世界中の人々と同じように、ユナイテッド航空の乗客が数人の警察官によって暴力的に引きずり出される映像を見た私は恐ろしさを感じた。この乗客は顔から血を流し、恐怖を感じた他の乗客たちは警察官に対して、血まみれで意識を失っている男性に対する仕打ちを止めるよう懇願していた。
「座席の振り替え」を求められたこの乗客が飛行機を降りようとしなかったのは、ミント・ジュレップ(訳注・ケンタッキーダービーのオフィシャルカクテル)と南部のおもてなしが息づく地元に帰りたかっただけじゃない。彼は医師であり、翌朝から患者を診なければならなかったと主張していた。
その飛行機は、私の地元ケンタッキー州ルイビル行きの便だった。最初にこの恐ろしい動画を見たとき、乗客は私の担当医の1人ではないかと思い、目を凝らしてじっくり確認した。それから間もなく、いろいろな角度から撮影された生々しい動画が複数公開され、大きな注目を集めた。その乗客はデイビッド・ダオ医師だとすぐに特定された。
それから、ダオさんの置かれた状況はさらに悪化した。
そう、シカゴからルイビルまでの平凡なフライトは、飛行機版「ハンガー・ゲーム」になってしまった。他にいくらでも平和的な解決策があったはずなのに、彼は警察官から暴力的に引きずり出された。それだけではなく、人生で最も恥ずかしくトラウマになるような瞬間が記録されてしまっただけでなく、世界中の人々の目に晒されることになった。それでもまだ足りず、ユナイテッド航空のCEOは当初ダオさんを責め、個人的に謝罪もしなかった。さらにダオさんは病院に戻って患者を診ることができず、自身がシカゴの病院で怪我から回復を待つ身になってしまった。
そしてダオさんの身元が明らかになると、ルイビルの地元紙「クーリエ・ジャーナル」はダオさんの「問題のある過去」について大々的に報じ、2003年に薬物関連で逮捕された記録を詳細に書き立てた。TMZをはじめとする全国的なゴシップサイトは今回のニュースとは関係のない点ばかり注目し、他のサイトもこれに続いた。地方紙はダオさんに関するスキャンダルをさらに暴き出そうとし、「そもそも彼は翌日に診察予定の患者がいたのか?」という、誰も尋ねようとしなかった疑問の答えを見つけようとした新聞まである。
飛行機の中を引きずり回されたダオ医師は、今度はアメリカ全土から辱めを受けている。このままだと、彼の怪我は回復しても、彼の傷ついた評判が回復するまでには長い時間がかかるだろう。
14年前の薬物事件と、今回のユナイテッド航空のおぞましい一件に何の関係があるのか、私にはわからない。ダオさんの過去を暴き出すことにどんなニュース的価値があるのかも分からない。こんな残酷な仕打ちを受ける理由もなかった、孫を愛するこの被害者の男性を犯罪者に仕立て上げようとすることに対して、ジャーナリズムとしての正当性をひとかけらも見出すことができない。これは典型的な「まあ、彼もまったくの無実ってわけじゃないからね」といった、これまで何度も目にしてきた被害者批判のひとつだ。
私はダオさんがどんな人間か興味はない。彼が実際に最低な人間で、ユナイテッド航空のムニョスCEOが言うように「けんか腰だった」としても関係ない。彼が月曜日に患者を診る予定だったというのが嘘だったとしても気にしない。彼が「自分はアメリカの大統領だ」と言い張り、大統領専用機に乗っていると思い込んでいたとしても知ったことではない。彼に犯罪歴があっても関係ない。仮に彼がトランプ大学で医学博士号を取得していたとしても別にどうでもいい。
彼は夫であり、父であり、祖父であり、客であり、そして人間だ。彼があんな残酷で酷い仕打ちを受けるべき理由はなかった。この流血事件が終わった今、私たちが彼を笑いものにしていい理由などあるはずがない。
ハフィントンポストUS版より翻訳しました。