2月5日、陸上自衛隊の戦闘ヘリコプター「AH64D」が佐賀県神埼(かんざき)市の民家に墜落する事故が発生した。陸自は8日、主回転翼の4本の羽根と回転軸をつなぐ「メインローターヘッド」と呼ばれる部品などを現場から回収。つまり、重要な部品が飛行中に脱落した疑いが濃い。
揚力と推力が失われたヘリコプターは墜落するしかない。ローター部分は、最大限最強確実に、かつ二重三重に脱落が防止されているものであるから、「あり得ない事故」が発生したと言える。
陸自はすでに現場から回収したフライトレコーダー(飛行記録装置)の解析を急ぐことになる。
それでは何故外れたのか。
回転軸が折損してローターが外れ墜落したという推理もできる。しかし、推理は安全を保証しない。
安倍晋三首相は陸自に対して即座に「全機点検」を発令したが、それ以前に事故原因の究明がなければ「安全を保証する飛行再開」は困難であり、本事故の再発防止に直結しない。
的確な調査結果と安全対策が「飛行する航空機の直下に居住する住民の安心」を作る。その意味で、「形式的な点検と安易な飛行再開」が行われないよう、また、その詳細な結果が「トラブルが多発する在沖縄米軍の鑑」となるよう期待したい。
相次ぐ米軍ヘリ事故
そう、わが自衛隊ばかりではなく、在沖縄米軍では、昨年に引き続いて今年も年初からヘリコプター事故が頻発している。1月6日にうるま市・伊計島の海岸に多用途ヘリUH1が、8日には読谷村の廃棄物処分場に攻撃ヘリAH1が、そして23日には渡名喜村・渡名喜島の村営ヘリポートに同型ヘリが不時着した。
沖縄だけではない。2月20日には、青森県三沢市の米軍三沢基地に所属するF16戦闘機が、離陸直後に燃料タンクを切り離し、基地にほど近い小川原湖に投棄するという「トラブル」も発生した。エンジン火災が発生したためと見られているが、幸いにしてけが人などの被害はなかった。
このような事故の受け止め方は、「悪意」と「善意」のいずれかに分かれるのが常だ。沖縄の場合、事故原因の「真相」がうやむやなままでの事故当該ヘリと同型機の飛行を再開したことは、理解困難である。
「人の噂が消える75日」も経ないトラブルの発生は、「日米共存の善意」を摘み、メディアが報道する「墜落」や「不時着」の見出しは、在沖縄海兵隊を「悪玉」化した。
他方で米軍指揮官は、これらの事案を「最悪事態回避の飛行場外予防着陸(以下『予防着陸』)」と評価し、ウェルダン(立派にやった)としたのだろう。在沖縄海兵隊では、現在以上の日米関係深刻化を避けるため、墜落回避の「場外着陸」を許容して「重大事故絶滅の至上命令」が下されているはずだ。
軍人には、市井の人々の生命財産を守る使命と意思がある。人々を置いて自身の安全を優先する軍人はいない。パイロットには、飛行中の異常事態発生時、自分を犠牲にしても「地上に被害を与えない墜落地点を選択する」習性がある。過去、パイロットがこの「飛行機乗り魂」を貫いて犠牲を厭わなかった例は少なくない。それは、航空機に携わるプロの「エアマンシップ」と呼ぶ精神的原点でもある。
しかし、「墜落・不時着・予防着陸・部品の落下」など、ヘリのトラブルに関する米側発言には、沖縄県民に理解できない「米国の軍事感覚」や「米軍の文化を象徴する性格」があって問題解決を難しくしている。
「(在沖縄米軍は)北朝鮮情勢を踏まえ猛訓練中である。猛訓練には軽微な事故がつきものだ」(2018年1月10日『東京新聞』記事「米軍機5カ月連続7回目 事故と抗議の繰り返し」より)。ここには、日本の抗議に対する米側の「訓練は日本防衛に直結している」のであって、「注文を付けるだけではなく、我々の事情も理解してほしい」という「日本の騒ぎに対する思い」がある。
「日米」「軍民」の温度差
2015年8月12日、米陸軍ヘリが沖縄県うるま市の伊計島沖で米海軍の輸送艦着艦失敗事故を起こした際、当時、米陸軍オディエルノ参謀総長が、「我々の日々の任務にリスクはつきものだ。ひとつの事故に過剰反応するつもりはない。残念だが事故は時々起きる。(今回の事故が)日本の内政上、どう問題になるか予想するつもりはない」などと強調、事故を重要視しない姿勢を示したと報道された(同14日『沖縄タイムス+プラス ニュース』―ヘリ墜落:陸軍トップ「残念だが事故は時々起きる」より)。
米国民は建国以来、軍事上の現象を至近距離で受容し、軍人を畏敬している。従って、米国民にとって軍および軍人は「邪魔者」ではない。
