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2021年10月24日 15時00分 JST | 更新 2021年10月24日 22時57分 JST

選手生命の危機でYouTubeを始めた。テニス西岡良仁が見据える「現役中」のキャリア

ハフポスト日本版がインタビュー。アスリートが発信すること、出場した東京オリンピックなどについて聞いた。

via Associated Press
西岡良仁選手(8月31日、USオープン)

けがは人の人生を大きく変える。

特にアスリートにとっては死活問題だ。

東京オリンピックに出場したテニス・西岡良仁選手は、2017年に左足の前十字靱帯断裂の大けがをした。

その年はBNPオープンでマスターズ初のベスト16、世界ランキングは当時の自己最高の58位。キャリアベストシーズンの途中離脱というだけでなく、復帰が危ぶまれるほどの深刻なけがだった。

テニスができなくなるかもしれない。最悪の事態も頭をよぎった。

「怪我をして復帰できる可能性が高くなかったので、テニスができなくなったときのことを考えて、何かをやらないといけない」

新たなキャリアを念頭に模索していると、ひとつの可能性に行き着いた。好きでよく視聴していたYouTubeだ。治療や復帰に向けたリハビリをしながら、YouTubeでの発信を始めた。

Zoom画面より
取材に応じる西岡良仁選手

「収入が0になったら生きてない」

西岡選手の動画は、出場する大会の見どころや試合の振り返り、テニス選手との対談といった選手の視点を伝えるだけでなく、裏話や自身のプライベートな部分もさらけ出している。

 

西岡選手がYouTubeを始めた2017年当時、YouTubeで活躍する現役トップアスリートは、メジャーリーガーのダルビッシュ有投手らごく一部に限られていた。

「アスリートの中ではかなり早かった」と、西岡選手自身も振り返る。早期参入には、大けがによって必要に迫られたという事情もある。

プロスポーツ選手としてのキャリアや、自分の人生を見つめ直す時間を過ごした上での決断だったという。

「僕のけがはテニスではあまり前例がありませんでした。最悪の事態も想定しました。(復帰できず)収入が一気に0になったら、生きていけない。それはかなりまずい、と冷静に考えました」

完治まで約1年ほどかかると告げられた。

テニス以外で生きていくには何が必要か。本を読み漁り、お金のことも勉強した。

「ネットが好きで、ずっと(YouTubeを)やってみたいという思いが強かったのですが、時間がなくてできなかった」

「せっかく1年間日本にいるし、自分でできるだろうと思って、ナショナルチームの映像関係の人に聞いたりしながら、動画の編集を始めました。最初は本当に、全部自分でやりながらスタートしたという感じでした」

Chicago Tribune via Getty Images
ダルビッシュ有投手。西岡選手同様、YouTubeで積極的に発信している。

引退後のキャリアより、現役中のアクション

「自分の競技だけをしていれば生きていける、という認識の選手もまだまだいると思います」

西岡選手もかつてはそのひとりだった。

「テニスの場合は個人競技で、自分で賞金を稼ぐことができますが、団体競技は自分以外の人たちが(年棒や処遇を決める)権限を持っていることもある。クビを切られて、いきなりプロじゃなくなるという可能性もあります。それを見越して行動できるアスリートはなかなかいません」

トップアスリートにもなれば、現役中は忙しい。特にテニスの場合は、年間を通じて大会があり、西岡選手もほぼ1年中ツアーで海外をまわっている。

一方で、その競技で生き残れるかギリギリを争っている選手は、競技以外のことに時間を割く余裕がないという事情も想像できる。

そのため、アスリートのセカンドキャリアを考えたとき、どうしても「引退後のキャリア」という視点になってしまう。

西岡選手は『現役』に目を向ける。

「僕は、現役中だからこその価値があって、現役中にアクションを起こすことがさらに自分の価値を高めてくれると強く思うようになりました。けががなかったら、その必要性を学ぶ機会もなかったでしょうし、正直こんな風に考えなかったはずです」

Zoom画面より
取材に応じる西岡良仁選手

「How To動画」やらない理由

SNSで発信する上で意識していることは2つ。

西岡良仁を知ってもらうこと。テニスやテニス選手というものをどう広めるのか。

「これだけSNSを駆使しながら海外遠征を回っている日本選手がいなかった。自分の価値や知名度を使って、テニス選手について私生活や裏の部分も含めて見せていくことで、テニスをもっと深く知ってもらえるのではないかと考えました」

