山上哲氏は10年前、息子への誕生日プレゼントをきっかけに、それまで抑えていた創造意欲を爆発させた。本業の薬剤師の傍ら、頭の中でシミュレーションしていたメカニズムを木で表現。完成した作品「木のクレーン車」は第20回ハンズ大賞ハンズマインド賞を受賞。これまで公開したYouTubeの動画再生回数はあわせて470万回を超えた。その後も多数の作品がコンテストに入賞している。見る人をうならさずにはおかない超絶技巧の数々。どんな発想で生まれたのか。探ってみた。(撮影:加藤甫、映像:梶高慎輔)
2作目の「木のクレーン車」でブレイク
「『作りたい』という気持ちが湧き上がると、もう抑えられない」
話題となった初期の作品、「木のクレーン車」を前に語る山上氏の目はらんらんと輝いている。作品としては2作目となる。初作品は長男3歳の誕生日のプレゼント「木のフォークリフト」だった。
「歯車はWebで見つけた図を参考に手書きで設計して切り出しました」
全体の設計図もCADを使わず、手書きしている。以後の作品も同じ手法をとった。
初の作品「木のフォークリフト」。歯車とカムの組み合わせでフォークが上下する。
「とりあえず1台目を作ってみて『こりゃイケる』と思っちゃったんです。2台目が『木のクレーン車』でした」
こともなげに語るが、メカニズムの複雑さの違いにあ然。単純なものができたからといって、いきなりこれほどの大作を手がけるとは。無茶というか、大胆不敵というか......。
レバーの操作ひとつをとっても理にかなったメカがある。
「人間は押す動作と引く動作では引く動作の方が力を出せる。ラチェット式のレバーを、こぶしを握るように頂点についているボタンを押しながら引くとき重力に逆らう力の必要なブームの上昇、こぶしを緩めて頂点のボタンを放してレバーを押すときにブームが重力に逆らわない下がる動きとなるようなメカにしました」
ウインチを巻き上げていくと、最後の2~3cmを残して空回りする。巻き上げすぎて破損することを防ぐための細かい配慮だ。
「ある程度巻き上げるとクラッチが効いて空回りします。『アメリカンワインディングストップ』というメカで、歯数の違う一組の歯車を使って最後に残すウインチの長さを調節しています。2つの歯車の歯が1回転ごとに1歯ずつずれ、2つの歯車につけたストッパーのツメがぶつかったときロックがかかるようになっています」
ブームを伸ばす機構。先端にはクラッチがついているのでこれ以上は伸びない。
「設計から完成まで1年半ぐらいかかりましたが、木で作るメカの多くの重要な部分を理解できるようになりました。今では、どこにどれくらいの強度が必要で、どれほどの摩擦が発生するか、どれくらい遊びがあればいいのか、ほぼ正確に予測がつきますね」
クレーン車というからにはタイヤが必要だが、ブームを操作するためには車体の固定も大事だ。そのためのアウトリガー機構もついている。
2作めで早くもものづくりの才能を開花させた山上氏。その後も子どもの誕生日ごとに作品を作り続けた。どんなメカがそこにあるのだろうか?
<注釈>
* ブーム:クレーン車などの棒状の構造物。
* アウトリガー:クレーン車などでブームを伸ばす際に、車体を安定させるために車体横に張り出す脚。
歯車の組み合わせが生む機能美
「木のドーザショベル」に「木のショベルカー」。2作目以降も重機が続いた。
「『木のクレーン車』を作っているときにギヤ切り替えレバーに目がいってしまい、上下だけでなく横の動きも動力に使えることに気がつきました。そこで次の『木のドーザショベル』ではレバーの上下と左右の両方の動きに歯車をかませ、バケットの上昇と下降は上下の操作で、すくうとこぼすの動きは左右の操作にしました」
木のドーザショベル
「木のショベルカー」では歯車を通してブームからバケットへ動力を伝えている。木の歯車がカーブを描いて並ぶ様は美しい。しかし機能させるのは容易ではない。
木のショベルカー
「特に歯車の勉強を専門にしたわけではありません。何百枚と製作するうちに、なぜ動くか、動かないときはどうすればいいかがわかってきました。でもいつもその場その場で処理しているので、記録には残していません。自分でもどうやったか覚えていないことも多々あります」
作りたくなっちゃったので作りました
2つのショベル付き重機にはキャタピラがついている。これも当然のことながら木。
「キャタピラを木で作ったら、構造的に似ているチェーンも作りたくなっちゃいました。そして作ったのが2代目のフォークリフトです。タイヤの方向転換もフォークの上げ下げもチェーンで動きます」
上からのぞくと整然とパーツが並んでいる。見事な調和だ。
「最初に設計図があってそれに基づいてパーツを切っている訳ではなくて、どんどん組み立てていってのぞきながら作っています。『あそこに隙間があるから、あれを立てて......』といった感じです。位置的にぶつからないように配置し、不要と思う部分を削ったりします。気持ちの上ではなるべくシースルーにしたい。余分なものは取りたいんです」
取りすぎて強度に問題が出てくることも。でも解決法はある。
「不足する強度をどこから持ってくるか考えます。結果として強度を出すためにパーツの配置を変え、構造的にはさらに複雑になることもある。ときどき『無駄に複雑』という言われ方もしますが、自分の中では不要な部分は残しておけない。だから最終的にはまったく違う形になることもある。でもその方が面白いかなと思います」
最終形で変わってしまった作品には、どんなものがあるのだろうか?
