【独自】「他校の生徒と交流禁止」東京・江戸川区の中学校の“謎ルール”。きっかけは20 年以上前の「暴力沙汰」

専門家は「基本的には学校や教育委員会に、生徒の人間関係を禁止・制限する権限はありません」と指摘。“謎ルール”が生まれる背景の1つには「学校依存社会」の問題があるという。
江戸川区立中学校で配られた「他校生との関係禁止」のプリントの一部(画像を加工しています)
江戸川区立中学校で配られた「他校生との関係禁止」のプリントの一部(画像を加工しています)
佐藤雄/ハフポスト日本版

「江戸川区の全中学校では、他校生との関係を原則禁止しています」

東京都江戸川区の区立中学校で数年間にわたり、他校の生徒との交流を禁止する内容のプリントが配られていたことが11月16日までに、ハフポスト日本版の取材で分かった。

江戸川区教委などによると、このルールは少なくとも20年以上前、当時多発していた学校同士の抗争や暴力沙汰を避けるために、区内の中学校の生活指導主任が集まって行った申し合わせが由来とみられる。

区教委は、「プリントの内容に、誤解を生む表現がありました。あくまで体育祭や文化祭などの他校の行事を冷やかしに行ったり、トラブルを誘発したりするような行動は慎むように、という趣旨です」と説明。

ハフポスト日本版の取材に「区として生徒同士の交流を禁止している事実はない」としつつ、今後もトラブルの未然防止のためとして、他校生との交流を一部自粛するように呼びかける方針をとっていくという。

専門家は「基本的には学校や教育委員会に、生徒の人間関係を禁止・制限する権限はありません。管轄外の越権行為にあたり、絶対にしてはいけないことです」と指摘する。

◆学校同士の抗争多い20年以上前のルール、そのまま

江戸川区の区立中学校で、少なくとも2020年6月と2021年4月に配られた「生活指導基本方針」のプリント。「生徒だけでの外泊」「SNSでのトラブル」「外出・夜遊び」などの防止について、保護者に協力を呼びかけるものだ。

「他校生との関係禁止」のルールはその中の1つで、「各学校の雰囲気、生活指導の状況は違い、他校生とつながりを持つことで、思わぬトラブルに巻き込まれることが多くあります。また、他校の生徒とつながりを持つことで、指導が煩雑になり、原因の追究・解明ができないこともあります。そのため、江戸川区内の全中学校では、他校生との関係を原則禁止しています」と記されている。

区教委などによると、「他校生との関係を原則禁止」とのルールは、少なくとも20年以上前に各学校の生活指導主任が集まる会議で設けられた「他校生との交流を控えるよう生徒や保護者に呼びかける」という申し合わせ事項を反映したものだとみられる。

当時は学校同士の抗争が盛んで、文化祭で他校を訪れトラブルになったり、生徒が他校生と一緒にたばこを吸ったりといった問題があったという。現在は当時のようなトラブルは大幅に減り、このプリントを配布した学校の保護者からルールについて区教委に問い合わせもあったが、申し合わせ事項の見直しが議論されたことはないという。

区教委によると、プリントはいつ作られたかは不明で、その中学校で長い間配られていた可能性もあるという。区教委は「プリントの表現が適切ではありませんでした」と説明。ハフポスト日本版からの指摘を受け、プリントの「原則禁止」などの表現を変えるよう学校に指示した。一方、他の区立中学校で同様のプリントが配られていた可能性もあるが、区教委は全校への調査をする予定はないとしている。

また「江戸川区として、他校生との交流を禁止している事実はありません」としながらも、プリントのもとになった申し合わせ事項自体や、交流を一部自粛するように呼びかける方針は続けていくという。

塾やクラブ活動など、学校を超えた生徒の交流は増えており、プリントの内容は現状に合っているとは言えない。プリントが配られた中学校の保護者は「区が個人の交友を禁止するなんて、人権侵害ではないかと思いました」と吐露。「子どもに『なんでほかの学校の子と遊んじゃいけないの』と聞かれても、『私も分からないよ…』としか言いようがありません。学校が子どもを信じていないように感じ、悲しかったですし不信感を覚えました」と振り返る。

◆専門家は「越権行為」と指摘。背景には「学校依存社会」

名古屋大学の内田良教授(教育社会学)は、「学校の門を出れば子どもは保護者の管轄です。今回のケースでは、本来家庭が決めるべき子どもの私生活について、学校が介入しています。学校や教育委員会が人間関係について、生徒に『あの人とは交流してはいけない』などと禁止や制限をするという権限は基本的になく、管轄外の越権行為にあたります。絶対にしてはいけないことにあたるでしょう」と指摘する。

その上で、「トラブルに対しては個別に対応するべきで、文化祭で問題が毎年起きるようであれば、文化祭のルールのみを見直すべき」とし、人間関係を広く禁止するのは人権上も問題があるという。

また近年は、問題のルールのきっかけとなった学校同士の抗争が頻発していたとされる昔と比べて、時代背景が大きく異なる。内田教授は「誰かと接点を持ったら、争いが起きるに違いないと疑い、それを根こそぎ起きないようにするというのはおかしいと思います」と疑問を呈する。

ただ、こういった「謎ルール」が残る背景には、子どもに関わるさまざまなことを学校に任せる「学校依存社会」の問題があるという。社会が学校に多くの役割を期待しすぎることによって、学校が生徒を支配するような方向に向かう、という構図だ。

内田教授は「今回のルールのもとになった他校生同士の暴力事件などは本来、『警察』などの管轄です」「学校には他にも校則や独自ルールを決める『国会』のような役割や、生徒の処罰を決める『裁判所』など、子どもたちに関するさまざまな権限を持っています」と指摘。

「逆に言うと、それだけ多くのことをやらないといけない。これは学校の先生の長時間労働につながっている問題でもあります。学校に全てを背負わせるのではなく、これは保護者、これは地域など、するべきことをどこが受け持つかの線引きを明確に考えていくことが、構造的にも必要になっていると思います」

<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>

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