「渋谷のスクランブル交差点」をマネーの力で再現。「君の名は。」製作幹部が見た中国映画の猛烈な“追撃”

「僕はチャイナタウンの名探偵3(唐人街探案3)」には妻夫木聡さんや長澤まさみさんらも出演。中国歴代5位という大ヒットを記録した。

とある中国映画。製作チームが送ってきたプロットには、JR渋谷駅前・スクランブル交差点のシーンが盛り込まれていた。

「ハリウッドも含めて、あの場所は誰も撮影許可を取った試しがない。リアルで撮影するの無理だ」

2016年の大ヒット映画「君の名は。」でエクゼクティブ・プロデューサーを務めた古澤佳寛さんはそう呟いた。今回、日本側の製作を手がけることになっている。

しかし、それは「常識では考えられない」マネーの力で解決することになる。

妻夫木聡さんや長澤まさみさんも出演し、中国で歴代5位の興行収入を記録した「僕はチャイナタウンの名探偵3(唐人街探案3)」。共同製作に携わった古澤さんは中国映画のリアルと、日本映画の課題を感じ取っていた。

STORYの古澤佳寛さん。「君の名は。」「天気の子」(新海誠監督)の両作に携わった
STORYの古澤佳寛さん。「君の名は。」「天気の子」(新海誠監督)の両作に携わった
Fumiya Takahashi

■「君の名は。」で知名度も高かった

古澤さんは東宝でエグゼクティブ・プロデューサーとして「君の名は。」(新海誠監督)を手がけ、映画プロデューサーの川村元気さんと設立した製作会社「STORY」では「天気の子」にも携わった。

こうした作品が中国でも有名だったこともあり、古澤さんに中国の実写映画の共同製作オファーが舞い込んだのだった。

作品は陳思誠(ちん・しせい)監督の「僕はチャイナタウンの名探偵3(唐人街探案3)」。名前の通り3作目で、世界中の中華街を個性豊かな探偵タッグが駆け巡る、コメディタッチのシリーズだ。「1」はタイ・バンコク、「2」はアメリカのニューヨーク。「3」にして東京が舞台となることが決まっていた。

唐人街探案3のポスター。日本からも著名なキャストが参加した
唐人街探案3のポスター。日本からも著名なキャストが参加した
STORY.inc 提供

■渋谷を作ってしまえ

そして冒頭に戻る。

中国側が出してきた渋谷・スクランブル交差点のシーンはこんな構想だ。

主人公の探偵・秦風(ちん・ふぉん)に、誘拐犯から電話がかかってくる。要求は「交差点に人が何人いるか数えろ」。青信号で四方八方に行き交う人の波。相棒の唐仁(たん・れん)の肩に担がれ、集中を極限まで研ぎ澄ますが、とても目が追いつかない。そこで秦風は一計を案じる。交差点を通る2階建てバスに飛び乗ると...

しかし渋谷のスクランブル交差点は、いくら映画の撮影といえども使用許可を得るのは至難の業。プロットを書き換え、別の場所にする方法もあった。

だが、中国チームが選んだのは「撮影ができる渋谷を作る」。栃木県足利市で、およそ3か月にわたる「渋谷再現計画」が始まった。

「床面をコンクリートにするところから始まりました。さらにいわゆる“使われ感”を出すために、白線や目の不自由な方向けの黄色い誘導ブロックまで、相当擦れて歴史があるように美術的な汚しを入れました。信号も全部作ります」

そして、渋谷はできた。「建物などはグリーンバックに投影しますが、交番や地下鉄の入り口などはとにかく精巧に作られていた」と古澤さん。実現させたのがマネーの力だ。渋谷のセットにつぎ込んだ予算は「日本だったら映画が一本撮れてしまう」という。渋谷が映るシーンがたったの数分だったことも、古澤さんを驚かせた。

出来上がった渋谷。ビルなどはCGで投影される。
出来上がった渋谷。ビルなどはCGで投影される。
STORY.inc 提供

およそ2か月にわたる日本ロケで、古澤さんが感じたのがこの圧倒的な予算感だ。

「カメラは日本に1台もないものを持ち込んでいたし、クレーンも見たことがないものだった。中国の、予算のある映画とはこんな感じなんだと。中国はマーケット(市場)が大きいから予算も出る。技術的な面では日本を超えるところも凄くあるなと感じました」

セットに作られた地下鉄の入り口。
セットに作られた地下鉄の入り口。
STORY.inc 提供

■集団、竹刀でフルボッコ?

