先日、若い人と話をする機会があった。「次に書きたいものは何ですか?」と尋ねられたので、成毛眞さんからの宿題となっている「IJPC(イラン日本石油化学)とは何だったのか」を書きたいと思っている、と応えたら、「IJPCって何ですか」と素直に聞かれた。
「IJPC」を知らなければ、「IJPCとは何だったのか」という設問もまったく意味を持たない。「IJPC」も、忘れ去られていく歴史のひとコマになってしまったのだろうか。
その彼に聞きそこねたが、「オイルショック」のことは知っているのだろうか?
日本で「オイルショック」と言えば、「トイレットペーパー騒動」として覚えておられる方も多いだろう。あるいは「狂乱物価」という言葉を思い出す人もいるだろうか。初めての経験に日本全体が完全に浮き足だってしまった事件だった。
徹底的に打ちのめされた戦災の焼け跡から不死鳥のごとく立ち直った日本経済を支えたのは、安価で、潤沢な供給に支えられた石油だった。ほぼ100%輸入に依存していたが、かの「アラビア石油」スタート時には、時の石油問題の権威、脇村義太郎・東京大学経済学部教授も「輸入で十分、リスクの高い探鉱に、技術力も資金力もない日本が挑む必然性はまったくない」と反対したほどだった。それほど世界の供給量に対する安心感に満ちていた時代だったのだ。
「オイルショック」が発生した1973年、日本の1次エネルギー供給に占める石油の比率は75%を超えていた。日本の驚異的な高度成長が、まさに石油によって支えられていたことが分かる(ちなみに最近は約40%である)。
その石油の供給が突然、大幅に減少し、さらに価格が短期間で急騰した。簡単に言えば、バレルあたり3ドルだった原油価格が3カ月のあいだに12ドルへと、4倍になってしまったのだ。
供給量に不安が生じ、価格が4倍になってしまったため、日本経済は依って立つ大地に大穴が開いて、奈落の底に引きずり込まれるような事態に直面した。
気づいた人は少なかったが、戦後一貫して世界全体の石油需要は増加し続けており、1973年当時、余剰生産能力は大幅に減少していた。これが、1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)時にも検討はされたが有効でなかった「石油を武器とする政策」が、1973年の第4次中東戦争の時には効果を発揮した背景にあった。
「オイルショック」の引き金を引いたのは、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)による「石油を武器とする政策」だった。サウジアラビア(以下サウジ)を始めとするアラブ諸国は、第4次中東戦争でイスラエルの側に立った米国などに対して禁輸措置を取ったのだ。同時に価格を大幅に上げた。
日本は原油の供給先である欧米の大手石油会社から、OAPECの禁輸を理由として供給量を削減されてしまった。もちろん価格も転嫁され、大幅に引き上げられた。
日本全体がてんやわんやだった。
三井物産石油部に入社して3年目だった筆者は、社内各部から上司のところへ、多くの人が相談に来ていたことを覚えている。食品部の幹部は、子会社の養鶏会社の鶏が、冬を迎え暖房用灯油が足りなくて死んでしまいそうだ、何とかならないか、と切実な訴えをしてきていた。
「手打ち」の準備か
さて、その「オイルショック」の再来につながるのか、と懸念させる記事を『フィナンシャル・タイムズ』(FT)が掲載している。
サウジのジャーナリスト、ジャマール・ハーショクジー(日本語では「カショギ」と発音されることも多い)氏が10月2日、トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館に入ったまま行方不明になっている事件で、米国が「もしハーショクジー氏の殺害にサウジが関与していたら、米国は制裁を加える」と述べたことに対し、サウジが「制裁を加えたら、それ以上の報復措置を取る」と反発したため、すわ、サウジが減産をし、米国への禁輸を行い、ほぼ半世紀ぶりの「オイルショック」の再来を招くのか、との不安も一部では出ているのだ。
この原稿を書いている10月16日現在、事件を「現場の暴走」として収めようという動きがあると伝えられている。サウジ側がハーショクジー氏の死去を認める用意をしているとも報じられている。
今後の展開を憶測すれば、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子の意向を忖度した「現場」が、総領事館にやってきたハーショクジー氏に4日後の再来を求め、サウジ本土から法医学者を含む治安チームを請じ入れ待機し、指定した日にやってきたハーショクジー氏を拘束し、サウジに連行しようとしたが抵抗されたため、間違って殺害してしまった、というストーリを仕立て上げるのだろうか。
10月15日には、トルコの治安当局がサウジのカウンターパートと共に総領事館の徹底捜査を行っている。
本来「治外法権」であるサウジの総領事館の中で、トルコの治安当局が捜査を行うことはきわめて異例のことだ。さまざまな思惑が入り組み、両国の間で「手打ち」をする準備作業の一環なのだろうか。
このように事態は急テンポで進展しており、「FT」記事の内容も一瞬のうちに陳腐化してしまうかもしれない。だが、今後の原油市場の展開を予測するためにも、また記録として残しておくためにも、ここで要点を紹介しておこうと思う。
「Saudi Arabia threat risks rare crack in US oil alliance」というタイトルで、東京時間10月16日12:00頃に掲載されたものだ。サブタイトルは「Riyadh's resolve to keep output high may weaken should relations with Washington worsen」となっており、David Sheppardの手になる記事だ。
「サウジの名声をぶち壊す」
