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2021年12月01日 19時00分 JST | 更新 2021年12月15日 16時16分 JST

国からの研究費断ち予算激減、どう乗り切った?東京大の松尾豊教授が明かす「発想の転換」

自らの研究を続けながらスタートアップ支援や学生の指導、学外活動などマルチにタスクをこなす松尾豊教授。限られた時間をうまく使う秘訣も聞きました。

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松尾豊・東京大教授

今日では耳慣れた言葉となった人工知能(AI)、機械学習。東京大学でこれらの研究をしながら、一方では研究室に株式会社を併設して積極的に研究成果を実装している政策起業家がいる。東京大学工学系研究科の松尾豊教授だ。

日本で最先端の研究に従事しながら、社会への実装にも取り組む。そんな松尾教授とはいったいどのような人物なのか、どのような思いで研究を行っているのかを聞いた。

 

「無限に何かが作れそう」 AI研究の原体験

AI研究者としての原体験は、子どもの頃にもらったポケットコンピュータだった。レゴや絵を描く事も好きだったが、何よりもポケットコンピュータの「無限に何かが作れそうな感じ」に強く惹かれた。

「子どもなので最初はマニュアル通りにやるんですけど、そのうちこれってすごいな、何でも作れるんじゃないかと思ったんです」

一方で、子どもながらに「自分って何なんだろう」「自分のコピーができたらどんな感じだろう」といった哲学的な問いも漠然と考えていた。ポケットコンピュータに感じた無限の創造性と、自己に対する哲学的な探求。この2つは、松尾教授を研究者の道へと導く力となった。

 

スタンフォード大で触れたエコシステム

研究者になってから客員研究員として訪れたスタンフォード大学。同大やそれを取り巻くシリコンバレーに対して感じたのは、何よりもテクノロジーへの強い信頼と、スタートアップ・産学連携のエコシステムだった。

大学キャンパスの近くにはGoogleやFacebookなど今をときめく企業がたち並び、新しくできた日本人の知り合いを案内するたびに会社の建物が大きくなっていき、とてつもないスピードで増殖していく。

大学にもGoogleなどの研究所のヘッドやエンジニアが講義に来ては、それを聴講した野心溢れる大学生たちが「自分たちもこれくらいデカくなるんだ」という気概を持って起業に乗り出していった。学生たちは、「誰が起業した」「今度こんな会社をつくる」「あの会社はここまで大きくなった」など、スタートアップの話を日々している。スタンフォードには、ドラマのようなスタートアップの再生産・好循環の環境ができ上がっていた。

大学も積極的に企業と共同研究をしていた。研究のコストが大きくなると少額の寄付や研究費はかえって扱いにくいため、10万ドル以下の研究費は受けないという、一見すると強気だが合理的な立場をとっていた。日本企業も大学の顧客であり、寄付額の大きな企業に対しては充実したおもてなしプログラムも用意されていた。

松尾教授にとって、それは衝撃的な光景だったという。

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AI研究の原体験を振り返る松尾豊教授

産業界と連携しないと良い研究はできない

スタンフォード大での在外研究中、松尾教授が感じていたもう一つのこと。それは、「研究をやる上では企業との連携・共同研究なしでは不可能」ということだった。

「ソーシャルネットワークの研究をするのに一番大きなデータを持っているのはFacebookであり、自然言語処理の研究をするのに一番大きなデータを持っているのはGoogle。特にGoogleの中には最先端の大規模な情報処理のアーキテクチャがあり、 “ソフトウェアエンジニアの世界選手権”のようになっている。Googleが持っている技術を外に出す時にはダウングレードさせて出さないと、一般的なライブラリなどと技術レベルが合わない。それくらい別世界になっていたんです」

一流の情報通信企業の持つデータや技術はその外部とでは各段の差がある。そんな中「良い研究をしようと思うとGoogleの中にいる方が圧倒的に有利であり、大学の研究者もGoogleと連携しなければ良い研究はできない」と感じた松尾教授。新たな研究の可能性を考え始めていた。

 

美容師がスタイルするように

スタンフォード大から帰国した松尾教授は2009年、国内での研究で大きな転換点を迎える。国からの研究費をもらわず、企業との共同研究のみに財源をシフトするという決断をした。年間5000万円あった予算が200万円まで激減した松尾研。どのようにこの状況を乗り切ったのか。

背景には、研究者としての“発想の転換”があったという。

「研究者は自分のしたい研究しかしないんですよね。産学連携と言っているけれども、結局は自分のしたい研究しか言わない。美容院を例にするとわかりやすいんですが、例えば美容院に行って5000円とか1万円とか対価を支払うのは、自分のスタイルに合わせて髪を切ってもらうからじゃないですか。美容師の方が自分は『こう切りたいんだよね』とか『これがうまいんだぜ』と言って好き勝手に髪を切られたとして、それでお金を払いたいとは思わないですよね」

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予算激減を乗り越えた背景に、発想の転換があったと語る松尾豊教授

スタンフォード大など海外の大学では、学生や研究者が企業と活発に話し合い、相手の課題を明瞭にしたうえで、それを解決するのに最適な提案を行う形で共同研究を行っている。そのときは必ずしも自分の技術を売り込むのではなく、既存のシステムや組織を変えて解決する方法を提案することもある。そうした積み重ねが企業からの信頼につながり、共同研究の依頼が増えるようになる。スタンフォード大で見た光景は、そういった産学連携のノウハウがすでに実践され、再生産されるものだった。松尾研はそれを日本で実践してきたのだ。

