「自分たちの歴史を知る」20万点のLGBTQアーカイブ【アムステルダムレポート:後編】

アムステルダム中央駅から徒歩すぐの「アムステルダム公共図書館」には、性的マイノリティ関連の常設コーナーがある。なぜアーカイブが重要なのか? 視察プログラムでオランダを訪れた松岡宗嗣さんによる現地レポート・後編です。
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オランダ・アムステルダムの性的マイノリティ関連団体を視察。中編では、トランスジェンダーをめぐる課題について取り組むTransgender Network Netherlandの活動などを紹介した。後編では、欧米を中心に広がるサル痘の現状や、性的マイノリティ関連の書籍などをアーカイブする団体について取り上げる。

「サル痘」への対応

アムステルダムを訪れる数日前、日本で初めて「サル痘」の感染者が確認されたと報道があった。

ヨーロッパやアメリカを中心に広がる「サル痘」感染。その多くがMSM(男性とセックスをする男性)だと報じられている。しかし、サル痘は性感染症ではなく、密接な皮膚や粘膜接触、体液、飛沫などによって感染する可能性があり、感染者の大部分が男性でありつつ、女性や子どもの感染例もある。

HIV/AIDSをめぐる教訓から、WHOはサル痘の感染拡大に対し「緊急事態宣言」を発出しつつ、テドロス事務局長は「偏見や差別はどんなウイルスよりも危険で、感染拡大を悪化させる可能性がある」と注意を促していた。

他方で、感染拡大防止のため、特にゲイやバイセクシュアル男性のコミュニティに対する適切な情報提供は必要不可欠なのは事実だ。

リチャード・ケルドリスさん。運河沿いのカフェでお話を伺った
リチャード・ケルドリスさん。運河沿いのカフェでお話を伺った
筆者提供

オランダ国立公衆衛生環境研究所によると、オランダでは8月31日時点で1166人のサル痘感染者が確認されている。

オランダでは、当事者コミュニティへどのように情報提供や問題提起をしているのだろうか。私たちは、視察プログラムの一貫で、ドラァグクイーンでアクティビストのリチャード・ケルドリスさんにお話を伺った。

スティグマを与えず適切な情報を届ける難しさ

リチャードさんはオーストラリア・シドニーに生まれ、1990年にアムステルダムに移住。現在はCLUB CHURCHというゲイクラブやサウナ、カフェなどのオーナーをつとめている。

約20年にわたって「ジェニファー・ホープレス」というドラァグクイーンとしても活動。同時に「セックスポジティブ」や「性的自由」について活動するアクティビストとしての顔も持つ。

ドラァグクイーン「ジェニファー・ホープレス」の姿でウェビナーに参加するリチャードさん
ドラァグクイーン「ジェニファー・ホープレス」の姿でウェビナーに参加するリチャードさん
筆者提供

プライド期間中、リチャードさんは「サル痘」に関するウェビナーに、専門医やサル痘の感染経験のある当事者と共に登壇した。クイズを使ったサル痘に関するわかりやすい説明や、当事者の話などを通じて、サル痘に関する注意を呼びかけていた。

オランダではワクチンが既に一定量あることから、ハイリスク層の人々から順に摂取を開始しているという。ただ、ウェビナーでは「実際にはなかなかワクチンを打ちに来てくれないことがあり、葛藤している」と指摘されていた。

リチャードさんは「男性同士の性行為にリスクがあるのは事実。適切な情報を届けることと、スティグマ(負の烙印)を与えないようにすることのバランスはとても難しい」と語る。

ウェビナーでは「サル痘(Monkey pox)」という名前もそうしたスティグマの強化に繋がる側面があるのではないかという指摘もされていた。
8月末時点で、ヨーロッパにおけるサル痘感染は減少傾向にあり、WHOヨーロッパ地域事務局は「感染拡大を終わらせることが出来る」と強調しているが、今後も注視が必要だ。

