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2018年12月06日 11時50分 JST | 更新 2018年12月06日 11時50分 JST

地獄のタイ刑務所を完全再現。映画『暁に祈れ』監督インタビュー

この映画で囚人を演じている大半は実際の刑務所を経験した元囚人たち。タトゥーも全て本物だ。

『暁に祈れ』主演のジョー・コール(中央)と元囚人の共演者たち
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS
『暁に祈れ』主演のジョー・コール(中央)と元囚人の共演者たち

 12月8日から公開される映画『暁に祈れ』は今年一番エキサイティングな映画だった。

 麻薬所持でタイの刑務所に収監されたイギリス人、ビリー・ムーアの実話を基にしたこの映画は、地獄と形容されるタイの刑務所のリアリティを驚きべき精度で再現している。

 それもそのはず、この映画で囚人を演じている大半は実際の刑務所を経験した元囚人たちである。体中がタトゥーだらけの恐ろしい風貌がこれでもかとたくさん登場するが、それらのタトゥーは全て本物だそうで、中には殺人を犯した者も含まれるらしい。さらには、直前まで刑務所として使用されていた建物でロケを敢行。いわば本物の刑務所で、本物の囚人を起用して撮影された作品なのだ。さらには本物のムエタイのチャンピオンも出演し、迫真の格闘シーンを作り上げている。

 タイ刑務所は、更生施設というより懲罰施設で、その劣悪な環境は有名だ。1つの部屋に何十人も一緒に寝かされ、集団暴力や、強姦は日常茶飯事、看守たちも賄賂を受け取り放題で、囚人が死んでいてもほったらかしの時さえあるようだ。

 本作は、そんな地獄のタイ刑務所を限界までリアリティを追求し、観客にも収監されたような気分を味あわせる。しかし、これほどの絶望的な環境の中で本作が描くものは、人の意思の生きる強さなのだ。地獄から這い上がろうとする主人公の姿にはある種の神々しさすら感じられる。

 監督のジャン=ステファーヌ・ソヴェールに本作について話を聞いた。

 

脚本には元囚人たちの意見も取り入れた

© 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS
ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督(右)と主演のジョー・コール(左)

 

―リアルに再現されたタイの刑務所にとにかく驚きました。やはりリアリティを徹底追求するために元囚人たちを起用したのでしょうか。

ジャン=ステファーヌ・ソヴェール(以下ソヴェール):私はタイの刑務所に収監されたことはありませんから、この映画にリアリティを与えるためには彼らの力は不可欠でした。ビリー・ムーアの書いた本にも強烈なリアリティがあるので、この本を映画化するなら本物にできるだけ迫る必要があると思いました。

 そのための一番良い方法は、体験者たちに彼ら自身を演じてもらうことです。私は『ジョニー・マッド・ドッグ』を作った時も同じ方法を採りました。当事者たちは、自分たちの物語をなぜ自分たちに語らせてくれないんだと鬱屈している部分があるものなんですよ。これは彼ら自身の物語でもあるので、当事者たちにやってもらったんです。

 

――彼らから聞いた実際のエピソードもこの映画に反映されているのですか。

ソヴェール:脚本の執筆とキャスティングを並行して行いましたが、元囚人たちにたくさん会いました。彼らがどういう体験を刑務所でしてきたかを語ったもらい、実際にカメラの前で再現してもらったんです。その迫力は俳優では再現できないレベルのものでしたね。この映画に出演したことでカンヌのレッドカーペットも歩くことになった元囚人もいますが、その後また麻薬取引で収監されて、今も刑務所にいます。実は、ビリーも今、イングランドの刑務所にいるんです。彼はあと数ヶ月くらいで出所できると思いますが。

 

――ビリーはリバプール出身ですが、あの地域のドラッグの蔓延もこの映画の背後にはありますね。

ソヴェール:そうですね。彼は子どもの頃から父親に暴力を振るわれていて、そこから逃避するためにドラッグに手を出してしまいました。今回彼が収監されたのもドラッグ所持が原因ですが、病気の治療のために治療薬を用いたところから再び違法薬物にも手を出してしまったようです。リバプールは労働者階級が多く住む街で、ビリーのような人はたくさんいるんです。

 

元囚人たちと信頼関係が築けたから怖くなかった

© 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS
映画の1シーン。本物の元囚人が囚人役を演じている。

 

――彼らは出所後、どんな仕事に就いているんでしょうか。

ソヴェール:体中タトゥーだらけの彼らには、そうそう一般的な仕事に就けるチャンスは訪れないようです。運良くタクシーの運転手の職などにありつけた人もいるようですが、現実は厳しいようです。セカンド・チャンスを得にくい状況であるというのは、彼らにとって大きな問題だと思います。

 

――率直にお聞きしますが、彼らに囲まれて仕事するのは怖くなかったですか。

ソヴェール:私は怖くありませんでしたが、プロダクションカンパニーはすごく心配していましたね。何があるかわからないし、途中でいなくなる者もいるかもしれないから、プロの役者を起用すべきじゃないかと。しかし、私は1年の準備期間の中で彼らと充分な信頼関係を築けたと思っていましたから、そういう心配はしませんでしたね。彼らのような人たちは、自分たちの話を社会に届けたいという思いも強いんです。

 

――キャストだけでなく、ロケ場所も本物志向で直前まで刑務所として使われていた建物で撮影したそうですね。

ソヴェール:ロケをした建物は、タイの刑務所の中で最も古いものでした。私が訪れた時は、幸運にも囚人たちが別の刑務所に移送された直後で、全てがそのまま残されていました。囚人服が床に散らばっていたり、切り刻まれた家族からの手紙がや、ナイフのように尖ったスプーンが落ちていたりというような状況でした。ただ撮影が1年延期になって、いくらか片付けられてしまったんですが、写真を元に再現できました。

 

――主演のジョー・コールが素晴らしかったですね。彼のどこを見込んで主役に起用したのですか。

ソヴェール:どことなくビリーに似ていると思い彼にやってもらうことにしました。ボクサーの体格を身に着けてほしいと伝え、タイのジムに通って身体作りをしてくれました。実は彼は、他の映画の撮影と掛け持ちだったので、もう1つの映画の撮影の合間にタイに来て撮影したんです。この映画は他の作品とあまりに世界が違うので、彼も相当苦労したと思います。