本田秀夫先生と考える「大人になって発達障害に気づいた僕たちの幸せな生き方とは」

精神科医・本田秀夫さんの著書『自閉症スペクトラム』は、僕が人生を立て直す指針となった。発達障害の成人当事者はどんなことに困っていて、その生きづらさの背景には何があるのだろうか。
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Taiyou Nomachi via Getty Images

うつになって休職や退職を経験し、離婚や自殺も考えてしまっていた僕は、精神科医・本田秀夫さんの著書『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』(SBクリエイティブ)を手に取っていた。2016年、26歳になって自分の発達障害に気づいた直後だった。

「世の中には、平凡で幸せな人生を送ることができた自閉症スペクトラムの人たちがたくさんいます。彼らは、必ずしも天才肌の人たちや大成功を収めた人たちばかりではありませんが、生活の中でささやかな楽しみややり甲斐を見出しながら、社会人として充実した人生を送っています」

『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』より

本は、人生を立て直す僕の指針となった。落ち込みきっていた僕だが、そこからようやく前向きな人生が始まった。それから紆余曲折を経て、現在ではフリーランスでライターの仕事をして、「ささやかな楽しみややり甲斐」を見出し、暮らしている。

同書のほか、本田さんは『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』『子どもの発達障害 子育てで大切なこと、やってはいけないこと』(SBクリエイティブ)や、講演会を通して、30年以上の臨床経験に基づいた発達障害の知見を発信してきた。

発達障害の成人当事者たちはどんなことに困っているのだろうか。生きづらさの背景には何があるのだろうか。これからどんなことを大切にして生きていくことを勧めるのか。本田秀夫さんにお話を聞いた。

発達障害と過剰適応、そしてうつ

僕がうつになっていたのは、発達障害の二次障害と呼ばれる現象だった。特性に気づかないまま、周りに合わせて必死で頑張るのがくせとなり、心身が壊れた。本田さんは、成人の当事者によく生じる現象であることを指摘する。

「発達障害の人は少数派で、多数派の人に比べると、自分がやりたいことを抑え込んで、周りに合わせることをより強いられやすい傾向にあります。自分が本当にやりたいことを過剰に抑えて、周りに合わせることだけを優先してしまう過剰適応の状態です。

本人が幼いときに周りの大人が無理やり圧力をかけてやめさせたり、我慢させたり、みすみす失敗する状況を作ってしまって失敗させてから叱っていると、過剰適応の状態になってしまいます。結果として、抑うつ状態になったり強迫的になったりすることがあります」(本田さん)

僕は、幼稚園や学校に行けない時期があった。叱られたわけではなかったが、親は「学校に行かせなければならない」と焦っていたようだった。小学3年生から学校に通えるようになったが、それは成長ではなく、麻痺だったのかもしれない。

「頑張って学校に通っていれば、親や先生を困らせなくて済む」という意識が働き、無理をした。そのときから身につき始めたくせは、大学生のときに暴発した。慣れない研究室での活動や就職活動などが重なって、仮面を被って適応しようとしても対処しきれなくなり、「大学を辞める」と言い出した。五里霧中になって、「大学生としての自分」を霧散させたくなったのだと思う。

「本来、発達障害の人は小さいときに他人の気持ちが見えづらくて野放図に振る舞いますが、年齢とともに自律的に抑えるようになってきます。そうなるためには、本人が無邪気に振る舞っていてもあまり大きな失敗をしなくて済むような環境を、周りの大人が作ってあげるべきなんですね。

例えば、他の子がおもちゃで遊んでいるのを見かけたら、つい取ってしまう子がいるとします。その子に『取るな』と言うのではなく、おもちゃが見えないような別の場所で遊ばせたり、見えたとしても本人が手を伸ばそうとしたら間にさりげなく大人が入って手が届かないようにしたりといった対応で、未然に防げます。

子どもがやりそうな行動を予測して防ぐことによって、本人としてはあたかも何事もなかったかのような平穏な日々を送ることが、一番大事です」(本田さん)

「やりたいことから順にやる」

しかし、もう大人になってしまった僕たちは、どうすればいいのだろう。

僕は2019年、会社員だったときに本田さんの講演会に参加した。当時、副業でライターの仕事を始めていた。本田さんは講演のなかで、「発達障害の人の基本方針は、やりたいことから順にやること」と話した。診断から3年が経っていた僕はふたつの仕事をしながら、「やりたいこと」の時間を自分に保障していくことの大切さを感じ始めていた。

『子どもの発達障害 子育てで大切なこと、やってはいけないこと』(SBクリエイティブ)

「『やるべきこと』と『やりたいこと』があるときに、『やるべきこと』を優先させて『やりたいこと』の時間配分を減らすのが苦手な人たちがいます。発達障害の人には、このタイプが多いんです。やりたいことのためには睡眠時間を削ることさえいとわないのです。

日中に『やりたいこと』がきちんとできていれば、夜にはちゃんと寝ます。また、睡眠時間が少なくなっても、健康で、朝起きられていれば気にせず、割り切ってしまうことも大切です」(本田さん)