最も印象に残っている動画は、男子世界ランク上位のドミニク・ティエム選手との練習の撮影という。

「好きなだけ撮っていいよと彼が言ってくれました。ファンの人があの角度から見る機会もないですし、自分の価値を見いだせた動画でした」

テニスの技術を伝えるHow To動画は、ファンからの需要が高いが、あえて避けている。

「打ち方うんぬんは、僕がやらなくても、ちゃんとしたテニスコーチに教わる方が身になる。それよりも、試合運びや展開などプロだからこそ分かる目線や、こういうテニスをしたらいいという話をしたいです」

Anadolu Agency via Getty Images
ドミニク・ティエム選手

YouTubeを始めて変わったこと

YouTubeを始めて、何が変わったのか。

「確実にファンが増えました。絶対にYouTubeのおかげです」と言い切る。

トップアスリートや著名人は、憧れの的として見られることが多い分、どこか“遠い存在”とも捉えられがちだ。

例えば、西岡選手のYouTubeに錦織圭選手が登場した回。「錦織圭ってこんな私生活なの?」「錦織圭って普通に生きてるんだ」といったコメントが寄せられたという。

「ファンの人たちも、本人と出会う機会はないので、どんなことをして、どんな生活を送っているのか想像するしかない。それで遠い人間のように思うんです」

「そういうプライベートな部分を、僕は結構さらけ出してもいいと思っている性格。あまり恥じらいもなかったので、たわいもないことでもさらけ出しました」

西岡選手のYouTubeは、テニスコーチである兄との料理動画や、バッグの中身紹介など、親近感が湧く作品も目立つ。

そのおかげもあって「すごく近く感じる」と言われることが増えたという。

時事通信社
ウクライナ戦で全勝し、笑顔を見せる日本代表。(左から)西岡良仁(ヨネックス)、ダニエル太郎(エイブル)、錦織圭(日清食品)、杉田祐一(三菱電機)=2016年9月18日、大阪・靱テニスセンター

「競技に集中して」⇒「24時間テニスしない」

SNS発信など競技の他にも活躍の幅を広げるアスリートが増える一方で、「スポーツに集中してほしい」と押し付けられることがある。

西岡選手の受け止めは「ファンの心情の1つとしては理解できます」と好意的だ。

「アスリートが競技以外のことに目を向けるということが、あまりなかった時代の人たちかもしれない。嫌いだからというよりは、その競技に対してすごくファンなんだと思います」

「ただ僕も24時間テニスをしていないし、寝たり、遊んだり、ご飯も食べたり、ゲームしたりする。もちろん競技に集中しながら、他のこともやっています」

以前と比べて、競技に集中するよう求めるコメントも減っているという。アスリート像が新しくなるのに伴って、ファンの認識も変わっていると感じている。

「発信を継続したから減ったのか、『そういう時代に変わった』と認識するファンが増えたのか、どっちかでしょう。後者がかなり多いと思います」

Bill Murray - SNS Group via Getty Images

オリンピック開会式のスマホ禁止

西岡選手はこの7月、自身初めてのオリンピックで男子シングルスとダブルスに出場。いずれも初戦敗退となったが、敗れた対戦相手がどちらも銀メダル。男子シングルスではその相手に1-2と善戦した。

Patrick Smith via Getty Images
男子シングルに出場した西岡選手

コロナ禍で是非が問われた開催。全てひっくるめて「今後のキャリアにとって大きな1ページ」と振り返る。無観客開催によって「今回は親も入れなかった。見せてあげたかった」と心残りも口にする。 

大会期間中のアスリートの行動指針・ルールを定めたプレイブックとは別に、各国のオリンピック委員会(NOC)や競技団体ごとに独自の制約が設けられていたという。

「日本はかなり厳しかった」という最たる例が、物議を醸した閉会式のスマホ禁止。過去のオリンピックでも日本選手団に課せられていたようだ

 「海外選手団は携帯を持っていました。開会式も観客ゼロで、みんなテレビでしか見られない。選手目線の映像は、選手しかみられない特別なものだからこそ、共有できた方が良いと思いました」

Hannah McKay - Pool via Getty Images
東京オリンピックの開会式で、スマホを手にするカザフスタン選手団
Matthias Hangst via Getty Images
東京オリンピックの開会式で、スマホを手にするエクアドルの選手団。

「(大会期間中も)海外選手団はInstagramのストーリーやTwitter、TikTok、YouTubeに動画を載せていました。自分も、他の選手が映らないようにや、IOCやJOCのルールを最低限守りながら、できる限り載せようとSNSをやっていました」

スマホ禁止に対する疑問の声は、視聴者からも多数上がっていた。アスリートのSNS発信が、オリンピックの盛り上がりに一役も二役も買ったのは紛れもない事実だ。