「ワールドカップに水を差すな」はスポーツウォッシュ。観戦したい人、ファンにできること

カタール・ワールドカップ決勝に向けて激闘が繰り広げられていた12月中旬、社会問題の側面からサッカーを語るイベントが開かれた。スピーカーは文筆家・イラストレーターの金井真紀さんと、東京大学大学院准教授の斎藤幸平さんだ。
アルゼンチンの選手によって高く掲げられた、FIFAワールドカップ2022優勝トロフィー
アルゼンチンの選手によって高く掲げられた、FIFAワールドカップ2022優勝トロフィー
AFP=時事

アルゼンチンの優勝で幕を閉じた2022年のカタール・ワールドカップ。

日本代表はドイツとスペインを破り、決勝トーナメントに進出した。惜しくもクロアチアにPK戦で敗れ、目標だったベスト8進出はならなかったものの、チームの躍進に日本が沸いた。

一方で、ワールドカップ(W杯)には問題も山積している。ガーディアン紙の推定によると、W杯開催が決まった2010年から2020年の間に、W杯施設の工事関連で移民労働者のうち少なくとも6500人が死亡したとされる。

ほかにも、W杯の費用が肥大化していること、性的マイノリティが抑圧されていることなど、さまざまな問題が噴出している。

決勝に向けて連日激闘が繰り広げられる2022年12月11日、社会問題の側面からサッカーを語るトークイベントが開かれた。

文筆家・イラストレーターの金井真紀さんと東京大学大学院准教授の斎藤幸平さん、それぞれの新刊『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』(カンゼン)、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)の刊行を記念して本屋B&Bで行われた「愛と社会とサッカーを語る」をレポートする。

W杯がスポーツウォッシュになっている

文筆家・イラストレーターの金井真紀さん(右)と東京大学大学院准教授の斎藤幸平さん(左)
文筆家・イラストレーターの金井真紀さん(右)と東京大学大学院准教授の斎藤幸平さん(左)

斎藤幸平さんは、高校までサッカー部に所属。2002年のW杯日韓大会は、スタジアムでも観戦した。

しかし、『人新世の「資本論」』(集英社新書)などで加速する資本主義を批判してきた立場から、W杯カタール大会を「スポーツウォッシュ」だと強く批判する。

「僕は観戦ボイコットしました。理由は単純で、今大会はスポーツウォッシュ大会だったからです。

ひとつは、関連施設の建設工事に携わっていた移民労働者がひどい環境で働かされた末に亡くなっていることです。ネパールなどの貧しい国の人たちを出稼ぎ労働者として連れてきていて、僕はその建設労働者たちの映像を見ました。15人部屋は当たり前、50度ほどの炎天下で1日中働いたあとにシャワーがないので、水を汲んできて和式のトイレのようなところで流す。多くの労働者が命を落としましたが、死因不明で済まされています。

次に、金井さんの本にもLGBTQの当事者が出てきますが、その当事者たちがカタールでは抑圧されていることです。サッカーのサポーター、そして選手たちにも性的マイノリティはたくさんいます。それにも関わらず、性的マイノリティを抑圧している場所で、国際大会をやるのはどうなのか。

最後に、気候変動の問題です。今大会のために、7つの新しいスタジアムが造られています。こんなに大きなスタジアムをいくつも造らなければならないのか。さらに、本来W杯はヨーロッパのシーズンオフにあたる6月頃に行われているのが、今回は11月から12月。それはカタールの夏が暑すぎるため、特例的に決められたことです。

それだけ暑く、もともと雨の降らない場所で天然芝を良いコンディションに保つには、大量の水を使います。試合中はスタジアムでクーラーをガンガンかけていて電力も無駄になるし、観客がみんな飛行機に乗ってくるし、ホテルからは大量の二酸化炭素が出る。気候変動が進む今、果たしてそういうことをすべきなのか。

そうした問題を、スポーツで“ウォッシュ”している。W杯だけではなく五輪もそうですが、見直すべきじゃないかと」(斎藤さん)

11月に出版された『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』では、五輪についてもこのように批判する。

五輪は「参加することに意義がある」と多様性を理念にしているが、昨今はやりの、金もうけを隠す見せかけの環境保全「グリーンウォッシュ」にならえば、実際の五輪は綺麗事をなぞるだけの「スポーツウォッシュ」に成り下がっている。

今大会で日本代表が躍進するのと同じ時期には、日本の防衛費増額についてのニュースが報じられたが、目立ちにくかった。これを斎藤さんは「まさに典型的なスポーツウォッシュ」と指摘する。

抗議の方法は観戦ボイコットだけではない

斎藤幸平さん
斎藤幸平さん

金井真紀さんは、11月に出版した『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』で世界のサッカーファンを取材した。なかには、イスラム女性やLGBTQ+の当事者、失業者、そして差別を受ける人々といったマイノリティもいる。