■サウジは過去45年間、世界最大の原油輸出国である同国が、西側の同盟国を脅すために決して「力」を行使しない、というマントラにしばりつけられていた。だが、ジャーナリストであるジャマール・ハーショクジーが行方不明になった事件からのプレッシャーで、サウジが世界経済の中で持っている「影響力のある、不可欠な役割」を通じて報復措置に出る可能性について警告したため、この週末、これまで何十年間も続けてきた立場に自ら挑戦しそうになっている。
■すでに、米国による対イラン制裁の再導入に始まり、ベネズエラの原油生産の崩壊状態など、多くの懸念に取り囲まれている石油市場にとって、このサウジのコメントは、サウジがエネルギー市場で果たしている特大の役割をあらためて思い出させるものだ。同時に、サウジは揺れ動いており、同国の石油政策の安定性について疑問を投げかけるものともなっている。
■サウジは月曜日に、市場には十分に供給する用意がある、とのコミットメントを、再度ハーリド・アル・ファーリハ・エネルギー相が表明することにより、急いでこのコメントがもたらしたダメージを限定する動きに出た。だが、この衝動的なコメントが最上層部から出されたという事実に、依然として落ち着けない人々もいる。「サウジは歴史的に、政治と経済を切り離して対応してきているだけに、このコメントはきわめて異例のものだ。だがサウジは、世界に対して、自らの強さを思い出させようとしているのだ」と国際貿易投資会社「Black Gold LLC」を経営するベテランの業界ウォッチャーであるGary Rossは語った。「これはサウジの典型的なやり方ではない。だが、新しいリーダーシップを示したものだ」と、広くMBSとして知られているムハンマド皇太子のことを指して、さらに語った。父君であるサルマーン国王の後継者としての地位を固めた王子は、改革者としての名声を勝ち得ようとしているが、一方で、石油政策から軍事政策まで、すべての最終決定者になろうとしている。
■だが、MBSが石油市場に影響力を持っていることを疑う人はまずいないが――サウジは世界の11%以上も生産しており、少なくとも750万BD(バレル/日量)を輸出している――観察者の多くは、あからさまに石油を武器として使うことはやりすぎだと思っている。「サウジが石油供給をカットすると、米国のガソリン価格が上昇するが、石油を武器として使うことは、サウジ自体も傷つくことになる」と、バラク・オバマ前大統領のエネルギー問題担当顧問であり、コロンビア大学世界エネルギー政策センターを創設したジェイソン・ボードフは指摘する。「(そうすると)電気自動車のような代替への移行が促進され、1973年以来何十年もかけて築き上げてきた信頼される供給国というサウジの名声をぶち壊すことになる」と。
「相互依存」を思い出せ
■1973年の歴史は、サウジに大きな影を落としている。あの時、サウジはヨム・キプール(贖罪の日)戦争(第4次中東戦争)において、イスラエルを支持した諸国(米国など)に対する禁輸に参加した。だが、その結果もたらされたエネルギー価格の上昇は、西側諸国に今でも痛みとして記憶されており、生産国にとっても、多くの国において省エネによる需要減少をもたらし、長期的な手ひどいダメージとなったのだった。
■「ハーショクジー問題」を巡る経済制裁の導入や他の方法など、米国のプレッシャーは、サウジの今日の予測を変更させることになるかもしれない。はっきりと原油輸出をカットするとか、あるいは米国の孤立化を目指すことは、ありそうにないが、もっと狡猾な手段を取るかもしれない。
■サウジは、イランに対する250万BDの原油輸出への制裁が来月発動される前に、市場への供給を増やすよう要求してきた米ドナルド・トランプ大統領の呼びかけに応える形で、今年の夏の初めから生産量を増やしている。5月以来、約70万BDを増産し、1070万BDとなっているが、ファーリハ大臣は、来月はもっと増産すると約束している。だが、この増産の決意は、もし自分たちが狙われていると感じたら弱まるかもしれない。業界には、サウジは何億ドルもの追加投資による新たな掘削をしないで生産できる最大水準に近いところまで生産している、と判断している多くの人がいる。
■米国はまた、原油生産を共同で行っている「中立地帯」問題でクウェートと合意するよう、サウジに圧力をかけている。領土問題をめぐる争いから、過去4年間約50万BDの生産が中断されているのだ。もし米国との関係が悪化するなら、公式に生産政策を変更せずに追加増産が可能となる中立地帯の長期にわたる懸案事項を、サウジは急いで解決しようとはしないかもしれない。
■さらに他にも、米国がOPEC(石油輸出国機構)加盟国に対して独占禁止法に基づいて提訴することを許容し、サウジに自制を求める、いわゆるNOpec(No Oil Producing and Exporting Cartels)法がもたらす脅威を指摘する人もいる。この法律は、これまでの大統領は支持しなかったものだが、もし石油価格が急上昇すると、トランプ大統領の支持が得られるかもしれない。
■ジョージ・W・ブッシュ大統領のエネルギー・アドバイザーだったボブ・マクナリー氏は、両国は、状況を解決する努力をしないというにはお互いに依存し過ぎているが、もし下院がより強硬な立場を取るならば、トランプ大統領1人では事態の拡大を抑えることはできないかもしれない、と言う。サウジ政府の声明をすべて無視することはできないだろう。「サウジ政府は米国に対し、サウジは安全保障の面で米国に依存しているかもしれないが、米国もまたガソリン価格の安定の面でサウジに依存している、ということを思い出させようとしているのだ」と、現在はエネルギー・コンサルタント会社「ラピダン・グループ」を経営しているマクナリー氏は言う。「依存は対面交通道路なのだ」と。(岩瀬 昇)
岩瀬昇 1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。