中国株ショック「全球的連鎖」の衝撃波

中国発の株安連鎖はとてつもない震度で、全世界を襲っている。株式、商品、為替の市場で起きていることは、信じられないボラティリティー(変動率)の高まりだ。

中国発の株安連鎖はとてつもない震度で、全世界を襲っている。株式、商品、為替の市場で起きていることは、信じられないボラティリティー(変動率)の高まりだ。にわか専門家たちは、深刻な顔つきで解説を繰り広げるが、本当のところは一体どうなっているのか。そもそも6月半ばから始まった中国株バブルの崩壊は、いかにして「全球(グローバル)化」したのか。

かねて指摘していたように、と古証文を出す趣味はない。だが、先月の記事(「中国版『リーマン・ショック』の危険度」(2015年7月29日)で「中国の場合は人民元安の容認による輸出の拡大というカードを切ろうとしている」と指摘したように、8月11日に中国人民銀行は通貨人民元の切り下げに踏み切った。この措置は公式には、人民元相場の変動性を高め、国際通貨基金(IMF)のSDR(特別引き出し権)入りを目指すもの、と説明された。

確かに8月11日から13日までの3日間での人民元の対ドル相場の下げ幅は合わせて4.6%にとどまる。「10%もの引き下げで輸出テコ入れを狙うものではない」。異例の記者会見で、人民銀の副総裁は慌てて釈明した。中国に自由な通貨変動を促していたのは、ほかならぬIMFなのだから、この釈明には「五分の理」があることは否めない。

だが、中国経済の先行き不安が広まる中での、突然の通貨切り下げが「輸出後押しでない」と言っても、誰が信じよう。8月24日月曜日の世界的な株価暴落(新ブラックマンデー)の導火線に、火を付ける結果となったことも否めないだろう。大きな経路は、中国向けの輸出依存度の高いアジア諸国への打撃である。人民元が下がれば、これらの国々の輸出採算は悪化する。

具体的には、韓国、マレーシア、タイ、台湾などの景気には、先行き警戒信号が灯っている。例えば韓国は中国に一点張りし続けた結果、対中輸出の比率は25%強と、対米比率の2倍となっている。サムスン電子や現代自動車などは、中国需要の落ち込みが経営を直撃している。海外株式投資の4割が中国株というから、中国ショックの震度は推して知るべしである。

「近隣窮乏化策」に走る中国

中国の政策運営が異形なのは、貿易収支と経常収支が依然として黒字のなかで、通貨安のカードを切ったことである。経常黒字は低下したとはいえ、国内総生産(GDP)比で2%台。輸出が振るわないというが、それ以上に内需の不振から輸入が落ち込んでいるのだ。輸入額は昨年11月以降、前年同期比でマイナスが続いている。

こんななかで、なすべき策は内需のテコ入れだろう。確かに財政、金融面で内需刺激には努めているものの、過去の過剰投資と過剰債務が足かせとなり、一向に経済のエンジンがかからない。共産党幹部と長老たちが一堂に集い、戦略を話し合う「北戴河」の会議でも、習近平執行部は江沢民を筆頭とした長老グループから経済失政を責め立てられたに違いない。

八方ふさがりに陥った現政権が切ったカードが、通貨安による外需の拡大だった。自国経済が窮乏に陥ったとき、通貨安に誘導して輸出競争力を高め、相手国の需要を奪う策を「近隣窮乏化」と言うが、いま中国は絵に描いた近隣窮乏化策に走っているのだ。欧米諸国が「新たな貿易戦争」の火蓋が切って落とされた、と懸念するのも無理はない。

打撃大きい「カザフスタン」「アフリカ」

世界経済へのダメージという点では、実はこの貿易戦争の前に、中国は大きなカオスを巻き起こしつつある。国際商品相場の急落である。原油など国際商品を押し上げてきた、中国による資源・食料の「爆食」が衰える。そんな観測から、国際商品は底抜け状態となっている。原油は国際指標であるWTIでみて1バレル40ドルをも割り込んだ。国際商品の指標となるCRB指数は、リーマン・ショックの後でさえ割らなかった200の大台を下回った。

商品市況の悪化は世界的な需要不足とデフレの懸念を映している。日銀が掲げる2%の物価目標の達成も困難になる。エコノミストはそんな議論を好むが、より重要なのは資源輸出国の台所が直撃されることだろう。9月3日に北京で開かれる「抗日戦勝利70周年記念式典」に出席する国の1つも、中国発の商品ショックで経済運営がにっちもさっちも行かなくなった。

中央アジアの産油国カザフスタンである。中国とロシアを主な輸出先として、中国には原油を輸出することで、経済を営んできた。ところが、原油安、中国需要の減退、人民元安がトリプルパンチとなり、為替の管理相場を維持することが出来なくなったのだ。8月20日に通貨を変動相場に変えたが、たった1日で2割を超える大幅安となった。

対中輸出の落ち込みが目立つのは、中国が資源開発に乗り出し、丸ごと購入してきたアフリカ諸国も同じである。中国からの直接投資の受け入れ拡大と対中輸出で有卦に入ってきたが、今や舞台は暗転した。カザフスタンと同様、アフリカ諸国の対中貿易にも異変が起きている。2010年ごろからの対中黒字が雲散霧消し、今や対中赤字に直面しているのだ。

外貨獲得に苦しむアフリカ諸国から、中国は外貨をむしり取っている。マルクス主義の国際経済論からいえば、帝国主義的な収奪ということになろうが、ここではネーミングなどどうでもよい。資源輸出国を中心とした新興国の対外収支が急速に悪化し、デフォルト(債務不履行)に陥る国が出てきかねないこと。それが商品相場の底割れがもたらす、潜在的なリスクなのである。

