日本の超高齢化社会の問題点をアンチエイジングと再生医療で解決する。

日本人がなぜこんなに長寿なのか、そのメカニズムをサイエンスで明らかにすることで、高齢者の健康寿命を延ばすことができると確信しています。

「日本の超高齢化社会の問題点をアンチエイジングと再生医療で解決する。」は前編・後編の二部構成でお届けいたします。

本記事は、現在上記課題の最前線で研究している若手研究者二人にインタビューする形になっています。前編は問題提起と老化研究を中心に、後編は再生医療を中心にお届けいたします。

前編:

(1)過去から現在、そして日本の未来

(2)アンチエイジング、再生医療研究からみた超高齢化社会の問題点

 (ア)健康寿命と医療費増大

 (イ)最新の医療がもつ「経済毒性」

(3)老化研究

 (ア)生物はかならず老化する

 (イ)老化を防ぎ、寿命を延ばす

(4)まとめ

後編:

(5)再生医療研究

 (ア)iPS細胞を用いた創薬研究/病態研究で開発費を抑える

 (イ)iPS細胞を用いた再生医療研究が目指す個の医療

(6)まとめ

(1)過去から現在、そして日本の未来

(北原)

高度経済成長期、バブル時代を経験し、戦後先進国の仲間入りを果たした日本は、現在世界に例を見ない早さで超高齢化社会に突入しました。

今後も世界に先駆けて解決すべき問題を多く抱える"課題先進国"であることは間違いありません。

この少子高齢化、人口減少、エネルギー問題等、世界の先進国がやがて直面すると予想される問題を、日本が先駆けて解決することで、世界に明るい未来をもたらすことができます。

普段の日本において、少子高齢化と言えば出生率や、社会保障制度、定年の引き上げといった議論が一般的ですが、今回は、老化研究、再生医療研究の分野において世界で活躍する若手日本人研究者に全く別の視点から意見を聞いてみました。

つまり科学技術立国日本が、科学を用いて世界最先端の難題解決に挑むということです。

昭和22年の65歳以上の人口は5%でした。第2次ベビーブームを過ぎ、少子化が進む現在の日本の65歳以上の人口は25%以上です*1。

そして平均寿命が伸び続けているため、2050年の65歳以上の人口の割合は40%になると予想されています。

これは日本特有の話であって、世界各国、特にアメリカでも高齢化社会に突入すると言われていますが、65歳以上の割合は20%にしかなりません。

それにアメリカは移民を受け入れているので、かならず若い世代が補充されます。

移民も受け入れていない、そして少子化の日本はアメリカのように若者が増えません。

その結果、日本の未来はどうなるでしょう。

今の日本のGDPはすでに中国に抜かれ世界3位ですが、2050年の予想は良くて世界5位、それ以下の予想がほとんどです。

このようにGDPは落ち続けますが、超高齢化社会のために医療費を含む社会保障費は増え続けます。

そしてついに、2050年には破綻するという予想もあります。

実際問題、この医療費を税金として払うのは65歳以下ですが、55%以上の医療費を使用するのは65歳以上です。

それでも日本は先進国に比べたらまだまだ低いという意見もありますが、このまま2050年まで増加し続ければ大変な問題になることは容易に想像できます。

(2)アンチエイジング、再生医療研究からみた超高齢化社会の問題点

 (ア)健康寿命と医療費増大

 (早野)

人の健康と活動、幸福は密接に結びついており、年齢を重ねても元気でいたいと願います。

しかし人は年齢とともに身体的能力が衰え、心臓疾患、2型糖尿病そして神経変性疾患など何らかの病気を患います。

統計的に男性は70歳頃から病気のために病院に行き始め、女性においては73歳頃から平均寿命86歳までの13年間病院にいます。

医療の発達もあり日本の平均寿命が世界一であることは大変喜ばしいことですが、注意しなければならないのは、逆に言えば日本人は不健康な期間もとても長いということです。

その結果、65歳以上の人口割合が多く、労働人口の減少と医療費増大につながります。

日本において高齢者が健康である年齢(健康寿命)を伸ばして医療費を削減すると共に、その能力を生かす必要がありますが、残念ながら日本のエイジング研究は世界で最も遅れをとっています。

