ジュリエット・ビノシュ主演の映画「おやすみなさいを言いたくて」は仕事と家庭の両立に悩む女性を描いた作品だ。ワーキングマザーの話題は日本でも最近様々な場所で聞くもので、議論する価値あるものだが、真新しさのあるテーマではない。しかしこの映画には強烈な特異点がある。ビノシュ演じる主人公の職業が戦場カメラマンであるという点だ。この作品は戦場カメラマンとしての責務と家族にかける心の負担の狭間で揺れる女性を描いている。
ISISの人質となった後藤健二さんも戦場を取材するジャーナリストだったが、彼ら/彼女らはなぜ危険な地に赴くのか、またそれを待つ家族はどんな思いを抱いているのかをわかりやすく描いている。
世界的に有名な戦場ジャーナリストの主人公レベッカはアフガンで女性の自爆テロを取材している。自身も爆発に巻き込まれ、重症を負い家族の待つアイルランドへ戻るが、夫も2人の娘も常に彼女の失う恐怖に耐えながら暮らしている。そんな家族を見て戦地に戻らないことを決意するレベッカだが、長女が、高校の課題のため世界の悲劇に興味を持ち始めていること、そしてケニアの難民キャンプの取材が舞い込んできたことが重なり、「絶対に安全な場所だ」と太鼓判を押されたことから長女を連れてケニアに向かう。
しかし、その難民キャンプが武装ゲリラに襲われてしまう。レベッカはそこで戦場カメラマンとしては大変勇敢な、同時に母親として非常識に行動に出る。その時のレベッカにはまるで迷いが見られず、本能で行動したように見える。その本能は家族にとってはひたすら残酷なものだが、NGOの友人曰く「世界が必要としているもの」でもある。
監督のエーリク・ポッペは報道写真家出身というキャリアの持ち主。インタビューでも語っている通り、自身のバイオグラフィーのつもりで作ったという本作は、戦場に生きるジャーナリストとそれを待つ家族の心のありようをリアルに描いている。主人公レベッカだけでなく、普段我々が接することのできない、帰りを待つ家族の苦しみをも丁寧に描いているのが素晴らしい。