9月13日からインドを訪問していた安倍晋三首相は14日、日本の新幹線技術を導入するインド初の高速鉄道の起工式に出席、同日午後にはモディ印首相との首脳会談に臨んだ。
会談では、海洋進出を進める中国を念頭に、太平洋・インド洋における航行の自由や平和的な紛争解決を目指すことで一致。9月上旬に6回目の核実験を強行した北朝鮮に対しては、安保理決議の遵守を迫る「圧力の最大化」で合意した。
また、今年7月に発効した日印原子力協定を踏まえた原発輸出など原子力協力に向けた作業部会の設置や、航空自由化協定の締結、インドにおける日本語教育の拡充などを盛り込んだ共同声明を発表した。共同声明では、日米印3カ国の連携強化を確認、日本とインドによる無人車両などの防衛装備品、つまり兵器の共同開発なども盛り込まれた。
2005年、当時の小泉純一郎首相とマンモハン・シン首相が定例化で合意した日印首脳の相互訪問は、その後の政権交代を経ても脈々と受け継がれ、2国間の協力拡大における重要な枠組みとなってきた。
安倍-モディ両首相による相互訪問は、今回で4回目。この間、「新幹線」「原子力」「海洋安全保障」などを通じた2国間協力は着実に拡大・強化され、「日本専用工業団地」の整備などに後押しされた日本企業のインド進出も加速。
インドで操業する企業は、昨年10月時点で1305社・4590拠点。拠点数は5年前に比べて約3倍に急増し、自動車関連が多かった業種も最近では小売りなどサービス業や消費財、食品、農業関連などに多様化している。
グジャラート州政府のJ・N・シン首席次官は現地通信社に対し、豊田合成や東プレ、モレスコなど15社が同州への新規投資を計画している、と表明。安倍首相の訪印に合わせて現地入りしている日本企業55社の幹部らは週内にも、日本工業団地に指定されたマンダル工業団地やタタ自動車の工場立地で知られるサナンド工業団地などを視察する予定だ。
中国の経済減速が鮮明となる中、高額紙幣廃止や税制改革の余波でやや足踏みしているとはいえ、今後も7%台の高成長が見込まれるインドは、日本にとっての重要度をさらに増していきそうだ。
インド初の新幹線ついに「着工」
今回の安倍訪印のハイライトは、なんと言っても、モディ首相のお膝元グジャラート州アーメダバードから商都ムンバイまでの508キロを最短2時間8分で結ぶインド版「新幹線」の起工式だったと言っていいだろう。
安倍首相は起工式のスピーチで、「高速鉄道はインドの経済発展をもスピードアップさせる」と、その意義を強調。「モディ首相と一緒に高速鉄道の車窓からインドの美しい風景を眺めるが楽しみ」と述べた。インド版新幹線の開業は早くても5年後。安倍首相が思わず「超長期政権」への本音をのぞかせた瞬間だった。
高速鉄道の駅は、アーメダバード(始発駅は隣接するサバルマティ)からムンバイまで12カ所。営業最高速度は時速320キロで、同区間の所要時間は、現在運行している在来線最速の急行列車に比べて約3分の1に短縮される。
総工費は1兆800億ルピー(約1兆8600億円)と見積もられ、このうち8800億ルピー(約1兆5000億円)は年利0.1%、償還期間50年という破格の条件で円借款を提供する。
事業化調査(FS)によると、インド高速鉄道はサバルマティからダイヤモンドや繊維産業が集まるスーラトや古都バドーダラなどを経由。終着のムンバイではビジネス街に地下駅を、隣接するターネ駅との間にはインド初の海底トンネルをそれぞれ建設する計画だ。
インドの要求もエスカレート
「新幹線」の効果は計り知れない。建設事業だけで2万人以上の雇用が生まれるとされ、開業後は人の流れを加速・広域化させ、ビジネスを大きく後押しするのは東海道新幹線の例を見るまでもない。また、沿線開発や駅周辺開発による通勤圏や商圏の拡大で、全く新たなビジネスチャンスの創出も期待できる。インドではまだ遅れている「駅ナカ」開発にも注目が集まりそうだ。
定時運行はもちろん、安全性・快適性に定評がある日本式「新幹線」の導入は、「時間厳守」や「品質の安定」といった、これまでインド人が苦手としていた規律やワークカルチャーの改善にもつながるだろう。デリーやムンバイで営業しているメトロ(都市高速鉄道)が市民の足として定着し、整列乗車や車内美化が当たり前のこととなったのは好例だ。
ある旧宗主国メディアの記者は、「虚栄のためのプロジェクトによって貧しい人にカネが回らなくなる」などと上から目線の論調を展開していたが、アジアのダイナミズムから目を背ける妄言以外の何物でもない。
インドはこのほか、南部の中核都市チェンナイとIT(情報技術)センターのバンガロール間など、6路線で高速鉄道の建設を計画している。今回日本に先を越された中国中車(CRRC)などの中国勢やアルストムなどの欧州勢は、当然のことながら巻き返しを狙ってくるだろう。安倍首相は首脳会談で、インドが計画している他の高速鉄道計画でも日本の新幹線方式を導入するようトップセールスを展開。フォロースルーにも余念がない。
そのためにも、アーメダバード-ムンバイ高速鉄道プロジェクトを是が非でも成功させねばならない日本は、インフレを考えれば「ギフト」同然の円借款や、高速鉄道スタッフ4000人を養成する研修所の開設など、至れり尽くせりの対応を見せた。それを見透かしたように、インド側の要求もいささかエスカレートしてきている。
したたかさ見せるインド
安倍首相訪印前日の9月12日、現地メディアは、「高速鉄道の開業時期を当初予定の2023年から2022年の独立記念日(8月15日)に前倒ししたい」としたインド政府高官の発言を一斉に伝えた。
日本側に公式な要請があったかは定かではないが、2018年初頭に本格着工するとして、工期は4年半。新丹那トンネルなどの難工事があったとはいえ、日本の東海道新幹線でさえ着工から5年半もかかったことを考えると、簡単なリクエストではない。
すでに二重立体交差の高架道路や海上高速道路などを自力で建設しているインドのゼネコンに技術的問題はなさそうだが、やはり焦点は、技術の粋を集めた車両や運行制御システムの調達方法となるだろう。
JR東日本など日本勢は、当然のことながら、車両やシステム一式を丸ごとインドに輸出したい考えだが、「メーク・イン・インディア」を掲げ、技術移転や雇用を重視するモディ政権は「国産化」にこだわる。実際、起工式典のスピーチでモディ首相は、「技術は日本から来るが、動力部品や製造はインド国内で手掛ける」と明言している。
インドは先端技術や経済支援を正当に評価して感謝するし、技術の食い逃げをすることもないが、先進国に対しては決して卑屈にはならない。インドの歴代政権はしばしば、韓国や欧州企業を引き合いに出して日本に対印投資の拡大を迫るなど、したたかさを見せてきた。インドが求める「自前主義」にどこまでお付き合いできるのか、技術的なギャップをどう埋めていくのか、日本のエンジニアたちは早くも頭を悩ませているに違いない。(緒方 麻也)
緒方麻也
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(2017年9月15日フォーサイトより転載)