災害は人の都合など考えない。福島民報が、県民の体験談を「オープンデータ」化した理由【東日本大震災】

福島のことを「被災地だけの経験にしない」。3月11日に特設サイトがオープンしました。
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おみやげ防災プロジェクトで公開した記事
おみやげ防災プロジェクトで公開した記事
おみやげ防災プロジェクト(福島民報提供)

地震は人の都合など考えてはくれない。

福島県の地元紙「福島民報」が改めてそう感じたのは、1カ月ほど前に、福島県が震度6強の地震に見舞われたからだ。

コロナ禍だろうと、東日本大震災の復興の最中でも、地震や自然災害は襲ってくる。2019年には、台風19号による記録的豪雨で福島県で多くの犠牲者が出た。

東日本大震災の日から、地元紙として一番近くで震災を取材し、県民の声や復興の様子をつぶさに伝え続けてきた。一方で「県民だけに向けた情報発信や機運醸成で十分なのか」と模索もしていた。

被災地の経験を、被災地だけの経験にしないために。

福島民報はその思いから、過去に福島で起きた自然災害で危機を乗り越えた県民の体験談を、防災知見として「配る」ことにした。

防災記事でつくったお土産袋「おみやげ防災」を観光客に配布。さらに「おみやげ防災」に書かれた記事をオープンデータという形で、特設サイトに掲載したのだ。

3月11日に特設サイトをオープンし、情報を「災害対策に活用して」と呼びかけている。

おみやげ防災
おみやげ防災
おみやげ防災プロジェクト(福島民報提供)

避難に必要な「具体的な情報」と「土地勘」

「オープンデータ」として提供するのは、台風19号の豪雨で浸水した自宅から避難した60代男性や、判断が遅れて学生寮の2階に取り残された大学生の体験談。

「被災地だけの経験にしない」ために、ここから私たちが学べることは何か。エピソードの一部を紹介する。

60代の男性と妻が住む2階建ての自宅は、2メートルの高さまで水が入り込んできた。自宅側には川があったが、当初は「心のどこかで『被害はないだろう』という過信があった」という。

ニュースを見ても河川の大ざっぱな情報しか分からず、避難を決断したのは、親戚からの助言だった。「『あと何センチ程度で決壊の恐れがある』など具体的な情報を発信してほしいと思う」と訴えた。

大学生の場合は、2階建ての寮に住んでおり、気が付いた時には「一階に水があふれていて、逃げたくても逃げられなかった」という。

危機感が足りなかったという反省と同時に、土地勘がなく、避難をためらった。スマホには、自治体から避難所の情報が配信されたが「無事にたどり着けるか想像できなかった」という。

「もっと早く避難の判断をするためには、自分が住んでいる地域がどんな場所なのか、普段から知っておくことが大事だと感じた」と振り返っている。

それぞれ、2019年11月に紙面に掲載された記事だ。

紙面に掲載した津波から身を守る心構えを描いた4コマ漫画を映像化したものや、論説も掲載している。

オープンデータ化の背景

自分たちだけでコンテンツを発信するのではなく、個人やメディアなどにも活用してもらい、日本の防災知見として広げていく。

企画を担当した福島民報社の宗像恒成さんは、オープンデータ化の背景についてこう語る。

「県民の防災意識を高めて減災を促すのは、福島の地方紙の役目として、これからも強化していきます。一方で、福島県民が経験したことや地元紙として見聞きしていた事がらや県民の動きについて、県民だけに向けた情報発信や機運醸成でいいのか。これだけ自然災害が多い国内で、広く発信すべきだろうと思いました」

オープンデータのサイトの元になったのは、大きな震災を経験した福島民報、神戸新聞、熊本日日新聞の3紙合同の「おみやげ防災」。

東日本大震災、阪神・淡路大震災、熊本地震。

震災を経験した3紙が、長年の取材で蓄積した防災記事でつくられたおみやげ袋を配り、防災知見を全国各地に持ち帰ってもらおうという取り組みだ。

3月11日、1月17日、4月14日。

福島、神戸、熊本で、それぞれの地域を象徴する場所で2021年に配られている。

「おみやげ防災」配布の様子
「おみやげ防災」配布の様子
福島民報提供

福島民報は、熊本地震が起きた2016年、熊本日日新聞の紙面に応援のメッセージ広告を出し、同じ経験をした地元紙としてのつながりも築いてきた。

3紙の中で、防災情報や意識が県境を越えるようにという思いは一致していたという。

「防災や自然災害で県民や国民が命を落とさずに、被害を拡大させないというゴールに向かって手を組むことは、ハードルが高いことではありません」と、宗像さんは語る。

このおみやげ防災の紙袋に福島民報が記載した情報を、オープンデータサイトに掲載している。

発表に合わせたステートメントのなかで、コロナ禍で「どれだけの人が災害に備えることができているでしょうか」と呼びかけ。2月に福島を襲った震度6強の地震を教訓に「地震は人の都合など考えてはくれない。改めてみんなに、防災についても見直してもらいたい」とつづっている。

「10年は節目であっても、区切りじゃない」

3月11日で東日本大震災から10年が過ぎた。

宗像さんは、一番近くで震災を伝えてきた地元紙の立場から「10年は節目であっても、区切りではない」と力を込める。

「被災地域の住民にとっては、10年経ったから劇的に変わるとか、これを区切りとして私の生活がこうなりますというのはひとつもなくて、節目を迎えたに過ぎない。これまでの日常や日々が3.11以降も続くということなので、その県民感情は見逃すことなく、伝え続けないといけません」

この3月11日を中心に、東日本大震災について日本メディアが大きく取り上げ、世界各地でも報じられた。日本全国や世界の人たちが、福島をはじめとする被災地に目を向け、現地の人たちの思いに改めて触れる機会にもなった。

日々の震災報道と合わせて、こうした機会を継続し、どう広げていくのか。「震災の一番近くにいる」に福島民報にとっての挑戦でもある。

「(震災に)苛まれた人たちを見ている私たちとして、今回の取り組みのように、県外の人たちに『福島県民は今こんな想いでいる。こういう風に復興に向かってます』というのを今後も伝える。『10年経ったから終了』ということが絶対ないよう、取り組みを続けたい」