女子大って、今の時代に必要ですか? 日本女子大学の篠原聡子学長に聞く

「“女子だからこうしなきゃいけない”ということを全く考えずに学んだり経験を積んだりできる」と篠原学長。そういう選択肢や機会がまだこの社会には必要なのかもしれない。

「ジェンダー平等」という言葉が、2021年の流行語大賞のトップ10に入った。

“どうか、女性であることで可能性の芽をつまれないでほしい”。

さまざまな場所からあがる悲痛な声によって、少しずつ、男女間の「機会の平等」などについて議論が深まってきている。

そんな時代において是非が分かれるものの一つに、男女別学(男子校・女子校)がある。

特に女子大については、「女子にも高等教育を」と男女平等を目指して創設された当時と比べて、女子教育が普及し、男女の大学進学率の差もかなり縮まってきた現在、存在意義に疑問の声もある。社会の価値観も大きく変わっている中で、“良妻賢母主義”を再生産しているのでは?という批判もある。

ジェンダーにまつわる固定観念を払拭し、真のジェンダー平等が求められる現代社会において、改めて、女子大の意義とは何だろうか?

そんな直球の質問を、日本で最初の組織的な女子高等教育機関である日本女子大学の篠原聡子学長が受け止めてくれた。

篠原学長は女子高から日本女子大学へと進んだ生粋の「女子校上がり」。建築家として活躍していた39歳で、母校である同大で教鞭をとりはじめ、2020年4月に学長に就任した。実務経験を豊富にもつ「実務家教員」として初の同大学学長になった。

“女子大って今の時代に必要なんでしょうか?”

篠原学長のアンサーはーー。

篠原聡子学長
篠原聡子学長
ハフポスト日本版

ーー今日はよろしくお願いします。早速、単刀直入にお伺いしたいのですが、男女平等が強く求められ、男子校や女子校の共学化も進んでいる中で、篠原学長は女子大って必要だと思いますか?

10代から20代前半という限定された期間、女性だけで教育を受けることの意味はすごくあると思っています。

私は特に深く考えずに高校・大学・大学院と女子校で過ごしてきて、女子だけの環境をある種の“定常社会”として生きてきました。そんな自分が建築の仕事を始めた時には、ものすごい男社会で驚きましたけど…。女性だけで教育を受けることの意義に後から気づきました。

ーーそれはどんな意義ですか?

「女だからこうしなきゃいけない」ということを全く考えずに学んだり、経験を積んだりできるんです。女子しかいないので、無意識の性別役割分担もない。

(共学校を含む)他大学と共同で行っている建築のプロジェクトを見ていても、「リーダーといえば男性」というジェンダーバイアスがなく育ってきている学生の推進力は感じますね。男子に遠慮する感覚もないですし、女子のリーダーもたくさん見てきているので、物怖じせず自分からリーダーを務めてくれます。

逆に、卒業後、日本の社会の中では、例えば男性が出世しやすいことに「何で?」と疑問に思うこともあるだろうなと思いますね。

取材に答える篠原聡子学長
取材に答える篠原聡子学長
ハフポスト日本版

のびのびしていることは、創造力のベース

ーー実際、ジェンダーの固定観念に縛られにくい環境にいる学生たちの様子はどうですか

のびのびしていると思いますよ。「そんなこと言うの?!」とこちらがびっくりするほど自由な言動で溢れています。

私の専門である建築の分野で考えると、遠慮せず発言できるというのは、創造的であることのベースになっていると思います。学生時代は一番クリエイティビティが伸びていく時期でもある。その時期に何かに抑圧されて、我慢するのが当たり前になると、その後も自由な発想や発言をしにくくなるかもしれません。

社会にはもちろん男性も女性もいるわけですが、感性が若いうちに、のびのび自分を発揮できることは、その後の人生においても大きな価値があると思います。

ーー篠原学長は建築分野がご専門ですが、その理系領域では特に深刻なジェンダーギャップがあります。15歳時点で理系分野の男女の学力差はほぼないのに進路や就職で差がでるのは、教育現場や家庭でのジェンダーに関する固定観念の影響も強いと指摘されています。理系分野の女子をエンパワーするには何ができるでしょうか。

理工系進学のジェンダーギャップを見てみると、日本はOECDで女性割合が最下位
理工系進学のジェンダーギャップを見てみると、日本はOECDで女性割合が最下位
ハフポスト日本版

素敵な理系の女性の先生がたくさんいることが大事だと思います。

産休や復職など当たり前にしている姿を目にすることも大事でしょう。

本学では理系分野にも女性の研究者・教員がたくさんいます。

私自身、高橋公子先生という女性の先生に師事していました。先生はとにかく実践的な(女性の)設計者を育てたいと考えていらしたので、大学4年間と大学院2年間ずっと「設計をやりなさい」「現場に出なさい」と教えられ、そういうものなのかなと自然と思っていました。