一方で強く印象に残るのは、中国の製作チームとの文化の違いだ。「あらゆることが強烈すぎた」どっと疲れた様子で語り出した。

「ロケ中は“これはやめてくれ!”しか言いませんでした。例えば道路を封鎖して行った秋葉原の撮影でも、“この時間で絶対終わってね、破ると大変なことになる”と監督に何十回も言って。それでも“もう1カットだけ”みたいなことが...。

日本は撮影許可が降りにくい国なのですが、監督は“日本はなんだんだ!”と。僕は相当うるさい日本人だと思われたはずです(笑)」

監督の“日本像”にも苦労した。

「脚本の段階から日本に対する大きな誤解があって。“これは違います”とメモで戻したのですが...。日本のキャストにも、日本が誤って描かれるから中国映画になかなか出なかったという方もいるので。これは中国で大ヒットを狙うから、クリエイティブの主導権は中国側が握るということは理解していましたが、もう少し誤解を解きたかったです」

実現してしまったシーンは何か。恐る恐る聞くと「探偵が剣道の剣士に取り囲まれ、竹刀で袋叩きに遭う」などがあったという。

■「中国映画は、恵まれているけど、恵まれていない」

完成した映画は2020年の春節(中国の正月、20年は1月25日)にあわせて公開される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で1年先伸ばしに。ファンを焦らしに焦らして21年に公開されると、記録的なヒットとなる。映画サイトの集計によれば、これまでに興行収入は45億元(722億円)を超え、中国映画の歴代5位にランクインした。

「単純に嬉しいです。日本側キャストの知名度も上がりますし、特に妻夫木聡さんや長澤まさみさんたちは“演技がすごく良い”という評価がされていると感じます」と手応えを感じている。

中国映画と関わった経験から、日本映画の今後についても提言する
中国映画と関わった経験から、日本映画の今後についても提言する
Fumiya Takahashi

中国映画の内側に入り込んで得た気づきがあるという。

「中国映画は、恵まれているけど、恵まれていない。予算をつぎ込んでワンシーンにお金をかけられるけど、その一方で脚本から当局の審査がある。(コメディ調の)この映画でも、脚本段階で設定を変えないといけないこともあれば、撮影が全て終わった後に“これはダメだ”と言われることもありました」

中国当局の修正要求は公開予定日の1か月前まで続いた。その度に古澤さんたちは、妻夫木さんら日本キャストの日程を抑え撮り直しをした。早朝のスタジオを抑えて協力してもらうこともあったという。

これに対し、日本には審査や規制がない。自由に物語を生み出せるアドバンテージはあるが、古澤さんはここでも中国勢の“追撃”を感じている。

「日本には漫画の週刊連載など、毎週のように新しい物語を作る文化があります。面白い設定も研究され尽くしていて、漫画や小説文化が何十年とずっと続いている優位性はある...と2016年くらいまではそう思っていたんですが、今は相当抜かされつつある。中国では国産作品を増やす政策もあり、ネット小説やウェブ漫画も普及していて、猛烈に土壌ができています」

規制をかいくぐる発想も備わりつつある。

「探偵ものは公安(警察)を間抜けに描くシーンがあるのですが、それは中国ではアウト。でも海外のチャイナタウンを舞台にして、海外の警察でやるならセーフ。発想がもはや天才的ですよね」と笑う。

■面白いアジアの時代が来る

潤沢な予算、そして物語性でも日本を追いかけ始めた中国の映画業界。日本映画が存在感を発揮し続けるには、どんな工夫が必要なのか。

「アニメは突出している分野。海外輸出も凄く強いと感じています。実写でも是枝裕和監督の“万引き家族”がパルムドール賞を取るなど海外でも評価されています。監督たちが予算の意識を脇に置いて、アイデアを活用して撮りたいものが撮れるような環境が大事。配給会社や放送局など、色々なチームが支える状態を作って、それに伴うマーケット(市場)や海外輸出もちゃんとできるようになるといいですね」

中国映画のスケールに圧倒された2か月。今後も中国との共同製作をするかは「内容次第です」と冗談めかして笑うが、アジア映画に新しい時代が来ることを感じている。

「中国はハリウッドに匹敵する市場になっていますし、“パラサイト”がアカデミー賞を取るように、韓国映画が日本を超えていく部分もある。僕らも規制がないなかで面白いものを作っていかないと。面白いアジアの時代になっているんだな、というのを現場にいて感じています」

「僕はチャイナタウンの名探偵3(唐人街探案3)」は日本公開を目指している。

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