「ドラァグ・オリンピック」に登壇するリチャードさん(左上)。イベント冒頭ではドラァグキングで俳優、アクティビストのソーン・ド・フリースさんが「プライドはただのお祭りじゃない」と活動の意義をスピーチ(左下)、手話通訳もパッション溢れるドラァグクイーンの姿だった(右下)
「ドラァグ・オリンピック」に登壇するリチャードさん(左上)。イベント冒頭ではドラァグキングで俳優、アクティビストのソーン・ド・フリースさんが「プライドはただのお祭りじゃない」と活動の意義をスピーチ(左下)、手話通訳もパッション溢れるドラァグクイーンの姿だった(右下)
筆者提供

なぜドラァグクイーンや飲食店、ゲイクラブのオーナーだけでなく、政治的なアクションも行っているのかと聞くと、リチャードさんは一言、「ドラァグクイーン自体、昔から“政治的”です」と笑う。

今でもドラァグクイーンの姿だとタクシーに乗車を拒否されてしまうこともあるというが、チャリティ募金や課題を伝えるためにドラァグクイーンの姿は「注目を集めることができる」と、“楽しく”そして“真面目”に活動することの意義を語った。

図書館に20万点の「アーカイブ」

アムステルダム中央駅から徒歩すぐのところにある「アムステルダム公共図書館」には、性的マイノリティ関連の書籍が置かれている常設コーナーがある。

LGBTQ+に関する書籍が常設で置かれている
LGBTQ+に関する書籍が常設で置かれている
筆者提供

管理しているのは「IHLIA LGBTI HERITAGE」。オランダ国内を中心に、世界中から集まった約20万点の性的マイノリティ関連の書籍や雑誌などをアーカイブしている非営利団体だ。

スタッフのテアさんによると、もともとアムステルダム大学に同性愛について研究する学科があり、そこで1978年に書籍の収集が始まったという。アムステルダム公共図書館の館長から「性的マイノリティに関するアーカイブが一般に知られるべきだ」と声をかけられ、約15年前にここに移設した。

保存されているコレクションは、書籍や雑誌だけでなく「グレー・リテラチャー」と呼ばれるような、性的マイノリティ関連の団体のパンフレットやイベントのチラシなど多岐にわたっている。

日本のアイテムも保存されており、中にはNPO法人「アカー(動くゲイとレズビアンの会)」の年次報告書も保存されていた。

アーカイブされたアイテムはデータベース化され、訪れた研究者などは、申請することで自由に閲覧が可能だ。

IHLIA LGBTI Herritageスタッフのテアさんとゲリットさん
IHLIA LGBTI Herritageスタッフのテアさんとゲリットさん
筆者提供

20万点ものコレクションがあるとはいえ、収集には課題も多いという。

例えば「移民のクィアコミュニティの情報を集めることは難しい」とテアさんは語る。90年代まではゲイやレズビアンの権利が中心に議論されていたが、近年はトランスジェンダーをめぐる課題や権利にシフトしつつある。さらに、SNS上のアーカイブをどのように保管すべきかという点は議論している最中だという。

テアさんは「IHLIAのスタッフも年齢を重ねてきているので、若いスタッフを起用するなどして、アーカイブをもっと多様にすることにフォーカスしたい」と語った。

なぜアーカイブが重要なのか。

「自分たちの歴史を知ることが大事」と語るテアさん。私も含め、例えばLGBTQ+に関するイベントを企画した際、告知用のフライヤーなどはイベント後に捨ててしまうことがよくある。

テアさんは「時にはそんなに大事には思えないものが、実は重要だったりします」と語る。自分がいま持っているものが、後の時代を生きる人々にとって貴重な情報である場合があるとして、テアさんはさまざまなコミュニティの人々に対して、「情報を保管することの大切さを伝える活動もしています」と語った。

IHLIAの事務所(左上)と倉庫(左下)、日本の「動くゲイとレズビアンの会」の案内書が保管されている(右上)
IHLIAの事務所(左上)と倉庫(左下)、日本の「動くゲイとレズビアンの会」の案内書が保管されている(右上)
筆者提供

