軍人の「SNS規制」ロシア「デジタル経済ドクトリン」の眼目--小泉悠

グローバル・インターネットインフラの「ロシア化」は進むのか

前回は、ロシア政府がグローバル・インターネットインフラの「ロシア化」を進めようとしていることを紹介した(2017年10月5日「インターネット『主権』に拘るロシアの『執念』」)。

つまり、インターネットを支えるインフラを原則的にロシア国内に置き、国民の通信監視を強化したり、有事の際にグローバル・インターネットから遮断されても、自律的に機能を維持できるようにする、ということだ。もちろん、これは多大なコストを伴うものだが、ロシア政府は依然としてその実現を諦めていない。

今年8月、ロシア通信情報省は、その第1歩となる法案を議会に提出した。2003年連邦法第126号「通信について」(通信法)の改正案である。

その主な内容は、海外との通信を行う通信ノード(パソコンやルーターなど、インターネットを利用するにあたり必要な要素)を登録制とすること、IPアドレスの付与状況とトラフィックの経路情報をデータベース化して管理すること、国家DNSルートサーバー(インターネット上のドメインの最上位情報を管理するサーバー)・システムをロシア国内に設置すること、などとされている。つまり、海外とのインターネット通信を政府が把握するとともに、そのためのインフラを登録制にすることを定める、というものだ。

これまでの小欄で紹介したVPN(離れた場所の間を仮想的な専用線でつないで安全なデータ通信を実現する仕組み)使用の制限やネット回線国内化案と合わせれば、ロシア国外のインターネット空間へのアクセスが(多くの国民がそうとは気づかないまま)制限されたり、監視される可能性が高まる。

「デジタル経済ドクトリン」の目指すもの

このような法改正は、前回紹介した「デジタル経済ドクトリン」における目標を具体化させるための法基盤整備と位置付けられる。この文書はその名の通り、ロシア経済のデジタル化を進めることを主眼としたものだが、この中に「情報安全保障」という項目が設けられ、インターネット監視にも注意が払われているのが特徴だ。しかも、最初に提出されたバージョンに比べ、現在審議中のバージョンでは「情報安全保障」の占める割合が拡大している。

現在検討中のドクトリン案では、2018年中に、海外とのインターネット通信を国家管理下に置くための具体的な仕組み作りを完了し、同年第3四半期にはインターネット国家情報システム(GISインターネット)として規格化する、としている。GISインターネットは、2019年第2四半期には試験運用を開始する計画である。

GISインターネット計画の完了時期は2024年とされており、具体的な達成指標は次の通りとされている(カッコ内は2018年の見込み数値)。

■外国のサーバーを経由するインターネット通信の割合:50%(90%)

■連邦政府機関、地方政府機関、国家コーポレーション及び政府が参画する企業が購入する外国製コンピュータ、サーバーその他通信機器の割合:50%(94%)

■連邦政府機関、地方政府機関、国家コーポレーション及び連邦政府が参画する情報インフラ関連の企業が購入またはリースするプログラムの割合:10%(50%)

■情報安全保障基準を満たすサイバーフィジカルシステム(CPS:サイバーグリッド、自動運転システム、医療モニタリング、生産管理システム、ロボット、航空機自動操縦システムなど、物理コンポーネントとソフトウェアが密接に結びついたシステム)を利用する情報通信主体(連邦政府機関、地方自治体の機関、連邦政府が参画する情報通信関連企業)の割合:90%(10%)

■情報安全保障基準を満たすIoT(モノのインターネット)を利用する情報通信主体(連邦政府機関、地方自治体の機関、連邦政府が参画する情報通信関連企業)の割合:90%(10%)

■情報安全保障、メディア消費、インターネットサービスの分野において高いリテラシーを持つ市民の割合:50%(10%)

■情報安全保障手段を利用する住民のロシア連邦構成主体ごとの割合(各連邦構成主体において過去12カ月にインターネットを利用した住民の総数における割合):97%(87%)

■ドクトリンの下位プログラムが定める情報技術手段の利用率:100%(9%)

■国家決済システムの利用率:90%(25%)

■サイバー攻撃による国家情報システムの平均停止時間:1時間(65時間)

■ドクトリンの下位プログラムが定める基準、規則及び様式の採用率:2020年までに100%(20%)

■連邦政府及び民間の組織における情報安全保障基準を満たす利用者の割合:75%(10%)

ここでは個別の項目には踏み込まないが、総じてインターネットインフラの外国依存を低減させるとともに、政府の定める「情報安全保障」の基準を普及させることを目的とした計画であることが読み取れよう。

ロシア版「金盾」?

