日本の音楽業界は、危機的状況にある――。そんな風に言われるようになって久しい。
CDが売れなくなった。音楽配信サービスは伸びているものの、CDや音楽ソフトの落ち込みをカバーするにはまだ時間がかかりそうだ。
この苦境を乗り越えるため、世界中からアーティストや音楽ビジネス関係者を集めたイベント「Tokyo Dance Music Event(TDME)」を始めたのが、実行委員長のLauren Rose Kocher(ローレン・ローズ・コーカー)さん。どんな「秘策」があるのか、教えてもらった。
――公式サイトに「日本独自のダンス・ミュージック文化を東京から世界へ発信...」と書かれています。日本独自のダンスミュージック文化とは、どんなものですか?
私はクラブの人間でなく、レーベルの人間なので(Kocher氏はソニー・ミュージックエンタテインメントに所属している)、語る資格はない気もするのですが......
多くのクラブが密集する渋谷や六本木は、世界の中でもやはり特別な場所と感じます。1つ1つのクラブの規模は小さいけれど、それぞれに色があり、独特の文化を形成している。
それに、Pioneer DJもKorgもRolandも、すべて日本が発祥の楽器メーカーですよね。この3社がなければ、世界のダンスミュージックシーンは成立しないと言っても過言じゃない。それはやはり、特別なことだと思います。
ただ、そんなユニークな文化があるのに、日本の音楽関係者は往々にして国内の市場しか見ていない。それがもったいないなと思ったことが、TDMEを立ち上げた動機の1つです。
――というのは?
アーティストもビジネス側も、日本のマーケットを大きくしようとか、そこでの売上を多くしようと考えがちです。でも、日本のマーケット以外に、海外のリスナーや売上の比率を増やすことを考えるべきです。CDは売れにくくなりましたが、音楽配信サービスが増えたことで、自分の作品を直接海外に届けることができるようになっているわけですし。
――SMEは音楽配信サービスへの参入にあまり積極的ではない印象ですが......。
それを言われると辛い(笑)。でも、実はそんな事ないです! 数年前なら見向きもされなかった議論が、できるようになってきています。
ともかく本当に、ダンスミュージックは、世界を目指せるジャンルなんです。
いま、世界のトップDJには、オランダ人やフランス人などが多くいます。2016年のTDMEで音楽制作のワークショップをしたUmekはスロベニア人ですし、女性DJトップと言われるNina Kravizはロシア人です。
アメリカ人じゃなくても、英語が上手くなくても、凄いスターになれるジャンルがダンスミュージックなんです。すでに有名な日本人DJもいますが、同じように世界を目指す人はもっと多くていいし、まだ数が少ないのがもったいない。海外戦略を考えたり、組むエージェント、マネジメント、レーベル、流通業者を見つけるなど、少しの努力で飛躍できる可能性があるのに......。TDMEを通して、そういう出会いを提供できればと考えました。
TDMEは、アーティストによる"Live"のほか、音楽の実制作や最新技術などを学ぶ"Sessions"、業界のキーパーソンが語り合う"Conference"と3種のプログラムからなるイベントだ。
――TDMEは2017年で2回めです。昨年、イベントを始められたきっかけを教えてください。
日本には、質の高い音楽フェスやライブイベントは沢山あるけれど、海外にあるような、音楽ファン以外にビジネスマンやテクノロジストも参加する複合型イベントはあまりない。日本でも同じようなことができないかと同僚と話し合い、実現にこぎつけたのが昨年2016年です。この時の好評を受けて、2017年は規模を広げて開催することになりました。
――「音楽を聴くだけではないイベント」の面白さは、どこにあるのでしょうか。
普段聴いている音楽の裏側の世界が垣間見られることかなと思います。
アメリカのSouth By SouthWest(テキサス州オースティンで行われる音楽とテクノロジーの祭典。10日間の期間中に40万人以上の観客や音楽関係者が訪れる)は、世界中の才能あるミュージシャンが集まるだけではなく、有望なベンチャー企業の見本市のようにもなっています。
第1回のTDMEでも、世界最大の音楽有料配信サービスSpotifyの日本上陸直後に、Spotify Japanの社長に国内では初めてビジネスの展望を語ってもらいました。そして、1日の最後には、登壇者やアーティストと親交を深める場所と時間を設けています。
音楽を聴きたい人はもちろん、音楽業界や広告業界の関係者、ミュージシャン、ベンチャー企業など、さまざまな人がさまざまな目的で集まる。そこが面白いと思います。その中で新たなコラボレーションやビジネスも生まれています。
――2016年のTDMEを通じて、日本のアーティストが世界に活躍の場を広げた実例はありますか。
一番はSeihoだと思います。TDME出演以来、海外アーティストとコラボレーションした楽曲を制作したほか、外国でのライブも増え、アメリカ・ツアーも成功させました。他にも「海外レーベルやマネジメントからの問い合わせが来るようになった」という出演アーティストの声は多く聞きます。
Seihoはライブ中に花を活けたりと、オリジナリティがあるんですよね。
――TDME2017のコンセプトは。
欧米以外にも、いろいろな地域の関係者を招聘しています。インドナンバーワンのDJと言われるAnish Soodが登壇しますし、南アフリカやデンマーク、中国などからも関係者が来ます。会期中、"音楽の国連"のような雰囲気になるはずです。
このイベントを通じて、日本のアーティストは海外に飛び出せばいいし、海外の音楽は日本にもっと入ってくればいいと思う。そのきっかけを増やしたい。そして、日本のみならず世界の音楽業界が発展すればいいなと思っています。
また、ダンスミュージックは、日本ではまだアンダーグラウンドな印象がありますが、世界ではどんどん公の場でも認められるようになっています。2013年に現オランダ国王が即位した際には、Armin van BuurenというDJが戴冠記念ライブを行い、国王夫妻自身もステージに上がりました。また、2015年のノーベル平和賞祝賀コンサートでは、ノルウェー出身の世界的DJであるKygoが出演者に選ばれています。
日本でも同じぐらい、ダンスミュージックの地位が上がってほしい。そんな壮大な目標も立てています。
それとあと1つ。学生など若者にもっと来てもらえるような場にしたいと思っています。昨年の問い合わせでも「僕みたいなのでも参加していいんでしょうか」という質問が、非常に多かったんです。日本人の奥ゆかしいところだと思いますが、興味があれば、どんな人でも参加OKだよ、というメッセージは強調したいです。本当に世界トップのプレイヤーやビジネスマンと直接フラットに会話ができる機会を持てるので、可能性を広げていってほしいと思います。
言葉にすると恥ずかしいんですが、音楽は人生に意味を与えてくれる存在だと信じています。家族、そして音楽。そういってもいいぐらい。音楽を聴く人が増え、音楽を作る人が増える、それは世界にとっても意味があると信じているし、その誇りを込めてイベントを作っています。
2017年11月30日(木)から12月2日(土)の3日間、 渋谷ヒカリエを中心とした複数の会場で開催。世界中から集結したアーティストによる"Live"、音楽制作やビジネスを講義やワークショップなどの形式で学ぶ"Sessions"、パネルディスカッションやプレゼンテーションの形式で最先端の音楽ビジネスを知る"Conference"の3形式で様々なイベントが行われる。
また今年は12月1日(日)21:00から、世界的に有名なレーベル「SPINNIN' RECORD」の公式イベントで、日本初上陸の「SPINNIN' SESSIONS at TDME」も開催。Madison MarsやMike Williams、EDXといった世界的に活躍するアーティストのプレイが渋谷ヒカリエで繰り広げられる。
公式ウェブサイト:http://tdme.com/ja/