モダンダンスのパイオニア、ロイ・フラーの生涯を描いた「ザ・ダンサー」が6月3日から公開される。とても長いシルクの衣装をはためかせるサーペンタインダンスを発明した人物として知られるが、映画史家には映画史初期の頃の短編「アナベルのサーペンタインダンス(以下の動画)」に関わっていた人物としても有名な人物だ。(この動画で踊っているのは彼女ではない)
映画は、この新しいダンスを生み出したフラーの人生に迫る内容だ。決してダンサーとして恵まれた体格ではなかった彼女がそのハンデを克服するためにどのような研鑽を積んでいったのか、またフラーと並ぶモダンダンスの創始者であるイサドラ・ダンカン(リリー=ローズ・デップが演じる)との関係なども描いている。
圧巻なのは、ロイ・フラーを演じるソーコが全身全霊で打ち込んだダンスシーンだ。ものすごい長く思いシルクの衣装を身にまとい、連続で回り続ける過酷なダンスを特殊効果も一切なしで見事に演じきっている。相当に体力を消耗するようで、3日おきにしか踊ることができないほどだったそうだが、映画でもその過酷なダンスに挑み続けるフラーが身体を痛めつけ消耗していき、それでも挑み続ける姿を詳細に捉えている。
今回初長編映画ながら、カンヌ国際映画祭への出品も果たしたステファニー・ディ・ジュースト監督と、歌手であり女優でもある主演のソーコにインタビューする機会を得た。
――ロイ・フラーの映画を作ろうと思ったきっかけはなんだったんでしょうか。彼女のどんな点が魅力的だと思いましたか。
ステファニー・ディ・ジュースト監督(以下ステファニー):偶然「ベル・エポックのイコン」というタイトルのついた写真に出会ったんですが、それがロイ・フラーのダンスの写真でした。
彼女は何者なんだろう、と調べていくうちに非常に興味深い人生をおくった人であることがわかって、これは映画化したいと思ったんです。
彼女が元々ダンサーとしての素質を持っていない人だった点に惹かれました。ダンサー向きの身体ではなかったし、育った環境もダンスとは縁遠いものでした。にもかかわらず、努力と情熱でアメリカからフランスに渡り、ダンサーとしての自分を確立していったのです。
――今の話を聞いて、ソーコさんを主役に選んだ理由がそこにあるのかなと思いました。ミュージシャンであり俳優ですが、ダンサーではないソーコさんを主演に選んだのは、やはりフラー自身も生まれながらのダンサーではなかったからですか?
ステファニー:映画というのは役者あってのものだと考えています。ソーコを選んだのは、身体からにじみ出るような女性らしさを感じたからです。そしていわゆるファッション誌で見るような、典型的な美しい女性ではない点も魅力的でした。それに彼女は素晴らしい女優であるだけでなく、歌手でもあり、パフォーマーでもあり、いろいろな顔を持っています。それがロイ・フラーという女性を表現する時に良い効果を発揮すると思ったんです。
――ソーコさんにお聞きします。実際にロイ・フラーという伝説のダンサーのオファーを受けた時にどう感じましたか。
ソーコ:監督から映画を撮ろうと思って本を書いているんだけど、と聞いていたんです。どんな映画なのか全く知りませんでしたけど、彼女に言われて「わかった。やる」と言ったんです。とにかく彼女と一緒に仕事がしたかったんです。
本作りに時間がかかって、その間集めた資料を少しずつ私にも見せてくれて、すごく面白い人だなと思うようになりました。
――ロイ・フラー自身のダンスの映像はほとんど残っていないらしいですが、どのように彼女のダンスを再現していったのですか。
ステファニー:現在、ネットでロイ・フラーのダンス映像として流通しているものはありますが、これは間違いで、彼女の真似をしているダンサーの映像なんです。いろいろ調べましたが、ロイ・フラー自身の動画というのは実はほとんど残っていないんです。彼女が著作権を申請したシーンが映画の中でもありますが、残されているのは彼女の残したダンスのスケッチや、演出のメモなどです。それを元に舞台を再現しました。その時に私がお世話になったのが、ジョディ・スパーリング(ダンスカンパニー「Time Lapse Dance創設者。ロイ・フラーに影響を受けたモダンダンスをいくつも発表している)で、彼女のダンスを観て振付師は彼女しかいないと思いました。
フラーがそうしたように、私も最高の技術者たちを集めてあの舞台を再現していきました。照明もかなり大掛かりなもので、何度も挫けそうになりましたけど。
それと、この映画は特殊効果は一切使っていません。全てソーコ自身が踊っています。それも見所だと思います。
――あの衣装も実際のフラーのものを再現されているんですか。とても重たそうに見えますが、実際どれくらい重いものなんですか。
ステファニー:衣装もフラーの残した資料を基に再現しました。非常に細かく指示されていて再現するのは難しかったですね。約300メートル以上あるシルクの素材を使っています。シルクは動きを作る時の縫い合わせがすごく難しいんです。衣装に関しては大変苦労しましたけど、おかげでセザール賞の衣装部門を受賞したりすごく評価してもらえて嬉しいですね。
――ソーコさんに衣装についてお聞きします。初めてあのダンスシーンの衣装を見に付けた時、どんな感想を持ちましたか。
ソーコ:ジュディの踊りを初めて観た時、あまりにも美しくて涙が出ました。自分には絶対無理だと思うくらい。監督はダンスシーンにはダンサーを使うからと言ってくれたんですけど、これは自分がやるべきだと逆に思ったんです。フラーの役を演じるなら彼女になりきって、あの衣装が第二の皮膚となるように頑張らなければ、この役になりきることはできないと思ったんです。
その後、ジョディが私に衣装を着せてくれて、好きなように動いてみてと言うので、鏡の前でやってみたら感動して涙が止まらなかったのが最初の思い出です。
――ロイ・フラーはダンサーとしても有名ですが、舞台の照明を開発したり発明家としての側面など、いろんな顔を持った人ですね。
ステファニー:彼女の持っている色んな顔をできるだけ全て見せたいと思って作りました。彼女は企業家のような側面も持っています。50人以上のスタッフを雇って、先頭に立って指揮していたわけですから。複数の顔を自分で自己実現していっているところから、彼女はとても自由で、自由を手に入れた女性であると描きたかったんです。