それは「老化」を「サイエンス」で捉える感覚が日本にはまだ欠けているからでしょう。

アンチエイジング研究で得られる結果を実際の薬として、定年後も何らか仕事をやりたいと思う高齢者が80%以上いる日本においてこそ、「今」日本において老化研究が求められています。

(イ)最新の医療がもつ「経済毒性」

(三嶋)

超高齢化社会における社会保障費の問題を高齢者の人口割合と、その不健康な期間から取り上げていただきましたが、日本は皆保険制度に加え、高額療養費制度なども用意されています。

再生医療に関わらず、抗体医薬や分子標的薬を始めとする最新の医療に対する単価コストの増大は無視できないものです。

そのような中、最近抗がん剤の分野ではPD-1抗体薬が承認され*2,*3、大変高価な薬としてよく話題になっています。

特定の患者さんには効果の高い素晴らしい薬です。

一方で、このような高騰する最新の治療薬に対して経済毒性(Financial toxicity)という言葉を業界で耳にする様になりました。

薬を創る際には、いかに有害な細胞毒性(cytotoxicity)をコントロールするかということが議論されますが、薬の投与によって生じうる毒性が、患者さんの体以外に、経済的に生じるという意味の単語でとても深刻です。

「経済毒性」はもともと、高騰する抗癌剤に対する患者負担の増大を問題視する論文で2013年に公には発表*4、定義されていましたが、全米臨床腫瘍学会(ASCO)等、国際的ながん学会、免疫治療学会で使用されるようになり、アメリカでは浸透してきたと認識しています。

現在の日本の状況では、この類の薬を皆保険、高額医療療養費制度でまかなっていくことは間違いなく難しいと予想されますので、これからは患者さん個人だけの問題にとどまらず、社会全体の課題として経済毒性は議論されていくと思います。

つまり、超高額医療による社会保障費増大の加速です。

超高齢化社会において、上記にあるように「高齢者が健康である年齢(健康寿命)を伸ばして医療費を削減する」のが重要な事項の一つですが、結局健康になるための医療が増大するという二つのジレンマが今後の課題の一つであることは間違いないと思います。

もちろん大事なのは、費用に対して効果を正しく評価することですので、その辺の混同は避けたいところです。

これらの問題解決に向けてどのような貢献ができると考えているのか、自身の研究であるiPS細胞を用いた再生医療研究を例としてお話しできればと思います。

 それではどうやって、我々はこれらの上述した問題に対応してゆくべきでしょうか、

(北原)

ここからは老化研究、再生医療研究それぞれの視点に立って、前述の問題についてお二人の研究領域がどのようにその問題解決に対して貢献して行けるのか、それぞれの分野の最新の研究の紹介を含めてお話ししていただきたいと思います。

(3)老化研究

 (ア)生物はかならず老化する

 (北原)

まず老化とはいったい何でしょう。

年齢を重ね死に至るまで、各臓器の機能は低下していきます。解剖学的に見てみると、分裂しない細胞はリポフスチンという色素(消えない色素)が蓄積してきます。また、臨床的にCTスキャンで見てみると、加齢と共に脳も萎縮していきます。

老化とは、一般的にはこの機能低下や過程を指す言葉です。すべての生命は老化して死んでいきます。1963年、日本の100歳以上の人口は163人でした*5。

しかし最近は6万人を超え、今後も当然ながら増え続けます。100歳以上になると政府から貰える銀杯の予算も、年間3位億円以上使われるようになってしまいました。

では、この老化を防ぐにはどうしたら良いのでしょう。

(早野)

老化と共に考えなければいけないことは寿命です。

この寿命はいったいどうやって決まるのか?遺伝子で決まるでしょうか?それとも食事などの環境によるものでしょうか?

