「新国立」は大成? 「談合復活」まで囁かれるゼネコン最新事情

9月18日、2020年東京五輪のメーン会場となる「新国立競技場」(東京・神宮外苑)の設計者・施工会社を決める公募型プロポーザル(技術提案を含む入札)の参加申請が締め切られた。

9月18日、2020年東京五輪のメーン会場となる「新国立競技場」(東京・神宮外苑)の設計者・施工会社を決める公募型プロポーザル(技術提案を含む入札)の参加申請が締め切られた。施工会社では大手ゼネコン5社のうち、鹿島を除く4社が2組に分かれて名乗りを上げた。7月に白紙撤回された旧デザイン案に比べ、総工費が上限1550億円とほぼ半額に削られたうえ、工期も実質的に3年余りと短い。「リスクばかり多く、おいしい仕事とはいえない」とゼネコン関係者は口を揃えるが、国内建設市場は東日本大震災の復興需要を機に好転し、その後人手不足による「入札不調」(入札者ゼロや予定価格オーバーなどで落札者が決まらないこと)が頻発。ゼネコンは「つくってやる」とばかりに立場を強め、業界の悪しき慣習である「談合」まで復活の兆しがある。

鹿島「不参加」の真相

「よほどのことがない限り、新宿(大成建設の本社所在地)の優位は動かない。本気で(受注を)取りにいっているのはあの会社だけでしょう」

数年前まで大手ゼネコンに籍を置いていた元首脳は仕切り直しになった「新国立」の入札の行方について、こう断言する。

18日までに「新国立」の整備計画の主体となる日本スポーツ振興センター(JSC、文部科学省所管の独立行政法人)に入札参加の申請をしたのは、「大成建設、建築家・隈研吾、梓設計」(大成チーム)と「竹中工務店、清水建設、大林組、建築家・伊東豊雄、日本設計」(竹中チーム)。旧デザイン案(総工費2520億円)でスタンド工区を1570億円で受注していた大成が施工会社として単体で再入札に臨むのに対し、同じく旧デザイン案で屋根工区を950億円で受注していた竹中は清水、大林と共同企業体(JV)を組んで参加する。

動向が注目を集めたもう1つの大手ゼネコン、鹿島は「独自に対応を協議中」としていたが、結局不参加を決めた。累計1000億円を超える損失が予想されている「アルジェリア高速道路工事」(2006年着工、受注総額約5400億円、鹿島を幹事会社とするJV受注)や、東京電力福島第1原子力発電所での汚染水対策の「凍土遮水壁」といった「トップの進退に関わる難工事がまだ続いている」(鹿島幹部)ため、これ以上、厄介なプロジェクトを抱えきれないのだという。

ライバルの大手ゼネコン関係者は、「鹿島さんの建築部隊は2年前の"青山事件"で意気消沈し、『新国立』どころではない」とも指摘する。青山事件とは、2013年末に発覚した東京・南青山の高級マンション「ザ・パークハウスグラン南青山高樹町」での施工ミス。コンクリート壁内の配管や配線用の穴が設計通りに開いていなかったことが竣工・引き渡し直前にインターネット上の書き込みで発覚、鹿島は解体・建て替え、入居予定者への補償などで100億円以上の負担を強いられ、役員58人全員がボーナス返上や報酬削減などの処分を受けた。

受注できなければ業績に重大影響

話を戻そう。「新国立」の再入札で大成チームの落札が有力視される理由の1つは、発注者となるJSCが選考過程で工費(コスト)と工期の削減を最も重視していることにある。11月16日に締め切られる技術提案の評価は140点満点。項目別では、(1)実施方針(20点)、(2)コスト・工期(70点)、(3)実施計画(50点)とされ、中でもコスト・工期=70点のうち、「事業費縮減」と「工期短縮」にそれぞれ30点が配分される。

旧デザイン案でスタンドの施工を受注していた大成はすでに技術者や下請けなど労務関係の手配を済ませているだけでなく、一部ではあるが、資材の発注まで先行させているとされる。「むしろ、ここまで来て『新国立』が取れないとなれば人も資材も大量に宙に浮くわけで、万一受注を逃した場合は業績を揺るがす事態になる」と業界事情に詳しい団体幹部は解説する。実際、今年4月に就任したばかりの大成の社長、村田誉之(61)は、マスコミの取材に対しても「絶対にやりたい」と意欲満々で、情報管理に神経質になっているJSCから「公正な競争を阻害する懸念がある」と箝口令を言い渡されたほどである。

竹中は政府の意向で参加?

