ティエリー・ダナ駐日フランス大使の妻フロランス・ゴドフェルノさんは、フランスと日本を頻繁に行き来しながら、パリの出版社の仕事と大使夫人の役割を両立させている。ただでさえ多忙な出版社勤務。どうやってこなしているのか、インタビューに応じてくれた。
夫人はパリの出版社「アルバン・ミシェル」社に勤務して24年。コミュニケーション・メディア部門の責任者として10人の部下を率いる。ダナ大使と事実婚関係にあり、パートナーとなって14年になる。
――これまでご主人と離れて暮らしたことはあるのですか。
夫人 パートナーとなって夫はずっと本省(フランス外務省)勤務で、出張はよくありましたが、20日以上離れて暮らしたことはありません。夫が駐日大使に任命された時(2014年6月)、仕事を辞めるか、続けるか2つの選択肢がありました。私は長年働いてきた出版社に愛着があり、また高校に通う16歳の息子もいます。そこで仕事を続けながらフランスと日本を行き来しようと思いました。しかし問題は出版社でした。
――どういうことですか。
夫人 強く難色を示したのです。家族経営の出版社で、社長は77歳。私が「日本に行っている間はテレワーク(IT技術を活用した場所や時間にとらわれない働き方)でやりたい」と話しても、最初はまったく聞く耳を持ちませんでした。ただ若い副社長がものの分かった人で「試してみよう」と言ってくれました。私も「テレワークを試して、もしうまくいかなかったら辞めます」と伝えました。
――実際にやってみてどうですか。
夫人 この1年半、毎月、もしくは半月に1回の頻度で来日しています。簡単ではないですが、出来ています。私の仕事は(出版情報を伝える)コミュニケーションとメディア対応で、10人の部下がいます。来日する前は大変で、留守にしている間の仕事を前倒しでやってきます。東京では大使夫人の務めを果たしながら、パソコンで仕事をしています。連絡は時差があるので「あす電話します」とメールしておいて、翌日午後4時に日本から電話すれば、パリでは朝8時です。会社が電話カードを支給してくれていますが、私があまり頻繁に電話するので会社のほうが音を上げました。ジャーナリストたちもよく知った人たちで、私の立場を理解してくれています。
女性が働くのがふつう
――来日するのはどういう時ですか。
夫人 夫婦があまり離れていてはよくなく、時々は会う必要があります。これが来日の最も重要な理由。第2は、夫が大使夫人としての私を必要とする時です。例えば首相や閣僚が来日する時は夫と共にお迎えします。私は主として同行してくるご夫人のアテンドをしますが、京都や、私の好きな鎌倉にお連れする時もあります。そういう時は事前に視察して計画を練ったり、日本の友人に何をしたらいいか相談します。今回はパリのイダルゴ市長が2月末に来日したので来ました。市長滞在中に公邸で行われた舛添要一東京都知事へのレジオン・ドヌール勲章の叙勲にも立ち会いました。仏日両国のために私がいなければならない時はいるようにします。
――頻繁に行き来していて時差は大丈夫ですか。
夫人 秘訣は行き帰りとも夜行便を利用することで、これだと機中で眠れるので、着いたらその国の時間に合わせて動けます。例えば日本からだと深夜に出て、早朝にパリに着きます。そして朝10時には出社しています。今回はもっと大変で、今夜の深夜便で戻り、あすは朝5時半にパリに着き、8時半にはラジオ局に行っていなければなりません。ゴンクール賞(日本の芥川賞に相当)受賞作家のピエール・ルメートル氏が新作の紹介でインタビュー番組に出演するので、何かあった時のためにそばに控えていなければならないからです。
――会社はテレワークに満足しているのではないですか。
夫人 いい結果が出ているので満足していると思います。ただ私も恵まれていて、子供はもう小さくなく、私が来日している間は母が面倒を見てくれています。私の家系は女性が働くのがふつうの家で、祖母も、母も働いていました。
大使夫人の役割も変化
――この10年余、外交官夫人の役割は変わりましたか。
夫人 変わりました。夫が駐日大使に任命された時、外務省で夫人たちを集めた説明会がありましたが、仕事を続けることに賛成してくれました。かつて大使夫人の務めはお茶会を開いたり、チャリティーをしたりということでした。しかしいまは働いている人も少なくなく、時代に応じて大使夫人の役割も変わらざるを得ません。駐日アルジェリア大使夫人も仕事を持っていて、本国と日本を行ったり来たりしています。私も仕事を持ちながらも最善を尽くしているつもりです。
――出版社におられるので、両国の文化交流にもかかわれるのではないですか。
夫人 先のルメートル氏の本が日本で翻訳され、成功を収めていたので、昨年10月に著者と翻訳者を公邸に招いて講演会を開きました。また弊社はドリアン助川さんの本を翻訳しました。昨年のカンヌ映画祭でオープニングを飾った映画監督、河瀬直美さんの映画『あん』の原作です。ちょっと残念だったのは河瀬さんが注目されすぎて、翻訳が出たころはメディアの興味が薄れていたことです。
――それにしてもフランスでは働く女性に企業はもっと理解があると思っていましたが、そうでもないですね。
夫人 日本より少し進んでいるかも知れませんが、まだまだです。男女格差もあります。例えば私の給与は男性よりも低い。「男女の差でなく、部署や職種の違いによるもの」と言われれば反論はできませんが。
空飛ぶ?スーパー大使夫人(筆者撮影)
西川恵
毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)が発売中。
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(2015年3月18日フォーサイトより転載)