家族のかたち
2020年11月05日 11時21分 JST

「夫のちんぽが入らない」子なし夫婦。二人の間にあったのは、淋しさではなく、あたたかさでした

「おしまいの地」で書くことで、私は解放されたーーー。そう語ったのは、2年半ぶりの新作を出す作家のこだまさんだ。結婚、出産、夫婦ふたりだけの生活のこと、そして新作『いまだ、おしまいの地』への思いを聞いた。

作家・こだまさん

夫のちんぽが入らない』。

衝撃的な作品で作家デビューを飾った、こだまさんが前作から2年半ぶりに新作『いまだ、おしまいの地』を上梓した。

 

デビュー作のタイトルからも想像できる通り、夫と性交渉ができず、結婚も子どもを産むことも自分には関係ないものだと思っていたと綴るこだまさんに、結婚、出産、夫婦ふたりだけの生活のこと、そして新作への思いを聞いた。

 

家族に隠して執筆活動を

――前作から2年半。だいぶお時間が経っていますが、なにか理由はあったのですか?

私はもともと書くのがものすごく遅いんです。本作は連載をまとめたものですが、その連載も2ヶ月に1回というペース。それが私にはちょうどいいんです。

自分と向き合うことに時間がかかるタイプで、書きたいことはたくさんあるけれども、締め切りの2日前にパソコンを開くような調子で。

また、私は家族に執筆活動をしていることを隠しているので、夜遅くまでパソコンの前にいると、仕事をしているのではなく、遊んでいると思われてしまうんです。だから遅くまでパソコンの前にいると、夫に「早く寝ろ」と電気を消されてしまう(笑)。

 

――執筆をしていることを周囲にオープンになさらないのはなぜですか?

自分からは言いたくないんですよね。誰にも言えないことを書き続けていきたいという気持ちが強いので、家族をはじめ、周りの人に読まれていると思うと、何も書けなくなってしまうのではないかという不安はあります。

 

――今作のタイトルが『いまだ、おしまいの地』、前作は『ここは、おしまいの地』。「おしまいの地」という言葉がとても印象的に響くのですが、どんな場所のイメージなのでしょうか?

私の生まれ育った場所は山に囲まれ、本当になんにもない田舎で、その風景がイメージの原点です。そして、私の夫は教師をしているのですが、転属先の希望を「どこでもいい」と言っているので、どうしても僻地のような場所に配属されることになってしまうんです。ただ広いだけで、閉鎖的、そして何もない僻地のような地方の田舎のイメージでしょうか。

 

「子どもを持たなきゃ」と強迫観念のようなものを抱いていた

――私は、「未婚、子なしコンプレックス」を抱えていて、結婚について、子どもを「産む、産まない」について、いろいろな方にお話をお聞きしているんです。こだまさんはでデビュー作が『夫のちんぽが入らない』。お子さんはいらっしゃらず、作中で「子供の頃から結婚に憧れを抱いたことはなかった」「子供を産みたいと思ったこともない」とはっきり書かれています。

そうですね。仕事をしながら子育てをし、我が子を怒鳴りつけ、手をあげる母を見て育ったせいか、子どもを持つ喜びよりも苦しさや煩わしさばかりが目についてしまうんです。私も夫と同じく教師をしていたことがあり、子どもは好きですが、自分の子どもを産みたい、育てたいという気持ちは一度も芽生えたことはありません。

 

――それは結婚する前、結婚後、現在も変わりませんか?

結婚前は、結婚自体も自分はしないだろうと思っていたし、子どもはもちたいと一度も思ったことがないのは、先ほどお話しした通りです。子どもを可愛がっている人をみても、どうしてこんなに愛情を注げるんだろうと不思議に思うくらい。私には別の世界の話だと思っていました。

ところが縁あって、今の夫と結婚。結婚してからは、自分は子どもを持ちたくないけれど、夫は子どもを欲しいと思っているのではないか、親は孫ができたら喜ぶんじゃないかなど、周囲のことを考えて、「子どもを持った方がいいのだろう」と自分に言い聞かせていました。

やはり結婚すると、親戚や周りの人には「子どもは?」と言われることも多くなるので、「子どもを持たなきゃ」と強迫観念のようなものを抱いていたこともありました。

 

――でも、いざ子どもを…となっても、デビュー作に書かれている通り、パートナーと性交渉ができなかったわけですよね。そして、現在、子どもがいない。

最終的には、夫と性交渉ができなかったこともあったけれど、子どもを持つには持病の薬を一時中断しなくてはならないなどの事情もあって、「子どもを持たない」とはっきりと選択することができました。

そのおかげで、すごく吹っ切れたというか、もう子どもを産む、産まないで悩まなくていいんだって、解放的になれたような気がしています。

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イメージ写真

――パートナーとは子どもを持つ、持たないについて話し合ったりはしたのですか?

