ビットコインは通貨のインターネットなのか、という議論が以前から続いている。
その議論を一歩進め、もしそうだとすると、社会のプラットフォームとしての可能性は、どう発展させていけばいいのか。
そんなことを考えさせる動きが相次いでいる。
預金引き出し制限など、財政危機で混乱の続くギリシャでは、にわかにビットコインへの注目が集まっているようだ。
ニューヨーク証券取引所はビットコイン価格の指標配信を開始した。
新興企業向け米株式市場「ナスダック」も、取引記録の管理台帳にビットコインの基盤技術「ブロックチェーン」を使う実験を行うという。
さらに、取引が禁止されているはずの中国の人民元が、ビットコイン取引の8割を占め、株価急落を受けて、レートは上昇を続けている。
ビットコインなどの仮想通貨の研究プロジェクトを立ち上げたマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長の伊藤穣一さんは、6日に東京・虎ノ門ヒルズで開かれたイベントでこう述べた。
(この動きに乗るかどうか)その分岐点のタイミングに来ているんじゃないか。
●1000億円超の投資
ビットコインの米調査会社「コインデスク」のデータによると、ビットコイン関連のベンチャーに対する投資総額は累計で8億5157万ドル(約1045億円)。
2012年の213万ドルから、13年には9505万ドル、14年には3億6153万ドル、そして今年は現時点ですでに昨年を上回る3億9286万ドル。急速な勢いで伸び続けている。
今、ビットコインはどんな状態なのか。
ビットコインが登場したのは2009年初め。13年ごろから一般の関心を集めるようになり、年末にかけて対ドル交換レートが急騰。一時、1ビットコインが1000ドル近くに跳ね上がるバブルの状態になった。
昨年2月、世界最大の取引所だった「マウントゴックス」の破綻もあって急落。だがその後持ち直し、現在は250~300ドル前後で推移している。
ビットコインの発行には2100万枚の上限が設定されており、これまでに1430万枚、7割近くが発行済み。時価総額では42億ドル(5200億円)という規模の市場になっている。
登場から6年、世間の注目を集めるようになってからわずか2年程度で、5000億円超の市場規模と1000億円の投資。
目まぐるしい動きだ。
●インターネットとの共通点と違い
ビットコインをインターネットに例えるのには、それなりの理由がある。
中央で制御する管理者がいない分散型のネットワークで、その基盤技術は公開されていて自由に使えるというオープンな仕組みであるという点が、ビットコインとインターネットの最大の共通点だ。
ビットコインは、中央のサーバーを持たないピア・ツー・ピア(P2P)のシステム。システムやそれぞれの取引の信頼性を担保する特定の機関はない。
その代わり、ビットコインの基盤技術「ブロックチェーン」が取引記録を検証・保存する役割を担う。
これは、公開鍵の楕円曲線暗号(ECDSA)、ハッシュ関数(SHA256)などの暗号技術と、「マイナー(採掘者)」と呼ばれる参加者が提供するデータ処理能力によって、偽造や二重使用の防止など安全性を確保する仕組みだ。
さらに共通点として挙げられるのが、そのレイヤー(階層構造)の仕組みだ。
インターネットでは、物理的な通信回線を制御する階層から、データをやりとりする階層、アプリケーションやコンテンツを扱う階層など、役割に応じてレイヤーが分かれている。
伊藤穣一さんは、自らが共同創業者であるデジタルガレージ主催のイベント「ニュー・コンテクスト・カンファレンス(NCC) デジタル通貨と仮想現実の未来」(6、7日・虎ノ門ヒルズ)で、こう指摘した。
レイヤーに分けて、各レイヤーで競争をして、各レイヤーで標準化して。各レイヤーをアンバンドル(分割)することによって技術が進化していくという、このレイヤーを分けるモデルがインターネットのすごく重要な特徴。
そして、ビットコインについては、こう述べる。
ビットコインは(インターネットにおけるアプリケーションとしての)Eメールみたいなもの。ブロックチェーンのような新しい技術を普及させるための、キラーアプリがビットコイン。
伊藤さんは4月、所長を務めるMITメディアラボに、ビットコインの専門家らを集めた研究プロジェクト「デジタル・カレンシー・イニシアチブ」を立ち上げた。
その背景には、インターネットとビットコインの違いに起因する問題意識があった、という。
インターネットは10年ぐらいかけて、ネットスケープだとかイーベイに投資して積み上げられてきた。標準化機関だとか技術者が比較的中立な立場で、インターネットの壊れているところを直していって、しっかりしたインフラの上でいろんなビジネスが作られた。