一方、竹中チームは、大手ゼネコン3社に設計業界4位の日本設計と一応は錚々たる企業が名を連ねているが、大成チームに比べれば周回遅れの感が否めない。幹事会社の竹中は前述のように旧デザイン案で屋根工区(長さ370メートル、高さ70メートルの2本のキールアーチ)を受注していたが、今回の仕切り直しでは、屋根は観客席の上部だけに限定。「元々屋根工事にはあまり人手はいらないので、竹中さんは下請けの手配も少なかった」(業界関係者)という。

このため、技術力や下請けの動員力で定評のある清水、大林の2社をJVに引きずり込んだ。2014年10月に実施された旧デザイン案の公募型プロポーザルの評価で、清水はスタンド工区、屋根工区ともに2位につけ、大林は2000年シドニー五輪のメーン会場「スタジアム・オーストラリア」を施工した実績があった。

ただ、オーナーで会長の竹中統一(72)が「歴史に残る記念作品(施工物件を社内では"作品"と呼ぶ)」の受注にこだわる竹中と、震災復興や他の五輪関連施設で大量の施工案件を抱える他の2社の間には、「大きな温度差がある」(前出の業界関係者)。清水の社長、宮本洋一(68)は最近まで「(『新国立』のプロポーザルに)挑戦したいが、他の工事との兼ね合いもある」と慎重な発言をしていた。工期とコストの削減が至上命題のプロジェクトならば、現場間の連携が必須条件。ゼネコン関係者の多くが異口同音に「『新国立』はJVより単体の受注の方がうまくいく」と指摘する。おそらく、寄り合い所帯の竹中チームの参加は、施工会社の応募が大成1社で「無競争」と批判を浴びるのを避けたかった政府の意向を業界側が忖度した結果なのだろう。

「空前の好況」と「ゆるい司法の眼」

「大成絶対優位」の観測が広がる中で懸念材料があるとすれば、長年くすぶっていたスキャンダルの再燃かもしれない。バブル期とその後の「失われた15年」の不況期に大成は不良資産を膨張させ、10年前の2005年3月期には、上場大手ゼネコン4社で最多の5655億円の有利子負債を抱えていた。だが、2007年に社長に就任した現会長の山内隆司(69)が思い切った社内改革を断行。2009年に土木出身の前任社長で当時会長だった葉山莞児(78)を相談役に退かせ、実権を一手に握ると、自身の出身部門である建築分野で強引な受注戦略を繰り広げ、業界の注目を集めた。前期(2015年3月期)末の大成の有利子負債は2733億円にまで減少、手元資金(3372億円)が有利子負債を上回り、実質無借金になっている。

強引な受注戦略としてとりわけ関心を呼んだのは、2年前に騒がれた東京医科大学(東京・西新宿)の新病院建設をめぐる疑惑である。2011年秋の入札で施工会社に大成が選ばれたのだが、過去に大学幹部らとの「癒着」が取り沙汰された同社への発注に副学長が強く反発。その懐柔に当時の大成の副社長が乗り出し、工事費(450億円)の1%を"リベート"としてキックバックする話を持ちかけたとする怪文書が、2013年秋に一部のマスコミに流れたのだ。

しかも、この疑惑について警視庁捜査2課が同大学を内偵中と報じた月刊誌が訴訟を起こされるなど、事態はエスカレートする気配を見せた。慌てた大成は、2014年3月の役員人事で、疑惑の対象となった副社長を退任させ、懸命に火消しに動いた。「叩けばまだ他にホコリが出るはず」とライバルのゼネコン関係者は強調するものの、検察当局は5年前の大阪地検特捜部の証拠改ざん事件が尾を引いて、捜査には依然消極的。監督官庁である国土交通省も、「大型工事での『入札不調』が恐くて、大手5社にはなかなか強い態度を取れない」(中堅ゼネコン社長)。結果、大手ゼネコンは空前の好況とゆるい司法の眼が重なり、わが世の春を謳歌しているというわけだ。