<注釈>
* バケット:ショベルカーなどでブームの先端にある砂利や土をすくう容器。
湧き出るアイデアを形や機能に生かす。作品を語る山上氏の視線は熱い。
メカでストーリーを作る
目の前に置かれた作品は木に止まったキツツキ。木をつついているとイモムシが顔を出すが、「食べられてたまるか」といわんばかりに最後の最後でさっと引っ込む。結局キツツキはイモムシを食べられない。そんな一連の楽しい物語を歯車で表現している。同じメカで小さいものも娘の誕生日プレゼントに作った。
キツツキとイモムシ
この作品、当初のメカは横に組まれていた。じっと動きをみているうちに縦になり、木とキツツキが見えてきた。
「作品を作リ始めるとき、最終形は見えていません。あるのは動きのためのメカだけ。形は漠然としていても、ともかく作り始めます。よく直感で作っているように思われますが、頭の中でいつもシミュレーションを繰り返していますから、動きは見えています。でも形はどんどん変わっていきますね」
木を扱う難しさ
メカを作るなら、通常は金属の軸や歯車、素材にはプラスチックを使う。プラスチックは寸法を追い込んでいけばどこかで均衡点が見つかるが、木はそうはいかない。木は生きている。温度とか湿度とか、条件が変わると寸法が変化する。
独特の難しさがそこにある。
寸法の変化は特に歯車の噛み合わせに重要な変化をもたらす。そのために遊びを十分考慮してメカを作らなければならない。ただ、遊びがあっても見た目にそれを感じさせない仕上げが必要だ。
「歯車の素材としては硬くてかつ粘りのある木材が適しています。そこで探し当てたのが『ブビンガ』という木です。ともかくものすごく硬い。切るのも大変で、昔は1時間で1個切れるかどうかでした。今は適した糸鋸刃の選択、切りやすいように歯車図面の修正、経験による技術もあがり、1時間で3個は切れるようになりました」
ただし長期間作業から離れると腕は鈍るとのこと。
「作品を作っている最中はきれいにできますが、しばらくやってないと曲線でテーパーが付いてしまったり、少しふくらんで切ってしまったりといびつな歯車になってしまいます。感覚が鈍って処理が少しずつ遅れているというか......。
実は切るときには目だけではなく音、におい、指に伝わる振動・抵抗など、感覚を総動員しています。感覚が鋭くなっているときは同じ時間できれいにたくさん切れますし、けっこう厚いものも切れる」
扱いの難しい木にこだわって作品を作り続ける山上氏。その理由は何だろうか?
<注釈>
* テーパー:先に向かって細くなる形状。
歯車はすべて電動糸鋸で切り出す。
子どもに触ってもらいたい
「木を選ぶ大きな理由は、子どもたちに実際に作る興味を持って欲しいからです。手に入れやすく比較的加工もしやすい木は、私がそうであったように創作意欲をかき立てる素材だと思っているからです」
壊されるリスクもあるが、博物館などで展示するときは極力子どもに触らせるという。
「ものを作らない日本は嫌いなんです。日本の産業構造が変わっても、ものを作る日本は絶対に必要だと思います。ものを作りたくなる人間はそれに目覚めると絶対離れられないと思っています。まったく特性のない子どもを引きずりこむ気はありませんが、特性があるのに興味を持つきっかけがなかっただけの子どももいる。彼らを刺激したい。『創りだすということは楽しいけれど楽なことではないと思います。でも、日本の将来のためにハマってね』という気持ちです」
「作品を通して子どもたちを刺激したい」。山上氏の視線は次世代にも向けられている。
ものごころ ついたときから ものづくり
子ども時代、いつも何かを作っていた、という。
「子どものころからメカに関しては現実的に考えるくせがありました。物理法則や強度を無視した思考はなかった。アニメを見ていても『これはそんな動きにはならないよ。それ、どんな超合金なの......』とよく思いました。
物心ついたときから見えない中身を想像するのが好きでした。歩いている時、テレビをみている時、眼につくありとあらゆるものの中身・強度を常にシミュレーションするのが普通のことでしたね」
いつもバーチャルなメカが頭にある。でもそれはリアルではない。
「『頭の中には面白い機構が存在しているのに実体はない。自分でも現実のものとして触ってみたい。リアルに存在させないで終わるの?』そんな想いが爆発して本格的に制作を始めました。」
最新作にあたる大作「木のロボットアーム」が登場。見る者を圧倒するメカの塊。なぜこんな作品が作れるのだろうか?
木のロボットアーム
「しつこいからじゃないでしょうか。いったん作ると決めたら絶対に引かない。製作途中でダメなところがあってもあまりショックは受けません。そこに全然あきらめていない自分がいるから。逆にファイトがわいてきます。一方で『ここであきらめちゃう人もきっといるのだろうな』と思うことも。ものを作っていて『あきらめない自分』を発見する瞬間が好きですね」
熱く語る山上氏からはものづくりの魂を感じないではいられなかった。
輪ゴム銃
(fabcross 2015年5月5日の掲載記事「CADも使わず手書きで設計----プロもうなる超絶の木工メカニズム」より転載しました)