僕は診断を受けた後、会社員を経て、フリーランスのライターとなった。フリーランスは不安定とも言えるが、少なくとも僕にとっては、朝起きてすぐに原稿を書き、気になることを気が済むまで調べ、あまり周りを気にせず働けるいまの仕事がよく合っている。それぞれの特性に合わせて、「やりたいこと」と「やるべきこと」のバランスを取れる社会がいい。

余暇活動・居場所の重要性

本田さんが代表を務める特定非営利活動法人ネスト・ジャパンは、余暇活動を支援する。

「発達障害の人たちは通常の社会集団の中で少数派になってしまうことが多く、孤立感をもつことがしばしばあります。発達障害の人たちが意欲的に参加でき、仲間づくりをできるような活動拠点をつくることで、健全なアイデンティティの形成を支援したい、と私たちは考えています」

(特定非営利活動法人ネスト・ジャパンウェブサイトより)

「鉄道がとても人気で、それを目的によく出かけていたのですが、数年前に、集合写真を撮ったことがないことにはじめて気づきました。仲間と出かけたら、『まずは集合写真を撮ろう』という話になるのが多数派なのでしょうが、そうではない人たちもいるわけで、彼・彼女らにとって安心できる居場所は大切です。

マイノリティの人たちが、マジョリティの人たちのなかにポツポツと分散して入ると、居場所がない場合があります。例えばインクルーシブ教育では、たくさんの定型発達の子どものなかに、発達障害のある子も入れて『そうするときっと楽しいよ』と。すると当事者は、『楽しくないわけではないけれども、ここって本来の居場所でもないよな』と、疎外感のようなものも味わうわけです。

そこで、その人の居場所になりうるような教室やサークルを、できれば小さいときから保障しておくことが大切です。『少ないながら、自分にも居場所があり、仲間がいるんだ』という感覚をずっと持ちながら成長している人の方が、自己肯定感は下がりにくいですよね」(本田さん)

発達障害のある人は、さまざまな「訓練」に取り組んでいるケースが多い。その目的のひとつは、学校や企業に適応することだ。多数派の社会で生きていくためにはとても重要だが、地盤がゆるければ踏ん張れない。成人の発達障害当事者にも、さまざまな居場所が必要だろう。僕の場合は、SNSがひとつの居場所になった。ADHDに由来する失敗を発信したら、共感してくれる当事者がいてくれることは、障害を受容する助けになった。

「何に適応しようとしていたんだろう?」

最近では、発達障害を公表している著名人も増えてきている。僕もさまざまな当事者を取材してきたし、並行して、発達障害でない方々も多く取材してきた。「普通」とは何なのか、と考えさせられる。

「自分自身を多数派と思い込んでいる人が多いだけのことで、本当は多数派なんてものは存在しないのかもしれません。つまり、『なんとなくこういうのが普通だ』という常識が広くなりすぎてしまうと、そこに当てはまらない人がどんどん増えていって、そういう人たちが弾き出されやすくなるんですよね。

例えば、いまは『友達と仲良くしなさい』とよく言われますが、昭和30年代生まれの私は親からそう言われたことはありません。仲良くすることが最優先という価値観はなく、結果として仲良くなることはあっても、それを目的にするのはおかしいんですよ。大人が子どもに『仲良くしなさい』と言っているわりには、自分たちは喧嘩ばっかりしてるじゃないかという話でね(笑)。

相性が悪いにもかかわらず仲良くしなきゃいけないと思い込まされて、無理を重ねて破綻するといったことが起きます。そういった無理を重ねやすいのが、発達障害のある少数派の立場の人たちです。大勢に合わせさせられる圧が強くなっているのかもしれないですよね」(本田さん)

一方で、「普通」を考える必要があるのか、とも思う。

「『ルールさえ守っていれば、人と違うことをやるのはいいことなのだ』という価値観で育ってきた自閉症スペクトラムの人は、穏やかで、真面目で、意欲があって、明るくて、クリエイティブな大人になることが十分に可能です」

『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』

この言葉を、僕はお守りのように携えている。

過剰適応で苦しんだ僕は、いま振り返れば、「何に適応しようとしていたんだろう?」と感じる。生きていける場所はさまざまにたくさんあり、合わないときには移動できる。だから、目の前の場所に適応することを目的化するのではなくて、自分なりの居場所を作り、自分のやりたいことを素直にやることが大事だった。

本田さんは「発達の特性は生物のバリエーションであって、バリエーションを病気や障害と見るかどうかは、あくまでも社会環境との関係で決まってくるもの」と言う。

大人になってしまった僕たちが、立ち止まって人生をやり直すことは難しい。けれども、「バリエーション」が「障害」とならないよう心がけて、「平凡で幸せな人生」を目指せるよう、本田さんの言葉をヒントにしたいものだ。

信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授・同附属病院子どものこころ診療部部長、本田秀夫さん
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授・同附属病院子どものこころ診療部部長、本田秀夫さん
Kota Endo

本田秀夫(ほんだ・ひでお)

精神科医、医学博士。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授・同附属病院子どものこころ診療部部長、特定非営利活動法人ネスト・ジャパン代表理事。日本自閉症スペクトラム学会常任理事、日本児童青年精神医学会理事、日本自閉症協会理事。著書に『自閉症スペクトラム』『子どもの発達障害 子育てで大切なこと、やってはいけないこと』(SB新書)など多数。

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(取材・文:遠藤光太 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

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