伊藤さんの言うように、インターネットはその標準化機関「IETF」や運営方針を協議する「ISOC(インターネット協会)」などの国際団体が、その仕組みを支えてきた。実際に伊藤さん自身も、インターネットのドメイン名、アドレスを管理する国際団体「ICANN」の理事を務めた経験もある。
このインターネットの発展に比べて、ビットコインは規模拡大の時間がものすごく短縮されている、と伊藤さんは言う。
僕が一番心配しているのは、ビジネスの方に今すごくお金がたくさん投資されている。けれども、そもそもこのビットコインって安定しているのかとか、どうやってこれからガバナンス(統治)するのかとか、いろんな技術的な問題もある。このビットコインのやり方は正しいとか、これは危ないとか、こういう風に考えるべきだっていう、中立的なアーキテクチャー(構造設計)をきちんと作る必要がある。これは、いままでなかったような危機だと思うんですね。
ビットコインの可能性と、拡大のスピードに比べて、環境整備が追いついていないことへの危機感だ。
●動き出す中核プレイヤー
ビットコインに注目を集めた一つのきっかけは、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長(当時)だった。
2013年11月、ビットコインに関する米上院の公聴会への書簡で、ビットコインなどの仮想通貨について、リスクはあり、注視は続けていくものの、「長期的には可能性をもつ領域があるかもしれない。ことにイノベーションによって、より速く、安全で効率的な決済システムが促進されていくなら」との表現を使い、これが肯定的な評価と受け止められたのだ。
米国の積極的な動きは続いている。
シリコンバレーの著名ベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロヴィッツ」は、ビットコイン関連への積極的な投資で知られる。
共同創業者、マーク・アンドリーセンさんは、初期のウェブブラウザ(閲覧ソフト)「モザイク」「ネットスケープ・ナビゲーター」の開発者として知られ、1995年のネットスケープ・コミュニケーションズ社のIPOは、インターネットネットブームの幕開けとされた。
そして今は、「通貨のインターネット」の先導役を務める。
世界最大級の投資銀行、ゴールドマン・サックスも4月末、ビットコインベンチャーの「サークル・インターネット・フィナンシャル」に共同で5000万ドル(約61億円)の投資を行うことを発表した。
同取引所グループ社長のトーマス・ファーリーさんは、その中でこう述べている。
ビットコインの価格は、私たちの顧客が、この新興の資産の取引や売買、投資を検討する上で、フォローしておきたいデータポイントに急速になりつつあります。
ナスダックもやはり5月、ブロックチェーンの技術を使った実験に乗り出すと発表している。
最高経営責任者(CEO)のボブ・グレイフェルドさんはこうコメントしている。
証券の現物に縛り付けるエプロンのヒモを一度断ち切ってしまえば、ブロックチェーンの可能性は、私たちの顧客だけでなく、広くグローバルな資本市場に恩恵をもたらすでしょう。
法定通貨の価値や機能の源泉は、政府・中央銀行への信頼にある。だがビットコインを支えているのは、国境を越えた分散ネットワークと暗号技術が、システムとして担保する信頼だ。
一国の経済状況に左右されない点が、このような国々でビットコインへと人々を引き寄せる。
経済危機のただ中にあるギリシャでもビットコインは注目を集め、4週間でその利用は500%増加したという。
そして、ゴールドマン・サックスが3月に発表した調査によると、ビットコインの通貨別取引規模では、中国の人民元が8割近くを占め、ドルは2割弱にとどまる。
今回の株価急落の混乱を受けて、中国の主要なビットコイン取引所では、この1週間でレートが1700元(約3万3000円)前後から2000元(約3万9000円)前後へと上昇。
ビットコインが現実の経済の映し鏡となっている。
すでに社会プラットフォームの一端を担い始めているということだろう。
●規制の動きも
ビットコインなどの仮想通貨をめぐり、国際的にもマネーロンダリング(資金洗浄)対策の必要性が指摘され、規制に向けた動きが始まっている。
日本でも監視強化に向けた法整備の動きがあるようだ。
NCCのスピーチの中で、ビットコインの急速な広がりについて、伊藤さんはこんな風にも指摘していた。
インターネット(の黎明期)と同じで、あんまり躊躇して待っていると、たぶん乗り遅れてしまいます。
(2015年7月12日「新聞紙学的」より転載)