オランダとの相違

全3回を通じて、オランダの性的マイノリティをめぐる現状をレポートした。私自身、当初イメージしていた部分と重なるところもあれば、そうでない部分も少なくなかったように思う。

街中に掲げられたレインボーフラッグ、特に理由なく入った店の中にも小さなレインボーのアイテムが売られていたりする状況。街中で抱き合う同性カップルの姿を見る機会は少なくなかったし、特に手をつなぎながら信号待ちをしているアジア系のカップルの後ろに立っている時は、この街の「オープンさ」を実感した。

やはりその背景にある「政治」や「法律」の状況、政府や自治体の姿勢は明らかに日本と異なる。カナル・パレードで、アムステルダム市のボートや、異なる政党の人々が同じボートでレインボーフラッグを振っている姿は印象的だった。なかなか日本では想像できない。

もちろんオランダにも課題はたくさんあるが、性的マイノリティの権利保障は「重要だ」という前提が“口先”だけでないことが伝わってくる。

一方で、学校の環境は想像と異なる部分があった。そもそも教育制度や仕組みが異なり、特に性教育に関しても明らかに日本とは前提や状況が異なるとはいえ、必ずしも性的マイノリティに関して特定の授業で取り扱う、といったことはないという点に驚いた。

各学校に当事者の生徒を中心とした団体が組織されたり、またはNPOが学校にツールキットを配布したりしているという点は日本の状況とも近い部分を感じた。

「黒人のクィアでトランスジェンダーの命は重要だ」という看板を掲げる、クィア女性のためのカフェバー「SAAREIN」
「黒人のクィアでトランスジェンダーの命は重要だ」という看板を掲げる、クィア女性のためのカフェバー「SAAREIN」
筆者提供

課題として、やはり「トランスジェンダー」や「移民」をめぐる状況は考えさせられる点が多かった。

2001年に世界で初めて同性婚が法制化されたオランダ。昨今は特にトランスジェンダーをめぐる課題に焦点が当てられていることが印象的だった。Transgender Network Netherlandsが指摘するように、例えば自死率に関しては日本と同じような割合だった点にも驚く。

「同性愛」を中心とした課題から、「トランスジェンダー」に関する問題にシフトしつつあるという説明を受ける機会が何度かあった。トランスジェンダーへのバッシングが激化している点など、日本と同様に、「LGBTQ+」といいつつ取りこぼされてきた課題がある点を痛感する。

一概に「オランダにおける性的マイノリティの現状」と言っても、人種や民族、宗教などそれぞれのコミュニティによって受容度が大きく異なる点も印象深かった。一方で、主流派のLGBTQ+関連のアクティビズムは白人男性層が中心という点、特に前編でイレーヌさんが指摘していたように、世代間によってアクティビズムの姿勢や捉え方が異なる点も強く印象に残っている。

筆者提供

何を還元できるか

アムステルダムでの約10日間の経験を、日本に持ち帰ってどう活かせるだろうか。そう思いながら帰りの機内でメモを見返していた。

連日のように政治家の性的マイノリティに対する差別発言が批判を集め、一向に権利保障が進まない。他方で、学校や民間企業など、個別的な対応や市民レベルでの認識は大きく変わりつつある。いまの性的マイノリティを取り巻く日本社会を変えていくために、まずは今回のレポートから還元していくことができればと思う。

現地で、見て・感じるという経験は、やはり文字や映像で得る情報とは異なることを実感する10日間だった。改めてコロナ禍で渡航が厳しい状況のなか、視察プログラムに参加させていただいたことに感謝し、この連載を終えたい。

※今回参加した「視察プログラム」は、駐日オランダ王国大使館と国際文化交流を支援する非営利団体DutchCultureにより企画、日本の性的マイノリティに関する複数の団体が招待を受け、現地の性的マイノリティ関連団体などを視察した。