答えは両方正しいと言えます。

ここでは興味深い話を4つご紹介します。

1つ目は種間での寿命の違いです。

実はクジラなど大きな動物程長生きする傾向にあり、ネズミや虫など小さな動物ほど寿命が短くなります。その原因については代謝や体温、そして産む子供の数の差という説がありますがはっきりした答えはありません 。

我々はその中でも体の大きさと寿命が一致しない動物に興味を持っています。例えば癌を発症せずに他のネズミに比べて15倍も長生きするハダカデバネズミや、逆に魚の中でも非常に寿命の短いKillifishなどです。

人もこの例外に含まれており、猿やゴリラに比べて長生きする理由はわかっていません 。

2つ目は寿命が遺伝する話です。

少なくともC. elegansという虫においては20世代先まで寿命が遺伝します。今ヒトでも寿命は遺伝するのかについて研究が行われていますが、100歳以上生きるセンチネリアンと呼ばれる方々は特殊な遺伝子を持っていることがわかっています。

3つ目は寿命と食事、環境の関係です。

ハチを例に取ってみると蜂は生まれた時は皆同じです。しかし、そのなかのロイヤルゼリーを食べた一匹が女王蜂になることは有名です。

女王蜂の寿命は2年、働き蜂の寿命は約2週間。このことから、生まれた後に寿命が驚異的に変化することがわかります。

人の場合も80歳以上で病気を持たない人の食生活や運動量が寿命に影響を与えることは報告されており、同じ効果を薬で生み出す研究が老化研究で行われています。

4つ目は男女による寿命の差です。

人間では女性がどこの国でも長生きします。それはテロメアが原因かもしれないし、ホルモン、腸内環境そして幹細胞の差かもしれません。

韓国の男性が生殖器を切除して王に仕えるという宦官において寿命が長かったという報告もあり、女性が長寿な理由が年々注目されています。

(イ)老化を防ぎ、寿命を延ばす 

 (北原)

Hutchinson-Gilford Progeria Syndromeという病気で一躍有名になった早老症も2003 年に原因遺伝子が特定されています。

つまり、遺伝子を操作して早老症のマウスを作り、その抗早老症の薬、つまり若返りの薬ができれば老化を止められる、つまり各臓器の機能低下を防ぐことができ、寿命まで健康でいられるという仮説も立てられます。

しかし、これは未だ不明なままです。ではどうやってエイジングをとめるか、どうやったら体の細胞は老化しないのかを最後に聞いてみました。

(早野)

我々エイジング研究者は酵母からマウス、そして人まで様々な種を用いて「老化」を理解し、コントロールしようとしています。

得られた研究結果を実際の薬や技術として人へ応用し、老化による様々な疾患の予防と治療の開発を行っています。

実際に、アメリカにおいては既に 「アンチエイジング」薬は現実のものとなろうとしています。

2016年には2型糖尿病の薬であるMetforminをアンチエイジングの薬として臨床試験がアメリカFDAに認可されました。さらにカロリー制限は酵母からマウス、猿まで老化関連疾患を予防して、寿命を延ばすことがわかっています。

そのため、その下流の因子であるmTORや, NAD+, Sirtuinをターゲットとした薬の開発がグラクソ・スミスクラインやGoogleが始めたCalicoと呼ばれる会社などでそれぞれ開発が始まっています*6。

TEDという講演会のチャンネルで有名になった「バンパイア療法」も有名でしょう。

Alkahestというアメリカの会社では若い人の血清を高齢者に注入して若返りを図る臨床試験が開始されており、マウスではすでに人の血清が記憶力そして心臓や筋肉の機能を改善することが実証されています。

