ブラジルワールドカップに挑む日本代表のアメリカ・フロリダ州、直前合宿も現地時間6月6日のザンビア戦(タンパ)を残すのみとなった。指宿合宿中に右膝を負傷した酒井高徳(シュトゥットガルト)の復帰が長引き、長谷部誠(ニュルンベルク)が右膝負傷をかばった影響か全身に張りを訴えたうえ、岡崎慎司(マインツ)が発熱、長友佑都(インテル)が右ふくらはぎの張り、と主力級の怪我や体調不良が続出しているのが気がかりだ。
とりわけ、長谷部の状態は深刻と見られる。現地時間5月10日の今季ブンデスリーガ最終戦・シャルケ戦で、昨年12月以来の公式戦出場を果たし、帰国後も日本代表の欧州組合同自主トレ、5月21~25日の指宿合宿もフルメニューを消化。5月27日のキプロス戦(埼玉)では後半から出場して、山口蛍(C大阪)との絶妙の距離感とバランス感覚を見せて、完全復活をアピールしていた。
ところがアメリカ入りし、現地時間6月2日のコスタリカ戦(タンパ)に向けて調整していた矢先、全身に張りが出てきたという。右膝の周辺や左足にも違和感を感じたようで、コスタリカ戦はベンチから外れ、スタンドから試合を見ることになった。翌3日もトレーニングには参加せず、4日もアップ以外は別メニューで調整していたという。5日になってようやく全体練習に加わったようだが、6日のザンビア戦(タンパ)前日ということで、戦術確認など軽いメニューにとどめたと見られ、負荷は軽かったはず。そういう練習だから参加できたのだろう。やはり実戦、しかも国際試合となると、体への負担は非常に大きい。
ここで万が一の出来事に直面したら、現地時間6月14日の初戦・コートジボワール戦(レシフェ)どころか、本大会全てを棒に振る羽目に陥りかねない。ザッケローニ監督も「長谷部には初戦に合わせて調整してもらう」とあくまで先を見据えてザンビア戦を欠場させる考えを示唆した。
もしも長谷部を本大会で欠くようなことがあれば、ボランチの選手層は一気に薄くなる。長谷部以外の本職は遠藤保仁(G大阪)、青山敏弘(広島)、山口の3人がいるが、遠藤と青山はゲームメイクを武器とする攻撃的ボランチで、相手の攻撃の芽を摘むなど豊富な運動量で中盤を支えられる守備的タイプは山口だけだ。山口本人は「連戦の体の負担?特に無いですね。しっかり、リカバリーしているし」と涼しい表情で語り、タフさを覗かせていたが、その山口に何かアクシデントでも起きたら、チームが成り立たなくなってしまうかもしれない。
ザッケローニ監督はボランチのバックアップ役として、ユーティリティの今野泰幸(G大阪)に期待を寄せているようだが、現在は酒井高徳、長友の左サイドバックが万全でないため、そのポジションを担うことで精一杯だろう。センターバックで、この4年間コンスタントにチームを支えてきた人間としては、便利屋のように使われることも何処か引っかかるところがあるのかもしれない。もちろん今野はそんな思いがあっても口にも態度にも出さないし、できるところで全力でプレーしようと考えているはずだが、代表ではボランチでプレーした経験が皆無に近いだけに、うまくフィットするか分からない。
この状況を踏まえると、ボランチと両サイドバック、センターバックをこなせる細貝萌(ヘルタ・ベルリン)を、23人に入れておけばよかったのではないかという意見が出てもおかしくない。実際、2008年北京五輪で反町康治監督(現・松本山雅)が守備全ての役割を期待して細貝を入れたように、彼は適応力が高い。いざという時には役に立ったはずだ。
だが、ザッケローニ監督は一度決めた23人で最後まで戦い抜きたいようで、メンバー入れ替えの話は一切出てこない。それだけ今のチームに絶大な信頼を寄せているということだ。数人の負傷者が出ても、今野のような選手をうまく使うことで乗り切れると考えているのだろう。本当にその計算通りに物事が運べばいいが、本番になってみないと分からない部分は多い。
いずれにせよ、長谷部にはコートジボワール戦で100%の状態で戦えるように、しっかりと怪我の回復を促し、コンディションを整えてほしい。この半年間で2試合しか公式戦に出ていない試合勘の不足は気がかりだが、2008年からのドイツでの経験、そして日本代表で戦い抜いてきた実績を駆使して、そのギャップを埋めてくれるのではないか。本人はアメリカ合宿中も自身の体に対する不安を一切出さずに、明るく積極的に振る舞っている。キャプテンとして仲間に動揺を与えてはいけないと気を配っているのだろう。こうした姿勢はチームにプラス効果をもたらすはず。彼のこの先の動向をしっかりと見極めていきたいものだ。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。
(2014年6月6日「元川悦子コラム」より転載)