ところが沖縄には、在沖縄米軍の事故多発が主原因の「米軍は迷惑な邪魔者」という時代精神が生まれ、相互不信を深めている。
2016年12月13日、米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイが沖縄県名護市沖の浅瀬に着水した事故については、日本の報道が「非難の論調」で、「墜落、不時着水、不時着、着水」と、様々な見出しを用いた。
沖縄県知事は、「オスプレイの配備撤退を求めて政府に抗議」し、副知事は、「アメリカは(沖縄を)植民地扱いしている」と発言した。
これに対して、ニコルソン在沖縄海兵隊司令官は、「住民に被害を与えていない。感謝されるべきだ」とコメントしたと報道された。ここには、日米、あるいは軍民間の文化の相異が顕れている。
政府は、去る1月20日、「日米関係は、歴史上かつてない良好な関係で盤石(菅官房長官)」とコメントした。
しかし、沖縄県民にとっての日米関係は、「米軍ヘリのトラブルで対米不信が増幅している」のであって、「政府の感性」との温度差は実に大きい。
発想転換の「事態改善策」
ヘリコプターは、機体トラブル最悪時、滑空できないから「即墜落」する。
従って、警報装置が作動すると、パイロットは、可能な限り速やかに、「動きの取れる」うちに安全な予防着陸を試みる。それが地上被害を局限し、墜落を免れる「予防着陸」であっても、沖縄県民には、直接の危険が迫る「生活、生命を脅かす予期せぬヘリの着陸」であり「迷惑」でしかない。
そこで、沖縄における米軍ヘリコプターの「墜落」や「落下物」の危険と心配の増幅を軽減するため、「飛行経路が厳守されない場合にペナルティーを課す」、および「場外着陸場を整備し、予防着陸を予期させる」仕組みを提言したい。
飛行経路は、経路直下及び周辺の地上に与える危険の局限、騒音などの環境保全、そして飛行安全を考慮して設定される。航空機事故の深刻な事態を考えれば、当然、ルールやモラルが遵守されているか否かを監視し、監察しなければならない。
パイロットに飛行経路を遵守する優れたモラルが育ち、飛行部隊指揮官の管理・統率が徹底されれば、飛行経路外で起きる「重大かつ危険なトラブル」の発生は抑制できるのではないか。
1月18日、在沖縄海兵隊ヘリ3機が、昨年12月13日に飛行中の米軍ヘリが窓枠を落下させる事故を起こした小学校上空を編隊飛行したが、米軍側からは、レーダー航跡記録や操縦士の証言から「上空外であった」と否定された。
日本側は、防衛省沖縄防衛局の監視員が目視し、同小学校に設置したカメラで確認。防衛省はその映像も公開したが、その主張を最後まで貫けなかったのは、米側に勝る証拠がほかになかったからである。
沖縄の自治体と県民が真に「一連のトラブル解消」を願うのであれば、航跡まで特定するカメラを常設、撮影、分析して「有無を言わせぬ証拠」を得る必要がある。
さらに、「場外着陸場」の設置、整備は、民生活用、環境保護、運用要件が考慮され、予防着陸のほか、災害、救難、救急医療、緊急物資輸送などに、米軍、自衛隊・消防・警察ヘリコプターが使用できる仕様を満たすことが望ましい。
本事業は、沖縄を優先しつつ、国交省の航空行政、防衛省の基地周辺施設整備、総務省の危機管理行政といった国の主導と、災害対処用資器材備蓄倉庫の設置などを行う地方自治体とが協調して全日本的に促進されなければならない。
これらの対策実現は、ヘリコプター重大事故防止の一手段として、「予防着陸する場所」という「善意」の認識を市民の間に浸透させ、加えて、県民の側に「救急や緊急避難の事態が発生した時にヘリが助けに来てくれる場所」が生まれ、米軍と共存できる環境の深化が図れると考えるのだが、如何であろうか。
多くの知恵を集めて施策を実行し、最善をもって最悪を局限したいものである。(林 吉永)
林吉永 はやし・よしなが NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。1942年神奈川県生れ。65年防衛大卒、米国空軍大学留学、航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長。日本戦略研究フォーラム常務理事を経て、2011年9月国際地政学研究所を発起設立。政府調査業務の執筆編集、シンポジウムの企画運営、海外研究所との協同セミナーの企画運営などを行っている。