「何とか自立したい」。病気・障害で医療的ケアが必要な子の親も、働き続けられる社会に。 「医療的ケア児支援法」が成立

医療的ケア児支援法。国や地方自治体が、人工呼吸器やたんの吸引などのケアが日常的に必要な「医療的ケア児」を支援する責務を負うことを定めた初めての法律だ。

医療の発達により、病気や障害を持って生まれてきても、命をつなげるようになった子どもが増えている。だが、子どもの救われた命を守る家族との暮らしや学習を支える制度は、まだまだ脆弱だ。

6月に閉会した今国会では、そんな子や家族にとっての希望となる法律が成立した。医療的ケア児支援法。国や地方自治体が、人工呼吸器やたんの吸引などのケアが日常的に必要な「医療的ケア児」を支援する責務を負うことを定めた初めての法律だ。

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東京都内に住み、シングルマザーで医療的ケア児を育てる女性に話を聞いた。

子どもが学校に行くようになると、付き添いを求められ、働く時間がわずかしか取れない状況に追い込まれたという。生活は苦しいが、生活保護は受けずに「何とか自立したい」と奮闘している。

この法律によって、自分や仲間たちが「育児をしながら働き続けられる社会に」と期待している。

7歳の長男の世話をする都内在住の女性
7歳の長男の世話をする都内在住の女性
Zoom画面より

この女性の長男は現在7歳。ダウン症と水頭症などにより寝たきりの状態で、気管切開をし、夜間睡眠時は人工呼吸器を装着。栄養は胃ろうから摂取している。現在、都立の特別支援学校に通っている。

女性は出産前から専門職として働いていた。ダウン症であることは妊娠中から判明しており、障害児を預かることができる保育園も見つけていた。しかし、早産も重なって想定よりも症状は重くなり、受け入れてくれる保育園はほとんどなくなってしまった。

「突然、奈落の底に突き落とされた気持ちでした。勉強もたくさんしたし、やりがいのある仕事だったから。ここで辞めてしまうと、自分が自分でなくなってしまいそうで」

幸い、都内には医療的ケアの必要な未就学児を受け入れる保育園がわずかにある。6歳まで長男はそこに通うことができ、なんとか仕事も続けることができていた。

本格的に壁にぶつかったのは、長男が特別支援学校に通い始めるようになった時だ。

支援学校には看護師がいる。しかし、人手不足などが理由で1年生の12月半ばまで、行き帰りや授業中の付き添いを求められた。自宅近くには、昼過ぎの下校後に利用できる放課後等デイサービスもあるが、そちらも付き添いを求められている。

現在、女性が働けるのは、週に2回、民間の訪問サービスを利用して自宅で子供を見てもらえているわずかな間だけ。しかも夏休みなどの長期休暇中はそのサービスも利用できない。

女性は、どうにかして子育てをしながら働き続けられないか、その方法を探している。「なるべく電気もつけないで食費も抑える。そうしてでも自分の両足で踏ん張ってみたい。自立したいと思っているんです」

収入の問題は、この女性のようにシングルマザーであればより深刻だ。しかし、「社会に出て働きたい、自立したい」という気持ちを抱えながら子どもの介護に追われているのは、シングルマザーだけとは限らない。その葛藤に悩まされる家族は多いが、特に、仕事を制限して主にケアを担うのは女性になりがちで、家族間に不平等が発生する原因にもなっている。

医ケア児を育てる家族にとって深刻な問題となってきたのが、育児と仕事を両立できるような就労支援策がほとんどないことだった。

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支援法は、医療的ケア児に加えて、その家族に対しても、医療や福祉、労働について、国や自治体が連携して支援を行う「責務」を負うことを初めて明文化した。これまで児童福祉法で記載されていた「努力義務」からもう一歩踏み込む内容になっている。

施行によって自治体には予算も配分される。学校の設置者に対しては、親の付き添いなしでも通えるように「看護師の配置など必要な措置を講ずる」と定められている。

支援法成立に先駆けて、東京都の教育委員会は医療的ケア児が保護者の付き添いなしで学校に通えるようにするガイドラインをまとめた。しかし、そうした対策が進んでいない地域も多く、地域間の格差解消にも支援法が必要だった。

女性もこの法律の成立を歓迎し、「非常に大事なこと、素晴らしいことで大きな一歩」と期待している。

だが、女性が日常的に目にしているのは、通学する支援学校に大きく掲げられた「看護師募集」の看板の文字だ。結局、学校などに看護師が配置されていても保護者の付き添いを求められてきた大きな理由の一つは、看護師らの人手不足にあるのだ。

「看護師や介護福祉士を確保するための人件費や、付き添いが不要な放課後等デイサービスのような事業者がもっと増えるような予算付けをぜひ期待したい」と話している。

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19歳以下の「医療的ケア児」は、全国に2万人以上いると推計される。この10年で倍増しており、今後も増えていくと考えられている。

支援法を成立させたのは、超党派の国会議員グループ「永田町子ども未来会議」。きっかけは、2015年に荒井聡衆院議員(立憲民主)が、医療的ケア児らを受け入れる保育施設「障害児保育園ヘレン」(認定NPO法人「フローレンス」が運営)を視察したこと。視察した東京・杉並区のこの園には、野田聖子衆院議員(自民)の長男が通っており、この2人が中心となって超党派での議員立法が進められた。

「未来会議」メンバーの一員「全国医療的ケア児支援協議会」の事務局も務めるフローレンスの森下倫朗さんは、以下のようにコメントしている。

法律の成立で、これまで努力義務だった医療的ケア児への支援が自治体の「責務」になります。より強い強制力が働き、保育園・学校での医療的ケア児の受け入れに向けて支援体制が拡充されることや、地域ごとの格差の是正が期待されています。

各都道府県に「医療的ケア児支援センター」が設立されることで、家族の困りごとにもワンストップで対応できるようになります。 また、保育所に看護師が配置されることで医療的ケア児が入園できたり、特別支援学校に配置されている看護師が医療的ケアを行うことで保護者の付き添いが不要になります。これによって、保護者が仕事をやめたり、不本意な異動を強いられることがなくなると考えています。

一方で、法律が成立しても放課後等デイサービスなどへの通園が難しい問題は残っています。医療的ケア児や重症心身障害児などを受け入れる事業者に対しては報酬が加算されるなどの制度作りを通じて、もっと受入可能な事業者が増えるように提言を続けていきたい。また、18歳以上の医療的ケア者の社会インフラづくりにも尽力したいと思います。

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