30年以上昔、僕がまだ25歳ぐらいのことだ。
もちろん、僕は若者らしくさまざまなものに飢えていた。そして、会社に通いながら、何ものかになろうと、具体的に言うと、物書きになりたいとあがいていた。
僕は『活字』に憧れた。
ノートや原稿用紙に書いてみるのだけれど、本や雑誌で読む『活字』と、僕が手で書く原稿とでは、それが運ぶ情報は同じものであるはずだけど、ぜんぜん違うものに思えた。
自分の書いたものが活字になっているところを見たくて仕方がなかった。
活字になったあかつきには、ブサイクに見える自分の文章も、ぴしっと、一人前のものになるはずであった。
しかし、自分の原稿が何かの賞をとるとか、雑誌や新聞の投書欄に応募して採用されない限り、自分の文章が活字になっているのを見ることはできないのであった。
いや、僕の文章が活字になったことは、それまでに一回だけあった。
大学時代、新入生向けに発行された冊子に、アイスホッケー部の勧誘文を書かせてもらうことになった。
何度も何度も書きなおして、会心の作をつくった。
その冊子ができあがり、自分の文章がそこで活字になっていることを見て、どれほど興奮したことか。そして、その文章は、新入生に響いたらしく、多くの新入部員を獲得することができた。
『活字』に対する熱望はやまず、しかし、もちろん、『活字』への門は固く閉ざされていた。
僕は最終手段に出た。
勤め始めて何回目かのボーナスをつぎ込んで、和文タイプライターを買ったのである。
おそらく、発表するあてもない創作を、活字にするために、和文タイプライターを買うひとは、ほとんどいなかったはずである。
僕は一種の病気であった。
和文タイプライターは、英文のように文字が限られていないので、ひらがな、かたかな、数字、漢字のすべての活字が、広い文字盤に収納されており、そこから目当ての活字を探しだして、ぱっちん、ぱっちんと打っていく。
一文字、一文字、探しながらではあるけれど、たしかに、自分の文章が活字になっていくのである。
僕は狂喜した。
そして、30年の時が流れた。
30年前の僕が欲しかったものは、現在、誰もが簡単に手に入れられるようになった。いまでは、誰もが自分の文章を瞬時に『活字』にできるし、しかも、それを多くの人に読んでもらうことさえできるのである。
若い僕には、とても想像できなかったことが実現している。
そこには予想された技術の進歩もあるけれど、多くは、インターネットの出現など、予想もつかない飛躍的な進歩がおきて、可能になったことだ。
成人を迎えた皆さん、ほんとうにおめでとう。
みなさんの望み、僕の『活字』に対する渇望のようなものは、将来、現実のものになるでしょう。
しかも、あなたの現在の想像をはるかに超えたところまで。
そして、それは、とりもなおさず、あなたたちのみずみずしい創造力が、可能とするのです。
どれほど空虚に聞こえるにしても、たしかに、明るい未来はあなたがたの手中にあるのです。
photo by rakka_pl
(2015年1月12日「ICHIROYAのブログ」より転載)