女性のロールモデルがいること、導いてくれる同性の先輩がいることは、自分の経験から考えても非常に重要だと思います。

そして理系分野で働く女性をさらに「増やす」という意味では、大学時点ではもう遅い部分もあって、進路を決める中高の理科や数学に女性の先生がもっといるべきだと思います。そのような意味で、本学の理学部から理系科目の教師を多く輩出していく。それも役割の一つだと考えています。

理数系科目の教員数における男女差は大きい。
理数系科目の教員数における男女差は大きい。
ハフポスト日本版

女性のリーダーは「今の時代こそ」必要

ーーこの時代にまだまだ女子大が必要な理由がわかってきた気がします。

さらに重要なポイントがあります。私は、今の時代こそ、女性のリーダーがすごく重要だと考えていて、女子大にはその機会がたくさんあります。

日本女子大学校を成瀬仁蔵先生(※)が立ち上げた時、日本は大きなグローバリゼーションの中にありました。そして現在、私たちはまた違う意味でのグローバリゼーションの中にいます。

大国がイニシアティブをもって「大きくなるぞ」「成長するぞ」と握り拳をあげていく社会ではなく、もう少し違った社会になっていかなきゃいけないという大きな流れがある。このような低成長で、これまでとは異なる価値を静かに作っていかなければならない時には、女性のリーダーがすごく重要だと私は思います。

(※編集部注:日本における女子高等教育のパイオニアの一人。1901年に日本女子大学の前身である日本女子大学校を創設した)

取材に答えた篠原聡子教授
取材に答えた篠原聡子教授
ハフポスト日本版

ーーそれはなぜでしょう。

先ほども少し触れましたが、日本女子大学の建築学の教員として、早稲田大学や法政大学や横浜国立大学など他大学の研究室の学生とともにインターカレッジ(大学間連携)のプロジェクトに携わってきました。

学生たちの様子を観察していると、男子学生がリーダーをする時と、女子学生がリーダーをする時とで、組織のありようが違うように感じます。

男子は、僕が決めたことを流していってくださいという風にピラミッド型の綺麗な組織を作りやすい。

女子のリーダーは比較的ポリセントリックな(多元の、多極の)、ネットワーク型の組織を作る傾向がありますよね。意思決定に時間がかかったりするけれど、みんなの意見を集約する感じの組織になりやすい。

私の研究室では、東京都北区にある赤羽台団地を10年以上にわたって調査をしてきました。地域が栄えて盛り上がり、色々なことをするときは男性が引っ張ってきたけれど、高齢者も多く抱えながらコミュニティをどう維持管理し、サステナブルに運営していこうかというときは、女性が自治会長になったりしますね。

これからの、低成長、サステナブル、という社会においては、女性がイニシアチブをとっていくのがとても向いているのではないかと思います。

取材に答えた篠原聡子学長
取材に答えた篠原聡子学長
ハフポスト日本版

女性の生涯を励まし続けるプラットフォームでありたい

ーー経験的に私も篠原学長のおっしゃっていることはわかる気がします。一方で、「男らしさ」「女らしさ」の押し付けには気をつけたいとも思います。本当に性別による違いがあるのでしょうか。

もちろん私もはっきりとした正解を持っているわけではありません。ただ、事実として、女性の方が平均的に寿命が長いというのはあります。長く生きていかなければならない性なりの工夫や強みはあるのかもしれません。

「人生100年時代」と言われますけど、学び直し、学び足しをし続けていかなければならないのは、男性よりも女性にとってより大切なのかなという気がします。

だからこそ、学長として日本女子大学の組織全体としては、女性をエンパワーし、その生涯をエンカレッジ(励まし、勇気づける)し続けるプラットフォームでありたいと思っています。

日本女子大学には通信教育課程や生涯学習センター、リカレント教育課程(学び直し)等さまざまな選択肢がありますし、さらに発展して、色々な世代の女性が色々な国から出入りしてくれる場所になっていければと思います。

ーー冒頭の質問にやや立ち返ってしまいますが、そうした理念に共感するならば、入り口を限定せず男性も入ってきてもいいのかなという感じもしてしまいますが…

そうですね。女性の生涯をエンカレッジするという本学のコンセプトに賛同してくださる方ならば誰でもいらっしゃい、と私自身は考えているところがあります。

附属の豊明幼稚園は共学ですし、通信教育課程の一部科目は男性にも開いています。これからも何かしらの形で開いていくアプローチは探っていきたいと個人的には思っています。

