人がどんな人だったのか薄ぼんやりと人となりが見えてくる。生前、社会から孤立していたことを感じることも多く、その人が抱えていた生前の苦しみを行政や近隣、親族でさえも知らなかったという悲しい現実があると菅野さんは言う。

また、孤独死する人のほとんどがセルフネグレクトの傾向があるという。セルフネグレクトとは例えば入浴をする、トイレに行く、ゴミを捨てるなど生きていく上で必要な自分自身の世話を放棄してしまうことだ。

「男性だと、部屋の中に尿瓶がわりにした4Lの焼酎のペットボトルがずらりと並んでいるなんてこともあります。トイレに行く体力さえ残っていなかったんだと思います。

孤独死現場の多くはゴミ屋敷です。そして、ゴミの山の中でわずかな就寝スペースを確保してそこで生活しています。誰にも助けを求めることができず、あるいは、自分はまだ人に助けを求める段階ではないと考えている間に、孤独死してしまう」

 

世渡りにつまずきセルフネグレクトへ

YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
筆者(姫野桂)

菅野さんの著書には真面目な人ほどセルフネグレクトに陥りやすいとあるが、それはなぜなのだろうか。

「真面目というか、世渡りがあまりうまくない人にその傾向があるように思います。

普通の人だったらあまり気にしにないことで落ち込んで殻に閉じこもってしまったり、大企業に勤めている人でも上下関係や、中間管理職だったら間に挟まれて、そこで踏ん張ることができず引きこもってしまうパターンです。

女性だと失恋が引き金になるケースも多いです。ご遺族に話を聞くと、やはりつまずきがあって孤立していった人が多く、共感する部分が多かったです。

また、身なりは小綺麗なのに家に一歩足を踏み入れるとゴミ屋敷…という女性も少なくありません。看護師や介護士、ブラック企業に勤めているような方で、仕事が忙しすぎて自分のことは何もできなくなってしまった方もいました」

菅野さんはセルフネグレクトに陥る人たちに「共感する部分がある」と言うが、それは彼女自身、中学時代に引きこもっていた過去があるからだ。きっかけはクラス全員から無視されるいじめだった。そして、不登校になった。

「引きこもっていた頃は昼夜が逆転、夜中にネットやゲームをするという生活でした。

そうした環境で勉強なんてできないので、いまごろクラスメイトたちはテストがあって私だけが社会から取り残されていっているという、どうしようもない焦燥感が常にありました。それでも、どうすることもできない。だから、おそらくセルフネグレクトの人たちもそういう焦りを感じているのだと思います」

 

孤独死しているのは“普通”の人

幸いなことに菅野さんは、教育関係のカウンセラーとの出会いで引きこもりから抜け出し、高校は登校できた。そして大学に進学し、その後出版業界に携わり、現在まで6冊の著書を出している。「つまずきから取材をするまでの行動力が戻ってきたことに驚いている」と菅野さんは、こう続けた。

「でも、孤独死した人たちに共感しているということは、自分はまだそこから抜けきれていないんです。逆に、それが自分の役割なのかなと思います。

孤独死したのは、私たちの周りにいる“普通”の人、苦しい思いをしているのも“普通”の人。隣の部屋で遺体が腐敗して何か月も、下手したら年単位で見つからない、本当にそんな世の中でいいのかと問いたいです。

取材でもお世話になっている不動産業者の方が、政治家に向けて孤独死の現状について講演をしたらしいのですが、議員の方の多くがこの現状を知らなかったそうで衝撃を受けました。

前著を出版した際、野党議員の方から二人だけ連絡がありましたが、ほとんどは関心がないのだと思います。イギリスでは社会問題として「孤独、孤立」に取り組むため、孤独担当大臣を任命したりと、国を挙げて対策をしているので、日本ももっと公的な支援が必要だと感じます」

 

サードプレイスづくりはセルフケア

YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
筆者(姫野桂)

今まで様々な孤独死の現場を巡ってきた菅野さんだが、強く印象に残っている現場はあるのだろうか。

「60代の女性が亡くなって死後1カ月が経過していたのですが、そのお宅にはいろんな少女漫画があって、少女漫画の世界観が好きだったんだろうなということがみて取れました。

その方は旦那さんとうまくいかなくてお子さんも出ていき、そこで一人で住んでいるうちに亡くなってしまったとのことでした。息子さんによると、ちょっと内向的で、その反面自分の世界を持っていて、人と付き合うのは苦手なようでした。

そして、もし自分が死んだら、葬式はなし、花、香典一切不要、若い頃の親友が眠る海に散骨してほしいと息子さんに頼んでいたらしく、最期は家族ではなく親友を選ぶんだと。

死後かなり経過していたこともあり、最後ご遺体と対面することもできず、ご家族にとってはつらい現実でしたが、いつか来る死を見据えて自分の意思を残していた彼女の思いや、ゆるぎない生き方に共感しました」 

私は常々、孤独を回避するためには家族や会社とはまた違うサードプレイスをつくることが大切だと感じている。菅野さんが以前参加した読書会には、10代から70代まで幅広い年齢の人が集まって、役職など関係なくコミュニケーションを取っていたそうだ。

「本を通じて自分を語ることで、自分をさらけ出すツールになる。

そういう場で知り合った人と濃密ではない関係を自ら求めていく、探していくことはセルフケアという意味では大事ですよね。本来ならそうしたコミュニティづくりのお膳立ては行政に任せたいのですが」

 

「孤立、孤独」社会的背景、無視できない

都心では隣にどんな人が住んでいるのかも分からない場合がある。私自身、以前住んでいたワンルームマンションでは隣人の顔を見たことがなかった。近くにいる人の孤独死を防ぐために私達はどんなことができるのだろうか。

YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果
ノンフィクションライターの菅野久美子さん

「孤独死に至ってしまうような人は人付き合いが得意ではないタイプが多いため、しっかりと付き合うというよりは、まずはなんとなく見守っているくらいでいいのかなと思います。

やはり女性のほうが社交性がある人が多いためご近所付き合いが上手く、男性の方が孤独になりがちです。前住んでいた私の家の近所にも、DVが原因で妻と子どもが出ていった一人暮らしの男性がいました。

無関心にならず、『あの人生きているかな?』となんとなく見ているくらいがちょうどいいのではないでしょうか。

また一方で、血縁関係にある家族からの重圧に苦しめられている人もいて、矛盾をはらんだ社会だと感じます」

菅野さんが孤独死について記事を書くと「一人で死ぬことの何が悪いんだ」という反論が度々見受けられるという。

「一人で亡くなることは決して悪いことではないですし、言ってみれば誰にでも起こりうることだと思うんです。

ただ、その死が長い間誰にも気づかれないというのは、背景に孤立、社会的な孤独があるので、そこは無視してはいけないと思います。本当はそういう人ほど、手当てされ、救われなければいけないんです」

(取材・文:姫野桂/編集:毛谷村真木