なぜ高知東生さんは「陰謀論」から脱出できたのか。「ネットで出会った真実」がガラガラと崩れた瞬間

「そういえば、このツイートには陰謀論は全くないですよ」

きっとこの人は、陰謀論から脱出する方法を知っている。

2016年に覚醒剤を使用した罪などで有罪判決を受けたあと、執行猶予期間を満了し、俳優として活躍する高知東生(たかち・のぼる)さんのことだ。

「俺陰謀論を信じかけていたんだよ」「楽に賢そうな気分になれた」...高知さんは2021年2月、自身のTwitterで陰謀論に溺れかけていたことを告白。一連のツイートは8万以上の「いいね」を集めるなど大きな反響を呼んだ。

高知さんは、どのようにして「ネットで真実」を発見してしまい、なぜ陰謀論だと気づけたのか。本人を訪ね、話を聞くことにした。

■「俺だけが真実を知っている」

「全てにおいて“そうなんだ!”って感じた。この動画に出会ったのは特別な縁なんだって...」

高知さんは陰謀論にのめり込んだ経緯を雄弁に語り出した。

取材に応じる高知東生さん。笑顔が絶えなかった
取材に応じる高知東生さん。笑顔が絶えなかった
Fumiya Takahashi

1回目の緊急事態宣言が出された2020年4月ごろ、講演などの仕事がめっきり減ってしまった高知さんは、これまであまり見ていなかったというYouTubeにはまり出す。

そこからまた多忙な日々が続いたが、年末年始、そして2度目の緊急事態宣言で再び家にいる時間が増えた。「仕事がかなり減少して、暇な時間をどう過ごすか考えていたら、知らぬ間に見るようになった」と高知さん。YouTubeで大好きな都市伝説モノの動画を見始める。

エンターテイメントとしての都市伝説は陰謀論とは似て非なるものだ。しかし、YouTubeが関連動画として勧めてくるコンテンツには、根拠のない政治的主張の混じったものもあった。

「まだ信じている人が多くいるため」と具体的な内容は控えたが、大まかに言えば「海外関係の陰謀論」に高知さんは触れてしまう。「俺だけがこの動画にたどり着き、世の真実を知ってるんだと。そうか、やっぱり!と。どんどんハマっていきました」。

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M-A-U via Getty Images

気づけば関連動画は陰謀論で埋め尽くされた。「スパッと言い切ってくれるので、脳にバゴンと衝撃が来た。冷静に考えれば、専門家は“真実はこうだ!”と断言はしませんよね」と高知さん。今でこそ少し考えれば分かる。だが当時はその余裕が持てなかったという。

■受け入れたら世界が変わった

高知さんを救ったのは仲間たちだった。過去に覚醒剤を使用したことで有罪判決を受けた高知さんは、自らもかつてはギャンブル依存症だった田中紀子さんの主催する団体から支援を受け、回復を目指してきた。

そこで出会ったのが自分と同じ境遇を持つ「自助グループ」。経験や悩みを打ち明けあう仲間に、「知らせてあげなきゃ」と動画で得た知識を開陳したところ、その場は爆笑に包まれたという。

陰謀論を信じている人は、否定されることでかえって自らの考えを深めてしまうことがある。バックファイア効果と呼ばれる。

しかし高知さんはそうはならず、過ちを受け入れられた。

「仲間が“YouTubeの関連動画は似たような動画ばかり偏る仕組みなんですよ”と冷静に教えてくれたんです。試しに車について検索してみたら、今度は車関係の情報しか入らない。それも自分の好きな車種ばっかり。“危なかった!やばかった!”と信じていたものがガラガラと崩れていきました」

お互いの経験を打ち明けあうグループの仲間がきっかけになった
お互いの経験を打ち明けあうグループの仲間がきっかけになった
Fumiya Takahashi

そして、自助グループの仲間は高知さんにこう打ち明けたという。

「実はね、俺らも同じように思っていたんだよ」

高知さんが振り返る。

「自助グループでは、同じ依存症だった先行く仲間が回復して、その道筋を知ることで今日1日を大事にできるようになります。(陰謀論も)経験として正直に言ってくれるから、俺一人じゃなかったんだ、大丈夫なんだと思えたんです」

自分の接していた情報は陰謀論ーー。受け入れると、途端に過去の自分を冷静に見られるようになった。

「同世代にガラケーの人もいる。でも自分はTwitterもやり始め、YouTubeも見ている。ネットをわかっている方だと勝手に解釈していた。もし知りたいテーマがあったら、自分でしっかり専門家の話を調べて、自分らしく判断しないといけなかった...」

■過去の自分を笑えるように

高知さんは自助グループの仲間がいたから冷静になれた。「おかげで軽症で済んだ」と笑い飛ばすが、一方で「グループがなかったら誰に話せていたか。もっと強く信じていたかも」と話す。

しかし、陰謀論を信じる全ての人の周りに、高知さんにとっての自助グループのような、なんでも打ち明けられる存在がいるとは限らない。

そこで高知さんは、自分がTwitterで過去を告白することで、そうした人たちの支えになりたいと考えている。

「僕のTwitterは自助グループなんです。自分から先頭を切って、恥ずかしいではなく、素直に打ち明ける。先行く仲間が経験によって僕を導いてくれた。今度は恩返し。“おーい!俺、危なかったよ。56歳でやっと気づいた!すみません!”って。みんなに伝えたいんです。みんなで分かち合って、そこには色んな意見があっていい」

高知さんはTwitterを通じて、誰かにとっての「自助グループ」になりたいと考える
高知さんはTwitterを通じて、誰かにとっての「自助グループ」になりたいと考える
Fumiya Takahashi

高知さんのツイートには「うちの家族に伝えたい」「学校の授業で喋って」などの感想が寄せられる。「思ったより前向きな反応が多いんですよ」と屈託無く笑う。これからも自身の体験をさらけ出していく。「過去の自分を笑えるようになるのが大事」との思いもある。

「そういえば、このツイートには陰謀論は全くないですよ」取材の終わり、高知さんはいたずらっぽく付け加えた。

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