四面楚歌のサウジアラビア

あえて鬼になって言えば、名もない小国が飛んだとしても、世界経済へのダメージは小さい。最も警戒すべきは中東の産油国、なかでもサウジアラビアである。今年夏、国際金融界のビッグニュースの1つは、サウジによる8年ぶりの国債発行だった。最大の産油国であり、採掘コストも低いはずのサウジでさえ、対外収支と財政収支が逼迫していることが、白日の下にさらされた。

ほかでもない。国王の交代の後、サウジの王政は累卵の危うきにある。内に王族内のゴタゴタ、外に核開発合意でツメを研ぐイラン。そして「イスラム国」の勢力が、サウジ国内に浸透し始めている。厳重な警戒を敷いていたはずのモスクで「イスラム国」による自爆テロが起きたことは、王室の心肝を冷やしたに違いない。南にはイエメンの内戦が続く。四面楚歌なのだ。

民心を離反させないために、サウジ家が行っているのは、徹底的なバラマキである。電気ガス代、医療費から教育費までタダにして、国民を抱き込もうとしている。しかし、自由もなく、厳格な戒律で支配された体制は、いつ「アラブの春」に見舞われてもおかしくない。人口ピラミッドは圧倒的に若者中心で、しかも彼らの満足する仕事はない。「イスラム国」はそんな隙間を突いて着実に浸透している。

王家の生き残り策はアメとムチ。国民にはバラマキを一層厚くするとともに、反対勢力は軍と治安警察で徹底的に排除するということだ。だが、そんな政策を続ける限り、財政資金はいくらあっても足りない。その一方で、逆オイルショックが世界を襲う中では、原油収入は先細りになるばかり。しかも宿敵イランに対する経済制裁が解かれれば、イランは国際市場に原油を供給してくるに違いない。こう見ると、サウジを起点に中東が砂嵐に見舞われても不思議ではない。

「近隣窮乏化策」に走る中国

中国発のショックには別の経路もある。新興国の代表である中国経済がぐらついた結果、新興国投資全般のリスクが著しく高まり、新興国からの資本流出が拡大しているのだ。新興国と先進国の間のヌエのような存在である韓国は、最大の被害者の1人だろう。外国人投資家による韓国の株式、債券の売越額は、7月だけで5000億円にのぼった。

主な19新興国市場からの資金流出額は、1年余りで1兆ドルに迫っている。こうした新興国でドル・パニックが起きると、それこそ2008年のリーマン・ショックの再来となる。米連邦準備制度理事会(FRB)による金融の量的緩和(QE)の下で、マネーは先進国ばかりでなく新興国に流れ込んでいたので、こうした金融不安は先進国の金融機関や投資家にも、ブーメランとなって跳ね返ってくる。

中国株バブルの崩壊が、「全球的」な市場混乱となって波及しているのは、こういったメカニズムが働いているからである。その危機は8月24日の週明け以降、新たな段階を迎えている。何よりも24日のニューヨーク市場で、ダウ工業株30種平均が寄り付き直後に一気に1000ドル下げたことが示すように、グローバルな投資家の間では極端なリスクオフ(危険回避)の空気が広がっている。

買い手不在の間隙を縫って、相場の方向を加速するようなファンドの機械的な売りが襲う。プログラム売買と言うべき、こうした高速取引を手掛けるファンドにとって、もうそろそろといった相場の値ごろ感などは存在しない。他方で機関投資家は、株式などの損失額が一定限度を超えると、自動的な損切りを余儀なくされる。かくて金縛りの悪夢に見舞われているような、株価の急落が演じられる。

24日の欧米市場で円相場が一気に1ドル=116円台まで急騰したのも、同じようなプログラム取引が背景にある。日本株も同様である。日経平均株価は21日に2万円の大台を割ったが、24日には1万9000円台、25日は1万8000円台を次々と割り込んだ。とりわけ、日中に約1000円の値幅で乱高下を演じた25日のマーケットは、人間がプログラムに振り回されている図の典型だろう。

問題は、一連のプログラム取引が、必ずしも浮世離れした産物ではないことにある。中国経済の失速と中国株底割れの先にあるのが世界経済の下振れであることを、マーケットは冷徹に織り込んでいる。しかも、景気悪化や市場混乱に対するグローバルな政策対応の力が弱っていることを、世界を駆け巡る投資マネーはしっかりと見抜いている。

いまこそ「経済運営のプランB」を

何よりも中国当局のグリップが著しく弱っている。自ら煽った株式バブルが崩壊し、官民挙げた株価維持策が市場の自重の前に崩れ去った。市場型社会主義という成功モデルが壁に突き当たったというのに、打開の道が見いだせない。しかも経済と市場の混乱をよそに、三国志を思わせる熾烈な権力闘争が繰り広げられつつある。「北戴河会議」の最中に起きた天津爆発事故が作為かどうかは別にして、民心離反はハッキリしている。

国内で「第2文化大革命」のような混乱に陥るか、人民解放軍の抑えが効かなくなるかはともかく、中国の政治が制御不能になるようだと、世界の市場混乱はこんなものでは済まないだろう。安倍晋三政権も経済運営で腹を固める時が近づいている。緩やかな景気回復のシナリオを語り、成長戦略を論じるのもよいが、いま試されているのは「新たなリーマン・ショック」での被害を最小限に抑えるための「経済運営のプランB」なのではないか。

それに対し、アベノミクスの失敗と囃す声も起こるだろうが、国家運営はディベート大会ではない。危機を正確に見積もり、先手を打って備えるようにしないと、日本経済が根っこから崩れることになりかねない。

青柳尚志

ジャーナリスト

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(2015年8月27日新潮社フォーサイトより転載)

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