「10時間超えの手術を助けて」。外科医の悲鳴で開発「歩ける椅子」に、問い合わせが殺到

医師の過酷な状況をなんとかしようと、町工場発のスタートアップが電気のいらないアシストスーツ「歩ける椅子」を開発した。その名もアルケリス(Archelis)だ。

足腰の負担 最大40%減 電気要らずのアシストスーツ

アルケリスは、足に装着するアシストスーツ。ほぼ立った姿勢のまま、椅子に腰を掛けたような状態を維持できる。膝がわずかに折れ曲がった状態で固定され、足の裏モモ部分が座面となる仕組みだ。電子部品などは使われておらず、構造によって身体を支える。

厚労省も、立ち仕事でのアルケリスによる足腰の負担軽減を認めていて、最大で41%の効果がある。

膝の関節部分のロックダイヤルを調整することで、「歩くモード」と「座るモード」との切り替えも可能だ。

「アルケリス」の説明(Archelis HPより)
「アルケリス」の説明(Archelis HPより)
Archelis

医療現場からの切なる願いがキッカケ

アルケリスを開発したのは、横浜市のニットー。自動車部品などの「金型」を製造する、いわゆる町工場だ。1967年の創業で、現在は2代目の藤澤秀行さん(49歳)が社長を務める。

ニットー 代表取締役でArchelis CEOの藤澤秀行さん(49歳)
ニットー 代表取締役でArchelis CEOの藤澤秀行さん(49歳)
Jun Kitada

「10時間にも及ぶ手術がある。助けて欲しい」
2014年頃、外科医師から相談があった。

医師が担当していたのは、内視鏡手術。
腹部を開く一般的な手術とは違い、少しの切れ込みからカメラ(内視鏡)や手術器具を差し込むというもの。腹部を切らない分、患者の負担は小さく、術後の回復も早い。
一方で、医師にとっては、お腹の内部の様子をカメラごしに確認する手術となるため難易度が高く、時間が長くなる。休憩時間もない。

手術のクオリティにも影響するため、立ちっぱなしによる足腰の負担を解消できないかということだった。

内視鏡手術の様子
内視鏡手術の様子
Archelis

医療現場向けの器具開発は、ニットーとしては未経験の領域だったが、「患者の命を救えるお手伝いができるなら」と藤澤さんは開発に着手した。

アルケリスの試作遍歴。初号機は両足で6.4キロあり、「重くて動きづらい」という声があった。軽量化をすすめ、発売モデルは3.6キロまで抑えた
アルケリスの試作遍歴。初号機は両足で6.4キロあり、「重くて動きづらい」という声があった。軽量化をすすめ、発売モデルは3.6キロまで抑えた
Archelis

発売前から「バズ」。ラーメン店や工場、海外からも反響

医療現場だけではなく、立ち仕事に苦しむ人は大勢いる。
藤澤さんが気付かされたのは、アルケリスの開発中、YouTubeに投稿した動画がキッカケだった。(2023年1月時点で26万回再生)

再生数が伸び、ラーメン店オーナーや工場責任者などから「どこで買えるのか」との問い合わせが相次いだ。従業員の健康や働きやすさを改善するために、導入したいというものだった。
アメリカやドイツからも連絡があった。

当時はまだ試作段階だったが、藤澤さんはニーズを確信。
海外展開も視野に、ニットーのいち事業部から、スタートアップ「Archelis」としてスピンオフさせた。

遊び心ドリブンな開発こそ町工場発スタートアップの強み

藤澤さんが商品開発で大事にしているのは、遊び心だ。2012年に発売したスマホケースでの経験が背景にある。

「Trick Cover」は、これまでに43カ国で5万台が販売された。ヌンチャク型になっていて、藤澤さんが自ら実演する動画は、これまでに75万回再生されている。

当初は「ただつくってみたい」というだけで、発売を考えていたわけではなかった。開発中に投稿した動画がバズり、結果的に商品化へと繋がった。これがキッカケで100以上の取引先が広がり、面白い会社だと入社する人も増えた。

「アルケリスでも、ヌンチャクでも、私自身が面白がっていることが伝わっているんじゃないかと思います。モノづくりの現場は、つくれて当たり前だったり、いかにクレームのないものをつくるかという世界でもあります。でも、難しく考えてばっかりではいいものには繋がりません。椅子を身につけるとか、精密機械を振り回すとか、ある意味ぶっ飛んでいて、遊び心があったからこそ生まれたんだと思います」

展示会でヌンチャク型スマホケースを紹介する際、ブルース・リーの格好をした藤澤さん
展示会でヌンチャク型スマホケースを紹介する際、ブルース・リーの格好をした藤澤さん
Archelis

さらに、遊び心をすぐにカタチにできたことも、町工場ならではの強みだと振り返る。

藤澤さんによると、アシストスーツ業界は、大企業やベンチャー企業の参入も増えているという。展示会などで彼らと話をする機会も多い。

「技術者同士で話をしていると、特に大企業ではハンコ、ハンコという文化が根強いそうで、やりたいことをなかなかやらせてもらえないと嘆く声も多いです。一方の我々。精密機械を振り回すようなスマホケースなんて、普通はありえないですよね(笑)規模の小さな町工場だからこそ、こういうことにも挑戦できたんだと思います」

アシストスーツをもっと身近に。ウェルビーイングな世界を目指し、協会も立ち上げ

2020年の特許庁のレポートによると、パワーアシストスーツに関する2016年時点での特許出願数は、世界と比べても日本は健闘している。一方で、出荷台数の規模は、アメリカや中国に比べると小さいという状況だ。

藤澤さんも、日本でのアシストスーツの浸透は遅いと指摘する。
日本では重いものを運ぶ「ロボット」というイメージが根強く、活用の仕方も認知されていないためだと感じている。

「例えばアメリカだと、アシストスーツを導入することで、工場での作業に保険適用されるケースがあります。溶接作業の際にはゴーグルをつけろというようなルールと同様に、この作業にはこのアシストスーツというルールもできてきています」

藤澤秀行さん
藤澤秀行さん
Jun Kitada

藤澤さんは2023年1月に「アシストスーツ協会」を立ち上げた。
企業や業界の悩みを受け付ける窓口となり、アシストスーツ導入を支援する役割だ。アルケリスのみならず、国内の競合他社とも手を取り合った。日本での社会実装を進めることで、日本発のアシストスーツを世界へ広げる狙いもある。

「人にしかできない作業はまだまだ多いですし、立ち仕事の辛さに悩む人は多いと感じています。日本発のアシストスーツでウェルビーイングな世界を実現したいと思っています」

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