「美容院の例で言うと、周りには自分の技術を競っている美容院ばかりのところに、一店舗だけ相手のことを考える美容院があるわけですから。それは多くの人に求められますよね」

研究するときに大事なのは、自分のしたい研究と共同研究とをきっちり分けることだと松尾教授は語る。

「職業としての美容師さんは、きちんとお客さんのことを考えて髪を切らなければいけない。だけど、美容師さんが自分の技術を高めるためには、お客さんのことを考えずに自分の世界を追究すればいいわけです」

研究にも同じことが言える。知的好奇心が原動力となっている自分の研究は、極論を言えば誰にも相談する必要はないし、企業からの賛同も、国にすら認めてもらう必要もない。しかし研究者として社会的役割を果たすのであれば、共同研究をする企業の要望を聞いて、それをきちんと研究に組み込まなければならない。

研究者の知的好奇心に基づく本質的な研究と、社会的役割を果たすプロフェッショナルとしての共同研究。この二つをきっちりと厳格に分けたのが、ピンチを乗り越える秘訣だったと松尾教授は振り返る。

 

イノベーションのためのスタートアップ支援は当然

自身の研究に加え、学生のスタートアップ支援から高等専門学校の生徒の起業支援まで行う松尾研。研究一つでも多大なエネルギーが必要だが、若い世代の育成にまで力を入れる松尾教授の情熱はどこから来るのか。

まず根底にあるのは、やはりスタンフォードで見た光景。スタンフォード、シリコンバレーであれば、学生の育成に尽力するのは当たり前のことという考えがしみついているという。

しかし松尾教授はさらに広大なビジョンを持っていた。

「歴史的に見たときに、経済成長というのは、既存の大企業がさらに大きくなって経済全体が成長するというよりは、大企業は大企業のままで、そこにスタートアップが急成長して次の時代の大企業になり、それが何社も何社も積み重なることで起こるわけです。停滞する日本経済の打開やイノベーションのためには、スタートアップを作るというのが当たり前じゃないか、と僕は思うんですね」

自分の研究と企業の課題解決のための研究をきっちり分ける。そのスタンスは、一緒に研究を行う中で自然と学生にも浸透していく。

大学研究者として自身の研究を行い、論文を執筆し、学生を指導する傍らで、研究室の運営や学外活動などマルチにタスクをこなす松尾教授。大学の研究者が起業しても、個人事業主ほどの規模にとどまってしまうことも多い中、ここまで広大なエコシステムを作り上げた松尾教授は限られた時間をどのように使っているのか。

「スケール化できる仕事とできない仕事で分けているんです。労働集約的な業務は組織を作ればスケールします。知識集約的な業務はスケールしません。また、私自身がやらなければならないもののうち、共同研究やインタビューを受けるなどの社交的な時間と、引きこもって研究を行う時間を分けています」

そこには研究モードと社交モードの2つの面があるという。自分が大事だと思う研究をやるときには研究モードとして、まとまった時間を用意する。その時は研究以外の予定を入れず、研究だけに専念。

逆にインタビューを受けるときや共同研究に取り組むときは、社交モードに切り替えるという。

「一旦社交モードに入ると一件予定を追加するコストがほぼゼロなんですね。逆に研究モードに入ると、一件も予定を入れない。この2つのモードをきっちり分けることを徹底しています」

 

これからの政策起業家に必要なもの

一人の市民が多様な人びとを巻き込みながら、社会にイノベーションを起こしていく。そういった政策起業の営みを日本でさらに加速させるにはどうすればよいのか。

「変化を起こしていく人材がもっと必要だと思うんですよね。変革を起こす人が、どういった能力や経験をもってそういう人になっていったかという点をきちんと分析することがすごく大事」

例えば日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)の課題を考えたとき、デジタル技術の話よりも、実際の組織やシステムに変化を起こせる人材をいかに増やすかがハードルになっていることが多い、と松尾教授は指摘する。

「今DXを実際にやっているCTOの方々に『なぜあなたは、あなたになったんですか』『なぜ、そういうことをやるようになったんですか』というインタビューをしているのですが、彼らは、もともと抽象的な思考をするタイプの人なのですが、何かきっかけがあって、自分が主体的に何かを起こし、成功した経験をもっている。課題を解決するためには、自分が信じることをやらなきゃいけないからやっている、というふうに成長していったということだと思います」

その上で、変化を起こす人材をいかに増やしていくか。松尾教授はこう語る。「インタビューをした方のほとんどは、何か小さくても成功体験があり、それが段々回っていくと人の巻き込み方なども分かっていって、一人だけ突き抜けてしまうというケースが多い。ケースを分析して、教育の仕組みや経験のさせ方を分析するともっと増やせるのではないでしょうか」

変化を実際に起こす人は、みな孤独に物事を進める時が多いと松尾教授は語る。

「ほとんどのインタビュイーも自分が一般解ではなく特殊解だと思っている。孤独に進めて既存のシステムと戦っていくしかないんですが、政策起業家たちのコミュニティーのように、自分は間違ってないんだと再確認することができる場が広がることが重要です」