「北朝鮮制裁」を骨抜きにした米国連大使の「権力欲」--鈴木一人

国務長官ポストにヘイリー国連大使が色気を見せても不思議ではない。
Stephanie Keith / Reuters

8月29日に北海道上空を通過するミサイルを発射し、9月3日には6回目の核実験を行った北朝鮮。ミサイルは2700kmしか飛距離が出ず、想定されていたとみられる3300km、すなわち北朝鮮からグアムまで届く距離には到達しなかったが、これまでのミサイル技術の開発ペースから考えると、そう遠くないうちにグアムを射程に入れたミサイルが完成することを予感させる発射実験であった。

 また核実験は、その直前にピーナッツ型(日本ではひょうたん型とも言われる)の核爆弾の模型を公表し、その日のうちに核実験が行われたことから、その小型化し、ミサイルの先端に搭載するサイズの核弾頭が完成したという印象を与えている(実際のところは確認のしようがないため、断定はできない)。

 いずれにしても、北朝鮮の核・ミサイル技術は着実に進歩していることは間違いなく、グアムに到達するミサイルの一歩手前、アメリカ本土にまで届く核搭載可能のミサイル開発も、残された時間はわずか、という状況になった。

北朝鮮情勢の「新局面」

 英語では「game-change」と表現する北朝鮮の核・ミサイル開発の新しい局面は、グアムに到達するミサイルの開発が確認され、核弾頭の再突入技術が完成したとみられる時に訪れる。現時点では、まだアメリカの領土に到達するミサイルはなく、弾頭が大気圏に再突入する際に分解することなく目標に到達するかどうかは確認されていない。そのため、今のところはこれまでの延長、つまり北朝鮮は核を保有するがアメリカには直接攻撃は出来ない、という状況である(日本や韓国はかなり前から射程に入っている)。

 では、その新しい局面はどのようなものになるのだろうか。第1に、米国領土、特にグアムを核攻撃することが可能になれば、アメリカの核戦略の一部に脆弱性が生まれることになる。グアムにはアメリカの戦略爆撃機が常駐しており、この基地が核攻撃を受けることになれば、アメリカの核戦略の一翼が失われることになる。しかし、アメリカは本土から発射する大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦に搭載する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を持ち、アメリカが攻撃されても反撃する抑止能力は維持している。

 第2に、「デカップリング(米国と同盟国との離間)問題」が発生する。もし仮に北朝鮮が韓国や日本を攻撃した際、アメリカは米国領土に核攻撃を受けてでも韓国や日本を守ろうとするのか、という疑念の問題である。もしアメリカが自国領土に核が落ちてくることを恐れて韓国や日本が攻撃されても見捨てるという可能性があれば、北朝鮮は先制攻撃を仕掛けるインセンティブを持つことになる。現時点では、アメリカは日本、韓国に対して核を含む拡大抑止(同盟国を含んだ抑止の仕組み。平たく言えば「核の傘」)を維持するとコミットしている。

 しかし、これが人口密集地であるロサンゼルスやワシントンDC、ニューヨークまでを射程に入れるミサイルが完成した場合は、拡大抑止が維持されるかどうか、という問題は残る。

 現在、日本でも「非核3原則」を見直して、「持たず、作らず、持ち込ませず」の3つ目の「持ち込ませず」を見直し、緊急時には米国の核兵器を一時的に日本に持ち込むこともあり得るといった議論が、自民党の石破茂元防衛相の発言をきっかけに盛り上がりはじめている。その背景には、米国の核兵器を日本に置くことで抑止力を強化するとともに、日本も北朝鮮の核のターゲットになるリスクを引き受け、アメリカとの同盟にコミットしていることを示し、アメリカの核を人質に取る形でコミットさせることも実現する、という考え方がある。この点に関しては慶應義塾大学の鶴岡路人氏の優れた論考があるので、そちらを参照してもらいたい。