夫とは、話し合いらしい話し合いはきちんとしてはいません。

通常の性交渉はできなくても、病院で不妊治療をうけるなど出産をしようと思えば、手段は皆無ではありませんでした。でも、私たち夫婦はそれをしようとはしなかった。私が子どもを望んでいなかったというのもあるし、「妊活」のために持病の薬を中断したことで私が体調を崩して、夫が心配してくれたんです。そして「別に子供なんていなくてもいいじゃない。この先もふたりだけの生活でいいじゃない」と言ってくれました。

そのお陰もあって、「あ、子供を持たなくていいんだ」と周囲に抱いていた長年の罪悪感が消えた感じでしょうか。

 

――これから夫婦ふたりで過ごしていくライフプランのようなものは、あるんですか?

子どもがいないと淋しいでしょうと言われるというのを聞いたりしますが、私は全然寂しさは感じません。逆にのびのびできている。

私たち夫婦は一緒に行動することが少なくて、同じ家の中にいても別々のことをしているというのが普通。だから、おじいちゃん、おばあちゃんになっても今と同じようにそれぞれが自分のしたいことをして、同じように家の中でも別々のことをして暮らしていくのだろうと思います。

ストレスも子どもがいない淋しさを感じることもないまま時は過ぎ、きっと年をかさねていくのでしょう。

 

――子どもがいないことは、創作活動に影響を与えていると思いますか?

今回の新作を書いている途中から、私は「うつ」の症状が出てきてしまい、自分のことすらまともにできない状態になってしまったのですが、そのとき子どもがいないことに心底ほっとしました。何もできない状態なのに、子どもの面倒を見なくてはいけない状況になっていたら、私はどこまで壊れていたかわかりません。執筆どころじゃなくなっていたかもしれません。

 

書くことで自分が“開かれていった”

――今回の新作を読んで、前作よりも開かれたというか、こだまさんの世界が広がったような印象を受けたのですが。

その通りだと思います。書きながら、特に意識はしてなかったんですけど、本にまとめてみたら前と全然違うと気がついた。「おしまいの地」にいながらも人と話すようになったし、外に出て、喫茶店巡りが好きになったり、ライブに行くようになったり、書く題材が変わってきたなというのは今回とても感じました。

いままでは地方の閉ざされた集落の閉鎖的で、縛られた生活や、人と話すのが苦手で自分で自分を縛っているような性格のせいもあり、ものの見方や考え方がとても狭かったんです。

それが、「おしまいの地」でエッセイを書くことによって、いろいろな意味で、部分で開かれていったのだと思います。それが、閉鎖的な地方の集落に縛られていない自分になりつつある。居場所は変わっていないけれど、自分が変わってきた感じでしょうか。

 

――こうやってインタビューをさせていただいていると、たくさんお話をしてくださるので、作品の中でも何度もご自身で書かれていますが「人と話すのが苦手」とはまったく思えません。

これは、なんとか自分を鼓舞しているのであって、田舎では最低限のことしか喋らないんですよ。だから時々、自分がふたりいるような気持ちになりますね、作家として東京に来て取材をうけている自分と、田舎で何も喋らず、普通にごはんを作っている主婦。まるで別人なんです。

 

――「おしまいの地」から抜け出したいと思うことはないんですか?

もし東京で執筆活動をするとなったら、自分に書けることがあるのかなと不安になってしまいます。「田舎」が私の特徴なんです。田舎ならではの風景、風習、暮らしから、私は題材をもらっている。嫌だなと思いながらも、田舎に依存している部分が大きいような気がします。

東京だと自分が埋もれてしまうと思うんです。でも田舎だと、この風景を見て書けるのは今自分しかいない、と勝手な特別感みたいな感情を抱くんです。誰も見てない風景、数少ない田舎の人しか体験していないことを自分が文章にしたいという気持ちが湧いてきて。

だから移住したい、抜け出したいという気持ちは湧いてこないですね。

「おしまいの地」に縛られながら、私は書くことで解放され、ようやく生きやすくなりました。 

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(著)こだま 『いまだ、おしまいの地』太田出版刊 本体1300円+税

『いまだ、おしまいの地』

著:こだま 太田出版刊 本体1300円+税