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2020年10月16日 09時19分 JST

反骨の政治家「カメジロー」 沖縄の戦後史伝える「不屈館」の資料を守りたい

沖縄の政治家・瀬長亀次郎が残した民衆運動の資料を展示する「不屈館」(那覇市)が、新型コロナウイルスの影響で苦境に立たされ、クラウドファンディングで支援を呼びかけています。

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館長の内村千尋さん=「不屈館」提供

「カメジロー」「カメさん」と呼ばれた政治家をご存じですか? 党派を超えて沖縄の人々から愛された瀬長亀次郎(1907~2001)のことです。戦後、米統治下の沖縄で米当局の様々な弾圧や妨害に屈せず米軍基地の撤去と日本復帰を訴え、復帰後も長く衆議院議員をつとめて基地問題や平和問題に取り組んだ、沖縄のシンボル的存在でした。

その「カメジロー」が残した民衆運動の貴重な資料を展示する「不屈館」(那覇市)が、新型コロナウイルスの影響で苦境に立たされています。存続の危機からクラウドファンディングサイト「A-port」で支援を呼びかけたところ、全国から予想を超える反響があり、改めてその反骨の生涯にも注目が集まっています。

 

筋金入りの反骨の人「米軍が最も恐れた男」

カメジローの人生はまさに波瀾万丈、筋金入りの反骨の人でした。戦前は治安維持法違反で逮捕され、戦後は、反米を掲げて米国統治に反対する沖縄人民党結成に参加。1952年に現在の地方議会にあたる立法院議員に当選しますが、琉球政府創立式典で、占領軍への忠誠を誓う宣誓を拒否し、米軍に疎まれることになります。

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市場へ行けば大人気だったカメジロー=「不屈館」提供

1954年には、沖縄から退去命令を受けた沖縄人民党員をかくまった容疑で逮捕され懲役2年の判決を受けます。出獄後、那覇市長選で当選するものの、市への融資や補助金凍結など米軍から様々な妨害を受けた末、政令で被選挙権を剥奪され、1年足らずで追放されてしまいました。

しかし、米軍と真正面から戦う姿は沖縄の人々に強く支持されました。

1970年、戦後初の国政参加選挙で衆議院議員に当選、その後は日本共産党に合流し計7期連続当選を果たし、生涯を反戦平和運動に捧げました。演説の名手として知られ、「芝居を見るより面白い」とカメジローの演説を聞くために何万人もの人々が集まったそうです。

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妻が営んだ雑貨店で店番をするカメジロー。不屈の男の素顔が感じられる館長お気に入りの1枚=「不屈館」提供

2017年にはドキュメンタリー映画「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」が公開され、その不屈の人生が改めて話題になりました。沖縄返還と基地撤去を巡る佐藤栄作首相(当時)との国会での論戦シーンの迫力は、今の国会とは比べ物にならない熱量を感じさせました。

 

「那覇市  瀬長亀次郎様」住所を書かずとも届いた手紙

「不屈館」はカメジローが残した膨大な日記や著作、遺品などを展示する私設資料館として、2013年に開館しました。

瀬長氏の次女で館長を務める内村千尋さん(75)によると、開設のきっかけになったのは、「生誕100年記念展」で実感した衰えぬカメジロー人気だったといいます。

2007年に生誕100年を記念して那覇市内のギャラリーで写真・資料展を開催したところ、連日400~500人が来場し行列ができる大盛況になったそうです。アンケートには「もっといろんな資料がみたい」「常設館を作ってほしい」という声が多数寄せられました。

「残されていた資料の整理もほとんど手付かずの状態でしたが、みなさんの声に後押しされるように開館に向けて準備を始めました」と振り返ります。

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カメジロー愛用の懐中時計なども展示されている=「不屈館」提供

マンションの1階にある約50坪の館内には、5000点にのぼる多種多様な資料が展示されています。

カメジローが出所した時に着ていたスーツや懐中時計などの愛用品、プライベートの家族写真のほか、米軍当局と対立した那覇市長時代に、全国から寄せられた応援の手紙も展示されています。

その多くは「那覇市 瀬長亀次郎様」宛て。住所を書かずとも届いた手紙に、当時の人気ぶりがうかがえます。

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那覇市長時代に、全国から届いた激励の手紙が展示されている=「不屈館」提供
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ハガキや封書の宛先の多くは「那覇市 瀬長亀次郎様」だった=「不屈館」提供

聴衆が埋め尽くす演説写真の中に、若き日の自分を見つけたり、親・祖父母の姿を探したりする人もいるそうです。

米統治下の沖縄での民衆運動に関する資料が豊富で、地元の学生たちが、沖縄の戦後史を学ぶ場にもなっています。沖縄の自主自立を訴え、民衆に支持されたカメジローの思いを伝えるために、行政からの援助は受けずに、全国約1700人にのぼる会員と共に、委員会方式で運営してきました。

 

コロナで一変。存続のため、若い世代も支援

しかし、そうした「不屈館」の日常は、新型コロナウイルスの拡大で一変してしまいました。

年間5000〜6000人の入館者があり、開館以来4万人以上が訪れていましたが、約1ヶ月間の休館を余儀なくされ、団体の予約はすべてキャンセル。7割を占める県外客も一時はほぼゼロになりました。

影響が長期化するのは避けられず、存続のために6月からクラウドファンディングで支援を呼びかけることにしました。

すると約1ヶ月で当初の目標だった500万円を達成し、次の目標とした800万円も突破するなど、予想を超える支援が全国から集まりました。

内村館長は「大きな反響に驚くと共に、本当に感謝しています」と話します。

「高齢の方からは、直接問い合わせの電話や現金書留が届く一方、カメジローのことをまったく知らなかったという人や、若い世代からの支援も少なくありません。クラウドファンディングというネットの力で、より幅広い層に知ってもらうことができました」

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米軍への宣誓を拒否した写真パネルの前で内村千尋館長=「不屈館」提供

支援者から届く「コロナがおさまったら必ず行きます」「こうした施設をなくしてはいけない」といったメッセージに、とても励まされたと語ります。

内村館長は、米軍普天間飛行場の辺野古移設問題、米兵が起こす犯罪など、沖縄で理不尽なことが今も続くのは、すべて「基地付き返還」が原点であることを、若い世代にしっかりと伝えていきたいといいます。

支援金は運営費のほか、カメジローの未発表原稿の書籍化や環境に優しいグッズ開発、館運営のIT化などにあてていく予定だそうです。

「みなさんの応援で、私たちも不屈の精神で、どんどん新しいことに挑戦していこうという元気をもらっています」

クラウドファンディングは10月19日まで受け付けています。支援額は3000円から。カメジローの名言つきクリアファイルなどの特典のほか、著書や映画DVDとセットになったコース(5000円〜5万円)もあります。

詳細はこちら

(朝日新聞社デジタル・イノベーション本部 山内浩司)