米朝首脳会談「中止」の衝撃(3)北朝鮮を「強硬姿勢」に変えた中国--平井久志

米朝間で最も尖鋭的な意見の違いは、非核化をめぐる「入口論」と「出口論」の対立だ。
Kevin Lamarque / Reuters

 米朝間で最も尖鋭的な意見の違いは、非核化をめぐる「入口論」と「出口論」の対立だ。

非核化の「入口論」と「出口論」

 北朝鮮が非難したジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の「リビア方式」とは、北朝鮮がまず完全に核を放棄し、それが検証された後に補償があるという方法だ。ここでは、非核化はすべての交渉の「入口」にある。

 一方、北朝鮮が主張しているのは「段階的、同時的措置」だ。これは、非核化は段階的に進め、それぞれの段階において、米国が「軍事的脅威の解消」や「体制の安全の保証」に関する対応を取り、その先に「非核化」があるというものだ。ここでは「非核化」は、「出口」に位置する。

 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は5月9日のマイク・ポンペオ米国務長官との会談に先立ち、5月7、8の両日、大連で習近平中国共産党総書記(中国国家主席)と会談したが、ここで「段階的、同時的措置」への支持を取り付けた。

『新華社』は、金党委員長は非核化には「段階的、同時的措置」が必要との考えを示した、と報じた。習近平党総書記は、中国も朝鮮半島問題の解決に向け「積極的な役割を発揮する」との考えを示した。

 つまり大連会談では、北朝鮮側は「段階的、同時的措置」への支持を求め、中国側は朝鮮半島の平和体制づくりに中国が「積極的役割」を果たすことを北朝鮮側に確認させる場であったのだ。

 北朝鮮は中国の支持を背景に、米国の「先・核放棄、後・補償」方式を拒否し、「段階的、同時措置」方式を堅持する構えだった。

注目の「段階論」一部受け入れ発言

 ドナルド・トランプ米大統領は、米韓首脳会談で北朝鮮の「段階的、同時的措置」を一部受け入れる可能性について言及し、注目された。

 トランプ大統領は「一括妥結がよい」としながら「私は完全に確言したくはない」と発言。「全体的に見るときに、一度に一括妥結するのが望ましい」「だが、正確にそうするのが不可能であることもあり得る物理的な理由がある、(そういう場合に、非核化へ)とても短い時間が掛かるが、それは一括妥結だ」と述べた。

 分かり難い発言だが、これは、米国は基本的に一括妥結を目指すが、一括妥結という大きな枠内で物理的な条件が揃わなければ、その条件が揃うまで、ある程度の段階を踏むことはやむを得ず、大きな意味では「一括妥結」だという考え方である。

 北朝鮮が主張する「段階論」にも一定程度の理解を示した発言で、全体の非核化を短期間内に履行するのであれば、その中である程度の段階を置くというのはやむを得ないという考えと見られる。

「CVID」は可能か

 米国は「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(complete verifiable irreversible dismantling=CVID)」は譲らない姿勢だ。しかし、これも米朝間の立場の差は大きく、本当に「CVID」が実現するかどうかは未知数である。専門家は本音では「CVID」は無理と考えているが、いかに「CVID」という体裁を整えるかが焦点だ、という見方もある。

 まず問題なのは、B52戦略爆撃機の訓練参加問題でも述べたが、「完全な非核化」では米国と北朝鮮の立場は違う、ということだ。北朝鮮にとっての「完全な非核化」とは、在韓米軍に核がないのかどうかのチェック、グアムからの核搭載戦略兵器の飛来阻止、もっと言えば米国による核抑止の撤廃などまで主張する可能性がある。

 また「検証可能な核廃棄」でも、北朝鮮がどれだけの核兵器を保有しているのか、どれだけのプルトニウムを保有しているのか分からない中で、完全な申告があり得るのかという問題がある。北朝鮮のような閉鎖国家で、わずか数キロのプルトニウムを探し出すという作業はほぼ不可能で、北朝鮮の善意に基づくしかないと言わねばならない。

 また、「不可逆的な核廃棄」は可能なのだろうか。北朝鮮が再び核を開発できないようにするには、核関係施設の破壊だけでなく、核関連科学者を将来にわたって北朝鮮の核開発に関与させないようにしなければならない。だが北朝鮮の核関連の科学者、技術者の全体像も不明で、数千人から1万5000人規模と明確ではない。

 一部メディアでは、米国が北朝鮮に科学者の国外追放を求めていると言うが、これはもっと危険だ。北朝鮮の科学者が国外に追放されれば、逆に核技術が他の国に移転する危険性をはらむ。これは北朝鮮が核を再開発する以上に危険なことだ。これを阻止するのは、大量の科学者を米国が受け入れるしかないが、米国にそんなことができるのだろうか。北朝鮮は科学教育を重視し、金正恩政権になって建てられた高層アパートなどに、科学者を優先的に入居させるなどの優遇措置を取っている。北朝鮮がこれまで優遇してきた科学者を国外追放することは政権の重要政策の否定であり、国内的にも大きな反発を買うのは必至で、北朝鮮がそんなことを容認するとは思えなかった。

それでも結局は「SVID」

 北朝鮮が「人間のくず」と罵った脱北者の太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使は、5月14日に自著の出版に合わせて国会議員会館で行った講演で「(米朝首脳は)『CVID』ではなく、『SVID』(sufficient verifiable irreversible dismantling=十分な検証可能で不可逆的な核廃棄)になる可能性が大きい」と述べた。

 つまり完全な非核化は不可能で、ある程度「十分」と思えるレベルで妥協し、北朝鮮の核脅威を減少させる程度になる可能性が高い、という指摘である。太元公使は、結局これは「『非核国家』という紙で核保有国・北朝鮮を包装することだ」と言い、「『CVID』は強制査察、無作為接近が核心的要件だが、これを実質的に可能にしようとすれば北朝鮮が崩壊した後に可能になる」とした。

 北朝鮮の体制を保証した上での完全な非核化は困難で、ある程度の水準で妥協するしかないという認識である。

「大量破壊兵器」への拡大は可能か

 さらに米国は最近、廃棄するのは核兵器など核関連や大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけでなく、中短距離ミサイルや生物化学兵器まで含むべきであるとしている。

 日本などは、トランプ大統領がICBMの廃棄だけで合意し、日本を射程に入れるノドンミサイル(射程1300キロ)やスカッドER(同1000キロ)の保有を認めてはならないと、米国への働きかけを強めている。

 日本やグアムを射程に入れた中距離弾道ミサイルは交渉の可能性があるが、スカッドCなどの短距離ミサイルまで米朝首脳会談の対象にするのは無理があろう。韓国はすでに、北朝鮮全域を攻撃できるミサイル体制の強化に努めている。その状況で、北朝鮮だけが短距離ミサイルまで放棄するというのは現実的とは思えない。

 また生物化学兵器は、マレーシアで金正恩党委員長の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏がVXで暗殺されたことを見ても、北朝鮮が保有していることは確実だ。しかし、北朝鮮はこれまで生物化学兵器は保有していないと主張しており、保有を急に認めるとは思えない。

 北朝鮮に大量破壊兵器の廃絶を要求する正当性はあるが、6月12日までという期限が切られた交渉で、これらのすべてを北朝鮮に飲ませることは可能だったのだろうか。何かを今後の課題にせざるを得なかったというのが現実だろう。(つづく)

平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2018年5月25日
より転載)

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