このように、アメリカではサイエンスを元に一つの薬で多くの病気を予防、治療しようという動きが活発化しています。

一方で、世界で最も高齢者が多い日本は老化研究で遅れを取っていますが、慶應義塾大学で今後NAD+をターゲットとしてNMNを用いて老化を制御できるか臨床試験が開始されます。

日本においてこのような老化研究が促進され、起業の促進あるいは製薬会社と大学の共同で薬や技術を開発することが急務とされます。

日本人がなぜこんなに長寿なのか、そのメカニズムをサイエンスで明らかにすることで、高齢者の健康寿命を延ばすことができると確信しています。

高齢者だけでなく若い頃から病気になるリスクを減らし、人の能力を最大限に引き出す可能性を老化研究は秘めています。

(4)まとめ

(北原)

前編では問題提起と老化研究の観点から日本の超高齢化社会の問題点に迫りました。

来る2016年11月12日アメリカはボストンにおいて、日本の超高齢化社会をどう解決するかについてのフォーラムが、JSPS(日本学術振興会)主催で行われます。

課題先進国である日本が少子高齢化社会をどう乗り切るかを世界は注目しています。

現状のみ改善は、ただの延命治療にすぎません。根本的解決策を見つけるには国民的議論が必要です。この深刻な問題点を、後編では日本が世界に誇る再生医療研究の立場からアプローチしていきたいと思います。

(後編の再生医療研究へつづく)

謝辞:本記事の執筆に関わってくださった皆様、この誌面をもちまして多大なるご貢献に感謝の意を申し上げます。また、本記事の内容はインタビュイーの個人的見解を示すものであり、所属する組織の公式な見解ではないことをご留意ください。

■インタビュー(老化研究):早野 元詞(はやの もとし)

博士(生命科学)。東京大学大学院新領域創成科学研究科にて博士号を取得。東京都医学総合研究所研究員、そして日本学術振興会海外特別研究員を得て、現在はHuman Frontier Science Program Fellow及びハーバード大学医学部博士研究員。老化研究、エイジング研究が専門。研究成果を実際の薬や技術の開発に落とし込み、日本の高齢化社会及び経済へアプローチすることに興味を持って活動しています。

■インタビュー(再生医療研究):三嶋 雄太(みしま ゆうた)

博士(医薬学)、薬剤師。千葉大学大学院 薬学研究院にて博士号を取得。ハーバード大学医学部ベスイスラエルディーコネス医療センター博士研究員を経て、現在は日本学術振興会特別研究員、京都大学iPS研究所に所属。再生医療、エピジェネティクス、腫瘍免疫研究が専門。基礎研究、ビジネス、レギュラトリーサイエンスを繋げて、免疫細胞 x iPS細胞を用いた再生医療等製品が患者さんに届くよう、実用化を目指して活動中。

■編者:北原 秀治(きたはら しゅうじ)

日本政策学校 第2期生、オーガナイザー

博士(医学)。ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院博士研究員。専門は解剖組織学、癌研究。日本政策学校、ハーバード松下村塾(通称ボーゲル塾)で政治を学びながら、「政治と科学こそ融合すべき」を信念に活動中。現在シンクタンク立ち上げ準備中。興味のある方、Webを手伝ってくださる方募集しています。

1:総務省統計局

http://www.stat.go.jp/data/topics/topi900.htm

2:PD-1抗体

http://gan-mag.com/special/2510.html

3:独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)審査報告書

http://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/GeneralList/4291427A1

http://www.pmda.go.jp/drugs/2016/P20160224004/180188000_22600AMX00768_A100_1.pdf

4:Zafar SY, Abernethy AP. Financial toxicity - part I: a new name for a growing problem. Oncology (Williston Park). 2013;2:80-1.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4523887/

5:年次統計

http://nenji-toukei.com/n/kiji/10030/100歳以上高齢者数

6:mTOR, NAD+, Sirtuin

https://ja.wikipedia.org/wiki/MTOR

https://ja.wikipedia.org/wiki/ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド

https://ja.wikipedia.org/wiki/サーチュイン遺伝子

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