ーー女性の生涯のプラットフォームとおっしゃった時に、「色んな国から」と強調されていたのも印象的でした。

例えば先般、アフガニスタンで起きたことはすごくショックでした。

(2002年から)日本の5つの女子大学でアフガニスタンの女子教育支援のためのコンソーシアムを運営しています。その中に、アフガニスタンにお住まいだった本学の理学部卒業の方がいました。タリバンが侵攻の直前にアメリカに渡られたという緊迫した話をうかがったことは、本当に身につまされる出来事でした。

教育があることで攻撃の対象になってしまうといった、私たちでは考えられないような露骨な性差別がたくさんあります。そのようなことに気づくにつけ、日本だけでなく世界の女性をきちんと支える組織、教育機関はあるべきだろうと思います。

(※編集部注:アフガニスタンは2021年8月に武装勢力タリバンに掌握され、女子が教育から締め出される事態になっている)

「おかしい」と伝える。そして…

ーー私たちはジェンダー平等実現を目標にしながら、ジェンダーギャップが現存する「今」を生きています。理想と現実のギャップに苦しくなることも多々あります。「今」を生きる女性として、少しでも早くこのギャップを埋めるために何か工夫できることはあるのでしょうか。

建築業界という“男社会”に出された時に、どうしたら事態を動かすことができるか、ものすごく考えました。大きな声を出すことはできないですし、やっても効かないわけじゃないですか。

なかなか取り合ってもらえなかったり、話を聞いてもらえなかったりしても、とにかく自分から一通り説明して、相手が何か言うまでは動かないという作戦を編み出しました。痺れを切らした相手がこちらに歩み寄ってくれるまで待ちました。

これは男性への対抗とか、女性としての闘い方とかではなくて、当時の私が自分の頭で考えたマイルールです。

もちろん既存の制度や慣習に対して「これはおかしい」とはっきり伝えることは重要。そして同時に、何かのアンチというよりも、「こういうあり方ってどうですか」と新機軸を打ち出していきたいと思います。

篠原聡子学長
篠原聡子学長
ハフポスト日本版

ーー新しい価値の提案によって、既存の構造のおかしさを指摘する。さまざまなことが二項対立になりがちな世界に響いてくる言葉です。

(篠原学長の建築家としての代表作の一つである東京都新宿区の)矢来町のシェアハウス(SHARE yaraicho, 2012年)を建てた時も、シェアという暮らし方自体は欧米にもたくさんあったし、日本にも恐らくありました。でも「シェアハウス」として作られた建築としてはかなり新しかったと認識しています。

シェアというのはそれまで、コストを分割するとか抑えるといった経済的な方法だった。それを価値に変えたと思っています。一緒に住むことって価値があるよね、シェアするって楽しいよね、と。新しい価値をつくることで、既存の社会に提言出来たのではないでしょうか。

Share yaraicho
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日本女子大学提供

ーー日本女子大学では、2022年度から理学部の2学科で名称変更があり、23年度から国際文化学部(仮称・構想中)、24年度には建築デザイン学部(仮称・構想中)の設置など続々改革が予定されていますね。建築デザイン学部は、篠原学長のご出身でもある家政学部から独立する形ですが、これも「新しい価値」の提案と位置付けてよいのでしょうか。

住居学はもともと、戦前戦後の住宅難が深刻だった時に、衛生的で健全な住環境を整えるということが生きることの根幹にあった時代に発展してきました。そこで、住居というハード(ウェア)を作るわけですが、根底には、人と人との関係、人と場所との関係、人と環境との関係を調整する装置として住居をいかに設計するのか、という問いがあります。

そう考えていくと、今や人間は家の中だけに住んでいるわけでも、コミュニティの中だけに住んでいるわけでもない。「住む」という感覚を持ちながらも、実態に合わせて枠を広げて考える必要があるだろうということで、今回の決定にいたりました。

コロナの影響で自宅でリモートワークする人も増えましたし、職場とか家とか、パブリックとかプライベートとか、そうしたもののあり方は変わっています。そして今後ますます変わっていく。

既存のゾーニングやカテゴライズが変わってきて、もっと色々なものが滑らかにつながっていくのだと思います。


ーーさまざまなものの境界が溶け合ってくると、篠原学長がおっしゃっていたようなネットワーク型の組織をまとめるリーダーの活躍の場がさらに増えそうです。

まさにそうです。

いま、世の中が劇的に変わろうとしていますよね。その中で、女性のリーダーが必要だと私は本当に強く思っています。既存のルールや枠組みの中で頑張ること以上に、新しい価値や尺度を作ること、マイルールをうみだしていくことに情熱や希望を持てる人を育てていきたい。

日本女子大学は、女性たちの幼稚園から一生を支え、ますますエンカレッジし続けられるプラットフォームになっていけたら、と思っています。

(取材・文:南 麻理江 / 撮影:前田柊)

2021年の国際ガールズデーに合わせて、STEM分野の女性を増やすために何ができるのか話し合ったトーク番組「ハフライブ」。アーカイブもぜひご覧ください。

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