「私はサッカーの試合から派生する日々の営みが好きで、サポーターたちを取材してきました。サッカーは世界中にあって、世界中でわあわあと騒いでいる人たちがいる。これを取材して話を集めていったら、いろんな国のいろんな断片が拾い集められるんじゃないかなと思っていたんです」(金井さん)

「W杯は祭りですよね。スタジアムの一体感と興奮する試合運びは、本当に楽しい。でも、金井さんの本にも書かれているように、熱狂的なファンは貧困、失業、差別、そしてドラッグと隣合わせ。サッカーを観ている瞬間には、それを忘れられる、あるいは自己肯定感が上がったりする。その高揚感がナショナリズムにいったり、暴力に結びついたりする危険性もある。だからこそ、人権や安全、平等を守る姿勢をFIFAはしっかり打ち出す責任があります」(斎藤さん)

トークイベントの会場からは、「W杯が引き起こす問題を理解する一方で、観戦ボイコットに拒絶反応を示す人もいるのでは。W杯を楽しむか、ボイコットするかの中間層にいる人たちに拒絶されないようにしながら、抗議にどう巻き込んでいけるのか」と質問が出た。

斎藤さんはこう答えた。

「問題について考えなくて済むマジョリティに対して、『拒絶されるかもしれない』『配慮してこういうメッセージを出した方がいいんじゃないか』と慮る話はよくあります。でも、マジョリティに都合がいいことがマイノリティに都合が悪いからこそ今まさに問題が起きているわけであって、それに対する告発が都合がいいものになるわけがない。

だから、最初のステップとしてまず必要なのは、拒絶されようが、まず問題があることを痛烈に意識させることだと思うんですね。最初の反応は当然、拒絶です。だけど、マジョリティの中に『その問題は確かによくないな』と気づく人たちが出てきて、議論が始まる」(斎藤さん)

金井さんは、斎藤さんの意見に共感しつつも観戦は続けたいと考えている。斎藤さんはこの点について「抗議する方法は観戦ボイコットのほかにもたくさんある」と言う。

「私は観戦ボイコットの選択をしましたが、ほかにも抗議する方法はいくらでもあります。スポンサーのものを買わない、FIFAに向かって抗議活動をする、パブリックビューイングをやめるといった方法もある。試合を観たい人は観てプレーに拍手を送りながら、『でもこのW杯はよくない』とSNSに投稿することだって抗議のひとつです。

メディアも、試合のニュースと合わせて、『カタールではこんな一面もあります』と報道すればいい。そういうことをやると『水を差すな』と言われますが、それこそがスポーツウォッシュなので、水を差せばいい」(斎藤さん)

サッカーと地球を持続可能にしていくために

金井真紀さん
金井真紀さん

サッカーと地球を持続可能にしていくために、大会の問題点について、サッカーファンこそが考えなければならないだろう。

「僕がスタジアムでサッカーを観ていたのは20年前ですが、当時と比較して、商業主義が行き過ぎてしまっている。入場料や放映権はどんどん高くなっていき、有料チャンネルに奪われ、頻繁に新しくなるユニフォームを買わされる。

そうではなくて、スポーツはもっと身近なものになったほうがいい。行き過ぎてしまったものをある程度抑えていったときに、スポーツを再び文化的なものとして楽しめるのではないかと思っています」(斎藤さん)

金井さんも、「公園でボールを蹴ったら叱られますからね」と共感を示した。そして、移民労働者やLGBTQの人権や環境問題のみならず、選手たちも行き過ぎたW杯の影響を受けている。

「こういうやり方を続けていけば、選手たちも使い潰されていきます。シーズン中にW杯までやったら、過密日程になって普段のリーグ戦にも影響が出る。サッカーファンこそ本当に今のサッカーのあり方がいいのか、みんながもっと真剣に考えて議論をすべき。とても重要な問題だと僕は思っています」(斎藤さん)

無理のあるスケジュールが組まれて大会直前まで各国リーグ戦を戦っていた選手たちのなかには、怪我でW杯に出場できなかった選手も多い。彼らの痛みは、サポーターこそがわかっているはずだ。

また、コロナ禍の影響もあり、W杯の最終予選では日本代表の選手たちが大きな負担を受けた。ヨーロッパでプレーする選手たちが日本やアジア各国で予選を戦うにあたって、過酷な長距離移動と連戦を強いられた。そのことは、勝ち抜けに苦しんだチームを目撃してきたサッカーファンこそが理解しているだろう。

その実感をさらに広げて、サッカーが引き起こす人権問題や環境問題について真剣に考えなければならない時期が、すでにきているのではないだろうか。

(取材・文:遠藤光太 編集:毛谷村真木

文筆家・イラストレーターの金井真紀さん(右)と東京大学大学院准教授の斎藤幸平さん(左)
文筆家・イラストレーターの金井真紀さん(右)と東京大学大学院准教授の斎藤幸平さん(左)

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