アラブの王室が「天皇陛下」に注ぐ「尊敬の念」

ムハンマド副皇太子と天皇陛下の会見は御所の一室で行われたが、この時の写真がフェイスブックやツイッターなどを通じて世界で大きな反響を呼んだ。

前回この欄で、訪日したサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子に対する安倍晋三首相の厚遇について書いた(2016年9月14日「親日『サウジ副皇太子』へ安倍首相『異例の厚遇』」)。実はムハンマド副皇太子に絡んでもう1つ触れておきたいことがある。それはアラブの王室の日本の皇室に対する深い尊敬の念である。

世界が称賛した写真

副皇太子は8月31日から9月3日まで日本に滞在し、9月1日、天皇陛下は皇居・御所で副皇太子と会見した。

会見で天皇陛下が「東日本大震災の際にお見舞いをいただいたことに感謝します」と述べると、副皇太子は「それは我々の義務です。日本は極めて重要なパートナーなので、困っているときにはそばに寄り添うのが真の友人です」と語った。

会見は御所の一室で行われたが、この時の写真がフェイスブックやツイッターなどを通じて世界で大きな反響を呼んだ。何の飾り気もない部屋で、装飾といえば草花を活けた花瓶が1つあるだけ。障子から明かりが差し込む凛とした気品ある空間の中で、天皇と副皇太子が向かい合い、言葉を交わしている。

フェイスブックの声――。

「この写真を見ると嬉しく感じる。サウジアラビアの副皇太子が、シルクやジュエリーなどの派手な装飾に頼らずとも、とても穏やかな気持ちで対談されていることが分かるからだ」「本当に素晴らしい場所だ。うるさくないシンプルな作りで、大事な部分1点にまとめられている。日本らしいよ!」(サウジアラビア)

「日本の天皇陛下と最高のミニマリズムの形」(カタール)

「これこそが真のミニマリズムだ!」(マレーシア)

「金も装飾もなく、衝撃的な1枚だ。この謙虚さが美しいのだろう」(米国)

「写真は最低限のものしか置かれていないにもかかわらず、部屋から美しさや気品があふれています」(モロッコ)

ミニマリズムとは、華美を排したシンプルさに真の美しさを見出す考え方のこと。

両陛下の私邸の御所もそうだが、皇居・宮殿も、そこに足を踏み入れた外国の賓客の多くが、そのたたずまいに感嘆する。装飾を排し、趣味のいい花瓶がただ1つ、広い空間に置かれているだけ。これでもかと装飾を重ねていく欧米やアラブのインテリアとは対極の、引き算の美に日本の精神性を見る賓客は多い。

「日本は例外である」

副皇太子も御所の雰囲気に触れ、皇室に対する尊敬の念をさらに深めたのではないだろうか。外務省と宮内庁の関係者によると、天皇との会見でのムハンマド副皇太子の言葉使いと立ち居振る舞いからも、皇室に対する尊敬の念を感じたという。ただこれは1人、副皇太子にとどまるものではない。

2009年までの3年間、駐サウジ大使を務めた中村滋氏は、「サウジの王族は日本の皇室に尊敬と強い関心を寄せている」と指摘する。アブドラ国王(在位2005年8月~2015年1月)が日本からの要人を謁見する際、中村大使は必ず陪席したが、国王の最初の発言は決まって「天皇陛下はお元気でおられるか」との質問で始まったという。

同国王は皇太子時代の1998年10月来日し、天皇から宮中午餐会のもてなしを受けている。この時、日本の皇室や天皇陛下によほどいい印象を抱いたのだろう。

また長年、駐米大使を務めたバンダル・ビン・スルタン王子は帰国後、国家安全保障会議の事務総長という重責ポストに就いた。面会が極めて難しいことで知られていたが、中村大使とは2度私邸で会い、イランとの水面下の交渉などを明かしてくれたという。この時、同事務総長は、「自分は通常、外国の大使には会わないが日本は例外である。

日本の皇室を尊敬しているからだ」と述べたという。同王子の立場になれば日本の皇族と一緒になる機会は少なくなかっただろうし、2004年にはブルネイ皇太子の結婚式で皇太子浩宮と隣同士の席になり、歓談している。

「国家元首の鑑」

実はサウジだけでなく、アラブの王室が日本の皇室を尊敬していることは、アラブに通じた人の共通認識になっている。1970年代の石油危機のとき、大協石油(当時、いまのコスモ石油)の中山善郎社長が、アラブ諸国から石油の安定供給を受けるには「皇室外交があれば最高」「菊の御紋の威光はアラブの王様に絶大」と語ったことは知られている。

元駐クウェート大使の小溝泰義氏(現・広島平和文化センター理事長)は大使時代の2012年3月、サバハ首長の国賓での日本訪問に同行した。天皇陛下は心臓の冠動脈バイパス手術を受けたばかりで、静養中だった。同首長は内々に「体調が万全でなければお会いできなくていい」「皇太子が名代を務められれば十分」と日本側に伝えていた。

しかし天皇陛下は宮中晩餐会こそ皇太子を名代に立てたが、歓迎式典の後の会見と、お別れのあいさつのため迎賓館に足を運んだ時の2回、病後にもかかわらず会われた。お別れの時、同首長は30分も前から迎賓館の控えの間で天皇の来訪を待っていたという。

同首長は小溝大使に、「天皇陛下はまれに見る名君」「体調が十分でないにもかかわらず、その態度と振る舞いは国家元首の鑑」と繰り返し語ったという。それだけ天皇陛下は強い印象を与えた。

精神性の高さ

アラブの王室の皇室に対するこの尊敬の念はどこから来ているのか。さきの中村氏は3点を挙げる。

第1は、日本の皇室が万世一系の、世界でも珍しい長い歴史と伝統を保持していること。第2に、皇室が日本国民の幅広い尊敬と支持を集めていて、「自分たちもこうありたい」という願望。第3に、華美や贅から一線を画した精神性の高さ。

欧州やアジアの王室と皇室の交流はよく語られるが、アラブの王室が皇室に注ぐ視線と尊敬の念はもっと知られていい。

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西川恵

毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)が発売中。

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(2016年10月17日フォーサイトより転載)

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