異常に高い「落札率」

自民党建設族の利権にメスを入れた小泉純一郎政権に、「コンクリートから人へ」を唱えた民主党政権が続き、2000年以降、公共工事が激減。2006年の独占禁止法改正でリニエンシー(違法行為の自己申告による課徴金減免制度、事実上の司法取引)が導入され、業界フィクサーが仕切る談合制度も一掃された。

ところが、国内市場がじり貧となる中で、やむにやまれず進出した中東など海外での大型工事の巨額損失も加わり、大手ゼネコン各社が青息吐息だったところに起きたのが、2011年の東日本大震災である。

その復興需要で公共工事が底打ちから反転したうえ、2012年末には「業界の心強い味方」である安倍晋三(61)率いる自民党が政権に復帰。翌2013年9月にはオリンピック開催も決まって東京周辺は五輪特需に沸き、ゼネコンは完全に息を吹き返した。2013年に成立した国土強靭化基本法にはトータルで200兆円の予算が含まれ、成長戦略の名の下に公共工事のバラマキが再開した。人手不足によるコスト急増が頻発させた「入札不調」の陰で、悪しき談合までもが復活しつつある。

例えば、昨年2月に東京都が実施した中央卸売市場豊洲新市場(東京・豊洲)の施工者を決める入札。2013年11月に行った1回目の入札で応札者がゼロだったため、都は当初の予定価格(主要3棟で計628億円)を6割も引き上げ、計1035億円の予定価格で2回目の入札を行った。3棟の入札には清水、大成、鹿島をそれぞれ幹事社とする3つのJVグループが参加し、いずれも受注をモノにしたが、その落札率(予定価格に対する落札額の比率)は99.7~99.9%。明らかに「出来レース」に見えるが、マスコミの関心は「入札不調」に集中し、「高落札率の談合疑惑」を報じたメディアはほとんどなかった。

高落札率の波は五輪関連施設にも及んでいる。2013年7月に都が実施した近代五種の競技場に予定されている「武蔵野の森総合スポーツ施設」(東京・調布)の建築工事の入札でも、メーンアリーナ棟(予定価格96億9095万円)、サブアリーナ・プール棟(同70億9276万円)ともに応札者がゼロ。このためメーン棟は約8億2000万円、サブ棟は約2億円をそれぞれ予定価格に積み増して3カ月後に2回目の入札を行ったところ、メーン棟は竹中JV、サブ棟は鹿島JVがそれぞれ受注。この時も落札率は98.5~99.6%の高率だった。

時計の針は逆に......

2014年度以降、公共工事設計労務単価の引き上げや積算基準の見直しなどによって、「入札不調」の増加に歯止めがかかったと国交省は説明しているが、自治体レベルの発注工事では、「富士山世界遺産センター」(静岡県富士宮市、発注者は県、当初予定価格27億8700万円に5億4000万円積み増し)、「青森県新陸上競技場」(青森市、県、98億4000万円に28億5000万円積み増し)、「千葉県習志野市庁舎」(76億円に31億円積み増し)といった具合に、大幅な価格引き上げがいまだ目白押しである。

「人手不足と資材高騰で切羽詰まった状況」と業界関係者は危機感を煽ってきたが、その陰で、新聞紙上には「大成建、24年ぶり最高益」(2015年5月14日付日本経済新聞朝刊)といった見出しが躍る。

談合や儲けすぎへの批判は「今は昔」。大手ゼネコンはやりたい放題――。時計の針は完全に逆に回り始めている。(敬称略)

新国立競技場のHPには、2週間おきに建設予定地の様子がアップされているが......:「JAPAN SPORT COUNCIL(日本スポーツ振興センター)」公式HPより

杜耕次

ジャーナリスト

【関連記事】

(2015年10月1日フォーサイトより転載)

注目記事