ハフィントンポストは代議制民主主義

2013年5月に「ネットメディア界の黒船」として、鳴り物入りで始まったネットメディア「ハフィントンポスト日本版」。メディアとしての地位を確立したオリジナルの米国版のように、ネットにおける「良質な言論空間」を目指している。果たして、荒れがちな日本のネット言論空間で、コメント欄の民意を集約して、専門家ブロガーが代弁する民主主義的な空間は実現するのだろうか。

2013年5月に「ネットメディア界の黒船」として、鳴り物入りで始まったネットメディア「ハフィントンポスト日本版」。メディアとしての地位を確立したオリジナルの米国版のように、ネットにおける「良質な言論空間」を目指している。コメント欄の編集では解析システムを活用し、専門家ブロガーの記事を積極的に取り入れるなど、従来のマスメディアにないスタンスを掲げている。果たして、荒れがちな日本のネット言論空間で、コメント欄の民意を集約して、専門家ブロガーが代弁する民主主義的な空間は実現するのだろうか。

■コメント欄を編集して、「良質な言論空間」に

ハフィントンポストは、アメリカのジャーナリストでコラムニストのアリアナ・ハフィントンが始めたネットメディアで、イギリス、カナダ、フランス、スペイン、イタリアと展開して、日本でもスタートから半年以上が経過した。日本版の松浦茂樹編集長は、日本でのコンセプトとして、「ソーシャルニュース」を掲げる。

我々は情報を伝えて、コメントによるユーザー同士のやり取りを促したいんです。それらを再度まとめて、ハフィントンポストで記事化したり、ブロガーが発信したりして、さらにコメントのやり取りがあって議論を深めるのが、ソーシャルニュースのポイントかなと思っています。

そのためには、コメント欄を野放しにしておくわけにはいかない。放置しておけば、荒れてしまう可能性高くなる。

コメント空間の編集もやっています。ライターを集めてコンテンツの質だけ追求という形よりも、ユーザー、読者がコメントを投稿しあえる「良質な言論空間」を作るのが我々の大きなポイントです。アメリカではコメントはおよそ月間30万件です。それを機械的、人為的にカットして、20万件になっています。ネガティブなコメントではなく、ポジティブなコメントによって、議論を前に進めるという方法を取っています。日本でも同様の形で行っていて、他国より少し厳しめかな、というところで空間編集をしています。

人の力だけでなく、テクノロジーも駆使して、コメント欄を編集している。解析システムを活用して、カットすべきコメントやピックアップすべきコメントを判断している。ただし、現状ではコメント数自体がまだ少ない。松浦氏は、2013年末の振り返りの記事「今年もありがとうございました」において、コメント数については、「まだ編集長として満足できる値ではありません」と述べている。

■民主主義がテクノロジーで動かされる

ただ、松浦氏の振り返りによると、コメント欄の書き込み自体は少なくても、ハフポに記事を提供するブロガーの数は、70人から200人に増えているという。このブロガーの役割の重要性について、国立情報学研究所の生貝直人氏が解説する。

ハフィントンポストには3サイドのレイヤー、つまり「中の人(運営)」、「専門家ブロガー」、「コメンテーター」の3つが存在します。なぜ今のネットの上で議論が起きないように見えるのかというと、コメンテーターのところだけで議論し続けるだけでは、なかなか意見が集約されないからです。専門家ブロガーはそれらの意見を、一定の粒度で代わりに発言し、別のブロガーが別の意見を代表して、議論する役割を果たしているように見えます。これはある面を見れば、代議制民主主義の姿に近いものです。

つまり、コメント欄の議論が直接的に活性化しなくても、専門家であるブロガーが、コメント欄の意見のやりとりを代弁することによって、議論が成り立つ可能性があるということだ。ただ、コメント欄はテクノロジーで処理をして、さらに外部の専門家ブロガーが意見をまとめてしまうのであれば、情報を伝えるメディアとして、どう責任を果たすのかが見えにくくなる可能性がある。法政大学の藤代裕之准教授は、1つの懸念を示す。