 いずれにしても、新しい局面に入れば、日米同盟、米韓同盟のあり方はこれまで以上に重要なものとなり、その調整には細心の注意を払わなければならない状況が来るであろう。

「最強の制裁」と強気の発言

 しかし現時点ではまだ、米国領土に届くミサイルも、再突入技術の完成も確認されていない。安保理決議採択後のコメントでヘイリー国連大使も「まだ後戻りできない地点を通り過ぎたわけではない(not yet passed the point of no return)」と時間的余裕があることを示唆している。故にデカップリング問題に直面している訳でもなく、アメリカも自国への攻撃を心配する段階ではない。そのため、大きなリスクを背負って武力攻撃を仕掛けることも、また北朝鮮の核保有を認めて対話路線に進む必然性もない。むしろ、現時点で取り得る最善の方策は、国際社会が一致して北朝鮮の核・ミサイル開発を押しとどめ、これ以上の開発をしないことを約束させるための圧力をかけることである。

 そのためには、これまで以上に厳しい制裁措置を国連安保理で採択し、北朝鮮の核・ミサイル開発につながるあらゆる物資を制限するだけでなく、経済的に締め付けを厳しくすることで核・ミサイル開発に資源を投入することを困難にすることが求められる。

 このような状況の中で、ヘイリー米国連大使は、核実験直後の9月4日の安保理緊急会合で「北朝鮮は戦争したいと懇願している(begging for war)」と語り、「最強の措置」をとると宣言した。そのなかには北朝鮮への原油・石油製品の輸出、労働者の国外派遣、繊維製品の輸出の禁止が含まれており、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長の資産凍結なども入る予定とみられていた

 また、北朝鮮は様々な形での制裁逃れの方法も熟知しており、中国だけでなく、アジアやアフリカの国々を経由して禁止されている品目を入手するルートを確立している。国連の北朝鮮制裁パネルもそうした手法について新たな報告書で詳細に分析し、各国に警告を発している(『Foreign Policy』の記事『AP』の記事)。故にこうした制裁の履行が甘い国を通じた制裁逃れを取り締まるため、公海上の臨検を導入することも検討されていた。

 しかも、ヘイリー国連大使はこの決議案を1週間で根回しして採択することを求め、9月11日に採択の投票が行われることとなった。これまで北朝鮮制裁の安保理決議は早くても3週間、長ければ数カ月かけて交渉し、強い制裁を望むアメリカと、それに反対する中国やロシアとの駆け引きの結果、妥協した決議案が採択されるというパターンが一般的であった。しかし、今回は1週間という時限を区切り、しかも「最強の措置」を取ると宣言していた。

 国連外交の常識では、決議案を通す自信がなければ、これだけ強気の発言と日程の設定はしない。それだけに、ヘイリー国連大使は何らかの勝算をもっているのではないかと憶測された。また、もしその勝算があるとすれば、中国やロシアも核実験に対して、相当厳しい対応をするものであろうと思われていた。

 事実、北朝鮮も、アメリカが「最強の措置」を含む制裁決議を採択するなら、「確実に米国に代価を支払わせる」と宣言し、アメリカが「史上味わったことのないような大きな痛みと苦しみを与えるだろう」と恫喝した。これは安保理決議の採択が現実的なものであり、中露を含めた国際社会の圧力を北朝鮮も感じていたことを示唆している。

「骨抜き」の中身

 しかし、結果は惨憺たるものであった。新たに採択された安保理決議2375号では、「最強の措置」はことごとく骨抜きにされた。原油・石油製品は全面禁止ではなく、原油は、決議採択後の12カ月はそれ以前の12カ月の実績を上限とし、それ以上の供給は禁止となった。つまり、今までと同じ量だけ供給出来る。石油製品に関しては、2017年10月から12月まで50万バレル、2018年からは年間200万バレルと、現在の供給量よりは3割ほど少なくなる。天然ガスは全面的に供給禁止されることとなった。

 北朝鮮労働者の新規雇用は認められないが、現在契約が成立しているものに関しては継続することが認められ、繊維製品の禁輸は残ったが、金正恩党委員長の制裁指定(資産凍結と旅行禁止)は見送られた(決議の概略は『ロイター』の報道がよくまとまっている)。

