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2018年12月01日 10時49分 JST | 更新 2018年12月01日 10時51分 JST

対中「貿易戦争」だけではない「軍事力」攻防で米国の「焦り」(中)--野口東秀

米国側のこうした焦りは、米国の安全保障関連シンクタンクが公表した詳細な報告書「中国との戦争」でも顕著だ。

 米国側のこうした焦りは、米国の安全保障関連シンクタンク「ランド研究所」が2016年8月に公表した詳細な報告書「中国との戦争」(研究の予測範囲は2015~2025年まで)でも顕著だ。

 タイトル通り、米中間で戦争が起きた場合を想定しているのが特徴だ。そこでは「米中は、陸海空、宇宙、サイバーなどの広大な領域で戦闘を行うのに十分な兵力、技術、工業力を有している」とし、米中戦争が起こる要因として、「尖閣諸島など東シナ海での日中間の軍事対立」「領有権を争う南シナ海で中国が行う軍事的威嚇」「北朝鮮の政権崩壊に伴う米中軍事介入」「台湾有事」などが列挙されている。

 さらにこの報告書では、戦争の「形態」も予測している。米中間の戦争は、中国軍が壊滅する危険が迫ったり、中国本土における防衛能力が喪失したり、北京の指導部への危険が迫ったりするなどの状況となれば、中国が核兵器の使用を検討する可能性があるとした。

 だが、一般的には通常兵器による戦闘となり、主に艦艇、潜水艦、無人機を含む航空機、ミサイル、そして宇宙とサイバーを使った先端技術の戦いとなるとしている。

 特筆すべきは、米中戦争の勝敗の帰趨について、日本の動きが「決定的要因」ともなると強調している点だ。

 その理由について、長期戦となった場合、日本の潜水艦、艦艇、ミサイル、情報・監視・偵察(ISR)の能力が米軍にとって基本的な支援となるとし、中国軍にとっては日本への対処の負担が増すからだとする。

 また、中国軍は対艦ミサイルなどを軸とする対米軍戦略「A2/AD」(接近阻止・領域拒否)の能力を大幅に拡充しており、米軍の遠隔地からの投射能力を押さえ、勝敗が明確につかない長期戦に持ち込む可能性も大きいとし、日本の参戦は米軍の消耗を埋め合わせることになり、米中の均衡状態を変え米軍を有利にする――などとも指摘している。

 しかも、日本が全面支援した場合、戦闘だけでなく、中国の経済や貿易に大きな打撃となり中国内部の混乱や反乱などを惹起する要因となるとも予測する。

 こうした分析の上で、日本など同盟国については、米中戦争を想定して自国の防衛能力の向上を図るべきであり、日米間では共同作戦の準備や演習、研究を増やすことなどを提案している。

2030年代が「台湾回収」のタイミングか

 こうした米国の危機感は、南シナ海での衝突、台湾有事などが焦点であり、在日の米国防関連企業の関係者は、これまでの米シンクタンクの分析などを指摘しながら、

「現段階で米中戦争を予測すれば、台湾正面では米軍は苦戦する。南シナ海では米軍優勢だが、南シナ海における中国軍の基地が完全に完成すれば、米軍の優位は減退する。今後5~15年で、アジア地域では中国軍が通常戦力では優位に立つ可能性がある」と話す。

 2018年5月に行われた「米下院情報問題常設特別調査委員会公聴会」で、ジム・ファネル元米海軍太平洋艦隊情報部長は、「中国は地域的かつ世界的な覇権を懸けた全面的で長期的な戦いをしている」とし、「現在、中国海軍は330隻の艦艇と66隻の潜水艦を有しているが、2030年までに艦艇450隻と潜水艦99隻の規模になるだろう」と指摘した。

 ファネル氏が指摘する「2030年」という区切りは、筆者の個人的印象だが、中国側の関係者がここ数年来よく指摘する。厳密には中国側が指摘するのは「2030年代半ばもしくは後半」であり、「台湾回収」(台湾の完全な中国一体化)をその時期に実現する機会を窺う可能性だ。米国の専門家からも「このまま中国の軍拡が続けば、2030年までに米国の一極支配は終焉する」との見解が聞かれる。

 また、ファネル氏が「世界的な覇権」と言及するのは、習近平政権の国家プロジェクト「一帯一路」において、中国が相手国で投資の対象とした港湾を軍事利用するのではないかと懸念されるなど、「一帯一路」戦略が安全保障戦略と表裏一体であるとの認識を踏まえたものだろう。

 実際、中国紙『国際先駆導報』は2013年1月、中国海軍は(1)艦艇の補給拠点として、ジブチのジブチ港、イエメンのアデン港、オマーンのサラーラ港(2)固定した艦艇の拠点、固定翼機の整備拠点としてセーシェルなど(3)大型艦艇・武器装備修理施設としてパキスタンのグアダルなどに戦略拠点を設置する可能性がある――と報じたことがある。他にも、南太平洋諸国のバヌアツでは海軍基地を設けようとする情報があるほか、フィジーでは艦艇が寄港するなど、米国、豪州に対する軍事戦略を進める動きもある。