メディアにはアジェンダ設定という機能があります。読者の声や反応はもちろん見るけれど、アジェンダを決めるのは朝日新聞であり、読売新聞であり、社会をリードしていくという面があったと思います。また、新聞が人々の話題になる前に問題を取り上げることで政策に影響を及ぼしているという研究もあります。人々の議題になる前に、マスメディアが政策決定に関わる政治家などに作用し、新聞が擬似的な政策決定者の議論の場になったということです。

そのうえで、ハフィントンポストのケースについて、

民主主義が、神の手、つまりテクノロジーによって動かされてしまうのではないかという懸念があります。知らない間に議論のあり方、結論が導かれてしまい、民意が決まる可能性があります。その社会システムが自覚されてないと危険です。責任がプラットフォームということで「真空」になり、意識がないとなると、恐ろしい気がするのです。

ハフィントンポストは何らかの方針を持ったメディアなのか、それとも単純に場を提供するだけの「真空」のプラットフォームなのか。「良質な言論空間」を目指す以上、何らかのスタンスが必要になってくるだろう。

■プラットフォームの顔をしたメディア

明確な編集方針を持ったメディアではなく、場を提供するだけのプラットフォームを名乗るネットサービスは多い。ニコニコ動画もプラットフォームであることを2012年12月に宣言している。その問題点について、弁護士ドットコムの亀松太郎氏が指摘する。

ハフポも編集作業をしているわけですから、メディアとしての性質を持っているでしょう。つまり、メディアとしての顔とプラットフォームの顔の両方を持っているといえます。僕がかつていたニコニコ動画も同じ構造です。たとえば、ニコ生の公式番組を放送するとき、運営サイドには企画者がいて、誰を番組に出演させるのかを決めています。生放送ですから、出演者はそれなりに自由にしゃべれるわけですが、誰を出演させるのかは運営側が決めているわけです。

ただし、ネットメディアで編集方針を定めることには難しさもある。亀松氏は、

編集基準のようなものを、はっきりこうだと決めるのは、なかなか難しいのが現実です。ネットで話題になるようなテーマは、社会の中でその評価が揺れ動いているところがありますし、ネットメディアの場合、ソーシャルの声を拾ってきて、それを質問としてぶつけるというやり方をすることもあります。あるコンテンツを○とするか×とするかという時には、結局、編集する側の経験や価値観に基づいて決めるんですが、ネットでどういう反応なのかを見た上で決めているところがあって、そこが今までのマスメディアとは違います。

しかし、仮に「真空」のプラットフォームで、テクノロジーの力のみでコンテンツの選別をしているとしても、そのアルゴリズムを定めているのは運営主体だ。生貝氏は、

アルゴリズムによる選別であっても、それが大きな社会的影響力を持ち始めると、果たして中立で公平なプラットフォームなのかが論点になってきます。例えば検索エンジンのアルゴリズムは非公開ですが、アメリカではその中立性を担保する、フェデラルサーチコミッションのような機関を作るべきだという議論もあります。同じことが、ハフィントンポストの人工知能にも求められてくるかもしれません。

コメント欄を編集する技術や外部の専門家ブロガーの力を活用するにしても、結局は運営側の編集方針が重要になってくるということだろう。ハフィントンポストでは、コメント欄の力を生かすために、自らキャンペーン報道も行っている。日本版の記者である猪谷千香氏は、

少子化の問題について、ソーシャルメディア上で「女性手帳」の問題がホットな議論になりました。内閣府の「少子化危機突破タスクフォース」の委員である吉松育美さんが意見書を出していて、ツイッター上で話題になっていたので、本人にインタビューしました。すると、その記事(「女性手帳だけじゃない少子化危機突破の『切り札』」)が拡散しました。ソーシャル上の興味や話題を引っ張ってきて、それを材料に実際に取材して記事にまとめると広がっていく、という経験でした。その後も、さらにユーザーからの反響を受けて取材を重ねて、「女性手帳」問題だけで3本も記事を書きました。最終的に森雅子・少子化担当大臣にインタビューすることになりました。

このように、アジェンダ設定をして、コメント欄を活性化させる人為的な力も非常に重要になっていることが分かる。今後、ネットニュースの世界にも、ますますテクノロジーの力が入ってくることが想定される。その中で、ジャーナリストとして、どのような方針を持っているのかが改めて問われることになりそうだ。(編集:新志有裕)

※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第3回討議(13年6月開催)を中心に、記事を構成しています。

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