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「志」でほんとうに食っていけるのか

よく読んだり聞いたりした話は、ことを成すために必要なのはお金やアイディアではなく、「世界をよくしたいという強烈な志であって、それさえあれば、ほかのものはついてくる」という話で、ほんとうかなあと懐疑的に思っていた。

会社に勤めていて悶々としていた時、さまざまな壁にぶち当たり、いっそ自分でビジネスを始めることができたらどんなに素敵だろうかとよく夢想した。

その時に思ったことは、まずは、お金がない、ということだった。

もちろん、ないのはそれだけではなく、成功間違いなしのアイディアとともに戦ってくれる仲間もいなかった。

それさえあればなあ、とよく考えたものだ。

その頃、よく読んだり聞いたりした話は、ことを成すために必要なのはお金やアイディアではなく、「世界をよくしたいという強烈な志であって、それさえあれば、ほかのものはついてくる」という話で、ほんとうかなあと懐疑的に思っていた。

どんな高尚な志を持っていても失敗する人がほとんどじゃないのか。

そいつは天上の物語、神話に違いないと。

ところで、ライト兄弟と飛行一番乗りを競ったサミュエル・ピエールポント・ラングレーのことは知っているだろうか。

当時の飛行機開発は最近のインターネットのマーケットのようなもので、世界中の発明家や起業家が世界初の動力飛行機を作ろうと熾烈な競争を続けていた。

そのレースの最先端にいたと思われていたのがラングレーで、彼は資金と人材にまったく不自由のない環境にいた。陸軍省から5万ドルの資金を得ていたし、ハーバード大に在籍し、スミソニアン博物館で働いており、当時の最高の頭脳の人材を確保することができた。

しかし、ご存じの通り、成功したのは、ライト兄弟だった。

彼らにはお金も人材もなく、ラングレーのようにニューヨーク・タイムズから追い掛け回されてもいなかった。

彼らは自らの自転車屋から得られる資金しかなかった。彼らのチームには大学を卒業したものはひとりもいなかった。

その成否をわけたものは、それぞれが持っていたものではなく、望んでいたものの違いだと言われている。

ラングレーは、名誉と富を求めていた。

ライト兄弟は、動力飛行機によって世界を良くしたい、変えたいという大義と理想と信念のために働いてた。

ラングレーは、ライト兄弟が成功したと聞くや、チームを解散した。その資金力や人脈でライト兄弟を支援して良いものにすることだってできたはずなのに。しかし、そうしてもそこには、一番乗りの名誉がないために、彼はあっさりやめてしまった。

ライト兄弟のチームの人たちは、夢を信じ、血と汗と涙を流して働いた。そして、それを達成したのである。

血湧き肉踊る話をもうひとつ。

マイクロソフトは1990年代の半ば、Encartaという百科事典をつくり、究極の百科事典にしようと試みた。

最高のマネージャーを雇い、何千というプロのライターを雇い、まさに、お金と人材をつぎ込んで、最高のものをつくろうとした。

数年後、wikipediaのプロジェクトが始まった。ライターに払うお金は一銭も用意されず、ただそこにあったのは、誰でも使える究極の百科事典をつくって、世界に役立てたいという思いだけであった。

Encarta vs Wikipedia の世紀の戦いの結果を知らないひとはいないだろう。

もちろん、こんな話は例外中の例外であって、やっぱり先立つものは、お金だろうと思われるかたも多いだろう。

僕は42才で会社を辞めて、自分で食えるかどうか、実際にやってみた。

1000万円という退職金をもらったから、お金があったと思われるかもしれないが、家のローンもほとんど残っていて、学費の必要な子供がふたりいれば、それがたくさんあったとは言えない金額だということはわかってもらえると思う。

そして、13年を経た、僕の今の実感は、やっぱり、志が正しければ、なんとか食える、ということだ。

その成果は、動力飛行機やWikipediaのような画期的なものではなくても、お客様に最高のものを提供しようとして努力を続ければ、お客様に生活を支えていただけるように思う。

提供できるサービスの絶対量が大きければ、支えてくれるお客様はより多くなり、自社のスタッフ・社員の生活も支えてくださるようになる。

もちろん、途中で消えていく人も多く見た。その人たちは、たとえば、お客様の利益よりもいつも自分の利益を優先していた人、短期的な利益を長期的な利益より優先した人、努力と勉強と続けない人、さまざまな欲求に負けてしまう人たちであった。

正しい志のもとに進めば、必ず成功するのかといえば、それはまた違う話ではある。

つまり、別のライト兄弟の上に、その栄冠は輝く可能性だってあったはずだ。

しかし、もし、彼らより一日早く、別のライト兄弟が動力飛行に成功していたとしたら、どうなっていただろうか。

ラングレーと同じように、失意にまみれ、たちどころに飛行機の開発をやめただろうか。

もしもの話をしても意味はないが、僕は彼らがそれをやめることは決してなかったに違いないと思う。

一番乗りの栄光を手にしなかったとしても、動力飛行機をより実用的にすること、性能をあげることに、その後の人生も捧げたに違いない。

そして、その人生が栄光の輝きに照らされることがなかったとしても、彼らは動力飛行機の開発に自らの人生を賭けたことを決して後悔しなかったと思いたい。

「志」という言葉は、手垢にまみれてはいるけれど、ときどき取り出してそれを眺める価値は、平凡な僕達にも、大いにあるのである。

*この記事はTEDの有名なふたつの動画から情報を得て書いたものです。どちらもとても面白いので、ぜひ御覧ください。(日本語字幕付き)

PS けんすうさんがスタートアップについての記事をMediumに書いておられます。僕のまったく知らない起業スタイルで勉強になります!

(2015年3月4日「ICHIROYAのブログ」より転載)