 こうした現実を見ていくと、現在、中国では軍事力の拡充と近代化に大きな自信を抱いていることが伝わってくる。

 確かに、2010年前後の段階では、筆者は、「日本の海上自衛隊と中国海軍とでは、対潜能力や訓練などでまだ日本優位の差がある」との声を聞いていた。しかし、今ではそうした「甘い」認識はほとんど聞かれなくなったというのが実情なのである。

「日米安保は事実上無力化した」

「台湾回収」の目標時期まで浮上する背景には、米軍に対抗できるほどの各種ミサイルの保有に加え、少なくとも量的に日本を圧倒する軍事力、さらに宇宙、サイバー領域での発展、超高速で自由に運動しながら滑空する極超音速滑空飛翔体などの次世代兵器の開発が進み、米軍に対抗できる力が備わりつつあるとの考えを持つからである。

「中国軍は、長距離ミサイルでは当然ながら自衛隊を凌駕している。在日米軍基地と米空母艦隊をミサイルの照準にすれば、米空母艦隊は西太平洋に自由に入ることさえ難しいだろう。そうなると、日米安保は事実上無力化したとも言える」

 今から2年前、筆者にこう言及した中国軍将校の言葉からは、相当な自信が垣間見えた。

 自信の裏付けとなっているのは、中国軍の攻撃型ミサイルの大量配備と高性能化だ。

 射程数千キロの各種巡航ミサイルを保有しているが、一例を挙げると、「YJ-18対艦巡航ミサイル」(射程500キロメートル程度と推定)は、最終目標到達段階では音速のマッハ3とされるほどだ。

 また、11月6日から11日まで中国・珠海で開催されていた「中国国際航空航天博覧会」(通称・珠海航空ショー)で実物大模型を展示したミサイル「CM-401」は、新型の対艦弾道ミサイルとされ、射程は15~290キロメートル、標的に接近した最終段階ではマッハ4から6に達するという。」

 さらに、「米空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「DF-21」(射程2000キロメートル 前後)、グアムの米空軍基地まで届く「DF-26」(射程4000キロメートル)など、質量ともにさまざまなミサイルで米軍に対抗できるとの考えなのだ。

 加えて、台湾向けの短距離弾道ミサイルについて、さまざまな種類の弾頭の千数百発が配備されていることはこれまで報道されているが、新型潜水艦の量産速度も、日本の年1隻というレベルとは比較にもならず、駆逐艦、フリゲート艦の増強も脅威だ。「第一列島線」(沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたるライン)内における米軍の優勢は、すでに脅かされつつあると言っていいだろう。

 米軍にとって空母1隻を失うことは、政権と国民に対する心理的衝撃が極めて大きい。「日本のために空母を失うリスクを冒すか疑問」(米軍事関係者)との声もある。

 日本には、有事の際に戦闘機などが使える滑走路は少なくないが、「台湾有事」などで仮に中国の弾道ミサイルや長射程の対地巡航ミサイルなどが雨あられと降り注ぐことへの対処はほとんどできていない。ミサイル防衛システムでは対処できないだろう。海自のイージス艦も、各種ミサイルの飽和攻撃で迎撃ミサイルを撃ち尽くす事態が十分にあり得る。しかも海自のイージス艦は、対地・対艦の長射程ミサイルは「専守防衛」に束縛されているため保有していない。最近になってようやく、南西諸島に配備する射程300キロメートルの地対艦ミサイルを開発するという程度なのである。

 話を「台湾有事」に戻すと、米軍内にも「台湾有事」が現実化するのは時間の問題との認識がある。先の「米下院情報問題常設特別調査委員会公聴会」でファネル氏は、中国軍による「台湾回収」が2020年までに引き起こされなくても、「それ以降に台湾を攻撃することが見込まれる」と分析している。(つづく)(野口 東秀)

野口東秀 中国問題を研究する一般社団法人「新外交フォーラム」代表理事。初の外国人留学生の卒業者として中国人民大学国際政治学部卒業。天安門事件で産経新聞臨時支局の助手兼通訳を務めた後、同社に入社。盛岡支局、社会部を経て外信部。その間、ワシントン出向。北京で総局復活後、中国総局特派員(2004~2010年)として北京に勤務。外信部デスクを経て2012年9月退社。2014年7月「新外交フォーラム」設立し、現職。専門は現代中国。安全保障分野での法案作成にも関与し、「国家安全保障土地規制法案」「集団的自衛権見解」「領域警備法案」「国家安全保障基本法案」「集団安全保障見解」「海上保安庁法改正案」を主導して作成。拓殖大学客員教授、国家基本問題研究所客員研究員なども務める。著書に『中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関』(新潮社)など。
関連記事 (2018年11月29日フォーサイトより転載)