前回も述べたように、このようなインターネットインフラの「ロシア化」は、有事においてロシアのインターネットをグローバル・インターネットから切り離して運用することに、主眼の1つが置かれている。もう1つの目的は、インターネット上を流通する言説そのものを、政府がコントロールすることだ。具体的には、政府に都合の悪いインターネットコンテンツを完全に監視し、場合によってはブロックすることが念頭に置かれていると見られる。中国政府が運用する「金盾」のロシア版といってもよい。

このため、「デジタル経済ドクトリン」では、インターネットサービス利用者の個人情報や、その利用状況に関するビッグデータの取り扱いに関する法的義務を2018年中に法令で定め、これに違反した場合の罰則も2018年中に規定することを目指している。これには、インターネットやIoTの利用者を特定することが含まれているが、2017年にはこれに先立ち、身元の特定できない利用者に、モバイル機器のメッセンジャーサービスを提供したり、メッセージを送信することを禁じる法改正が行われている。

ほんの数年前まで、モスクワの街中ではあらゆる場所でフリーWi-Fiが利用できたが、現在ではいずれも、ロシアの電話番号を入力して本人確認を行わなければならず、不便な思いをした出張者もいるだろう。もちろん、これには得体の知れないWi-Fiに接続してクレジットカード情報を抜き取られるなどの被害を防ぐという目的もあるが(「デジタル経済ドクトリン」にはフィッシング対策など、利用者保護を目的とする様々な措置も盛り込まれている)、国民のインターネット利用の監視という目的も存在していることはいうまでもない。

もっとも、これ以前にはWi-Fi接続にあたってパスポート番号の入力を求めるという案もあったが、こちらはあまりに露骨であるということで取り下げられた経緯がある。

軍人のSNS利用が届出制に

監視対象は一般国民ばかりではない。ロシア軍の軍人たちにも監視の目は及び始めている。

これは、兵士たちが戦地から送ってくるメッセージや写真が、ときにロシア政府の公式説明を裏切る証拠として西側から利用されるケースが相次いだためである。たとえば2014年3月のクリミア半島併合作戦の際、ロシア政府は「クリミアにロシア軍などいない」との立場を繰り返し表明し続けた(翌年になって、プーチン大統領が「ロシア系住民保護のためだった」として初めて公式に認めた)。ところがロシア版Facebookと呼ばれるSNS「フ・コンタクチェ」に、クリミアに展開したロシア軍特殊部隊兵士の「今、クリミアにいる」という投稿が写真付きでアップロードされ、ロシア政府の公式説明が身内から突き崩されてしまったのだ。

その後、ロシアはウクライナ本土のドンバス地方にも非公式にロシア軍を投入したが、これも兵士たちの投稿する写真のジオタグ(写真がどこで撮影されたかを示す位置情報)から、どの部隊がドンバスへ送られたのかまでが明らかになっている。

戦時に限らずとも、SNSには兵士たちの投稿が溢れており、たとえば北方領土駐留ロシア軍など、メディアのカメラがほとんど入らない部隊でも、ある程度の内情をうかがい知ることができるようになっている。

さすがに将校がこうした機密情報を漏らすことは少ないようだが、1年しか勤務しない徴兵や3年勤務の契約軍人(志願制の兵士や下士官)は腰掛け感覚であるためか、軍事機密をあっさりと漏らしてしまうケースが後を絶たない。

これに業を煮やしたロシア国防省は、今年5月、1998年連邦法第53号「軍事義務及び軍事勤務について」及び1997年連邦法第76号「軍人の地位について」の改正案を内閣に提出した。この改正案によると、徴兵や契約軍人としてロシア軍に勤務する者が本人を特定しうる情報をインターネットサイトに投稿した場合、そのアドレスを申告しなければならない。また、監督官庁の命令により、軍の活動状況を暴露するような情報の投稿を禁止することも可能となる。

こうした規則が、それまで存在しなかったことも不思議といえば不思議だが、ロシア国防省もようやくネット時代に適応し始めたということだろう。同法は現在も審議中だが、議会を通過すれば、2018年には施行される見込みである。

小泉悠 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。現在は公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務める。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)。ロシア専門家としてメディア出演多数。

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(2017年10月31日
より転載)

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