今月初めに台湾南部の高雄で起きたガス漏れによる爆発事故は、死者が30人、負傷者およそ300人に達した。先週末、折からの台風の影響による大雨に見舞われた高雄で現場を見て回ってきたが、今回の爆発事故の衝撃は、その人的被害だけではなく、張り巡らされたガス管の爆発に巻き込まれた4-5キロメートル四方におよぶ1つの地域が事実上の「死の街」と化すという異常事態を招いているところにあることが実感できた。台湾での社会的な反響や影響ほどには海外からの注目が集まっていないのは、人的被害の表面的な数字と、被害の実情との間にギャップがあることも関係しているのだろう。
ガス爆発により陥没した道路(高雄市内、筆者撮影)
そんななか、11日に馬英九総統が行った「緊急」の記者会見をテレビの映像で見たが、この人は本当に「危機管理」が苦手な人であるというのが偽らざる感想だ。まず発生から11日目というタイミングの遅さ。何ごとも熱しやすく冷めやすい台湾では、できるだけ早くアクションを取らないと「不作為」のレッテルが張られかねない。馬総統は現地視察を発生から2日目に行ったものの、その後は沈黙し、支援金などの拠出をめぐり行政院(内閣)と高雄市政府が責任を押し付け合うなどの混乱が起きてしまった。
馬総統は会見で「地域再建」「真相解明」「再発防止」の3つの方針を掲げたものの、内容に新味は乏しく、何よりも、この問題に取り組もうというリーダーの決意や迫力が欠けていた。
ガス爆発が主題のはずの会見は、途中から先日の学生たちの立法院占拠によって中断している中台サービス貿易協定の方向に話が流れていき、馬総統は「このままでは台湾は国際社会から取り残される」と強い口調で語り、協定が学生運動につぶされたことへの「無念」がありありと漂っていた。この場で中台サービス貿易協定のことを語る必然性はなかった。案の定、夜のテレビやネットでの評判は芳しくなく、新聞で会見に割かれた記事のスペースも小さかった。
今回のガス爆発事故は、本来、年末の統一地方選に向けて有利な戦いを進めている野党・民進党の勢いをくじく政治的なチャンスにも転化できるものだった。高雄市の現市長は民進党の女性長老・陳菊。高齢ということもあり、事故対応には今ひとつの印象を与えている。ガス配管の管理で高雄市の行政的なミスも指摘され始めており、国民党にとって格好の巻き返しのきっかけになってもおかしくはなかった。
しかし、馬政権では爆発事故を起こした石油化学企業を担当する経済部長(大臣)が突然の辞職を表明するなど、対応に混乱が目立ち、事態を主導しようという意思が見えにくい。2008年の就任後、圧倒的に高い人気を誇った馬総統の支持率低下の始まりとなったのが09年8月の台風による水害、いわゆる「88水害」への稚拙な対応だった。その悪名を払拭するチャンスでもあるのに、リベンジを果たせる状況にはなさそうだ。
野嶋剛
1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)。
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(2014年8月12日フォーサイトより転載)