 また朝鮮人民軍についても、朝鮮人民軍が保有している高麗航空(Air Koryo)の資産凍結も見送られた。さらに、公海上の臨検によって安保理決議で禁止された品目を差し押さえる権限を与えることも、「要請する(Call upon)」という弱い表現となり、法的拘束力は持たなくなった。これにより、北朝鮮を締め付ける手段も不十分な状態となり、各国国内法で公海上の臨検を可能にする法律を作らなければならない状況となった。これはすなわち、制裁を十分に行わない国が抜け穴になった場合、それを強制的に取り締まる術を持たなくなった、と言うことになる。採択された決議はまだ公開されていないが、決議文を入手した報道機関が公開したものはこちらで見られる。

国連外交の大失敗

 このように、部分的には新しい制裁(繊維製品禁輸など)を導入しつつも、多くは骨抜きになった決議を見ると、ヘイリー国連大使の「最強の措置」は完全なハッタリであっただけでなく、国際社会が一致して厳しい制裁を科すことはない、ということを改めて確認したことになり、米国のメッセージの信憑性が著しく失われることとなった。ヘイリー国連大使自身は「新たな制裁決議はかつてなく強力なものだ」と語ったとのことだが、誰も彼女の言葉を文字通り受け取ることはしないだろう。

 制裁をすることが目的化し、制裁を通じて何を実現しようとしているかも明確にならず、自ら設定した短い日程で中露を説得することも出来ず、むしろ中露との合意を優先して、結果として「弱い」制裁決議を採択せざるを得ない状況を自ら作ってしまった。これは国連外交としては失敗の部類に入るだろう。

 結局アメリカは独り相撲を取り、空回りしただけに終わってしまった。日本上空を通過するミサイルを発射し、6回目の核実験を実施したにもかかわらず、この程度の制裁決議しか採択出来ないのであれば、北朝鮮は何も恐れることなく、核・ミサイル開発に邁進することが出来る、と言うことになる。

ちなみにこの決議が採択されたのは、2001年の同時多発テロの16回目の追悼式を終えた直後のニューヨークであった。

狙いは国務長官!?

 なぜヘイリー国連大使は勝算もないまま強気な発言を繰り返し、非現実的な日程を組んだのか。その1つの答えは『ブルームバーグ』の記事にある。

 この記事では、ヘイリー国連大使が最も信頼するのは、彼女がサウスカロライナ州知事時代の選挙を手伝った世論調査専門家であるジョン・ラーナー氏であり、彼はワシントンDCに駐在してホワイトハウスの動向を見守り、ヘイリー国連大使の発言の内容がホワイトハウスの意向に反しないように調整する役割を果たしている、と伝えている。つまり、ヘイリー国連大使は北朝鮮も、中国・ロシアも見ておらず、ホワイトハウスの方を見ながら外交をしているということになる。

 この記事がどこまで真実なのかは確認出来ないが、少なくともこうした無理な発言や日程の設定をする理由が、ホワイトハウスに気に入られ、将来的にはより高い地位を得るための手段だと考えれば、それなりに合点はいく。ヘイリー国連大使は政権発足当初、国務長官のポストを提示されたが、外交経験がないとしてそれを断り、その代わりに自由に発言する権限を手に入れたという報道もあるが、その自由も、将来のポストを考えると、完全に自由にはならないようだ。

 国連大使としてティラーソン国務長官よりも目立ち、国際社会に対するアメリカの立場を代弁する役割を演じたヘイリー氏は、政権発足当初の外交経験不足の問題はなくなった。このところトランプ大統領と対立することの多くなったティラーソン国務長官が辞任するのではないか、との噂もチラホラ出てきている。そんな中で国務長官ポストにヘイリー国連大使が色気を見せても不思議ではない。

 いずれにしても、核・ミサイル開発を進めている北朝鮮が世界を揺るがす中、自らの権力欲だけで国連外交を展開しているとすれば、かなりの問題であるし、何よりも、国連安保理制裁の効果を失わせ、アメリカの国連外交の信頼性を大きく損ねたことは大問題である。このまま厳しい制裁を科すことも出来ないまま、北朝鮮が核・ミサイル開発をさらに進めれば、その先にはより望ましくない選択肢しか残らないことになってしまう。そろそろその覚悟をしておかなければならないのかもしれない。

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鈴木一人

すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。

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