ソニー・ピクチャーズエンタテインメントへのサイバー攻撃によって、大量の電子メールなどが流出している問題は、日を追うごとに新しいスキャンダルが報じられる。
あまりに案件がありすぎて、各メディアは「ソニーハック:10の新たな出来事」(ハリウッド・リポーター)や「ソニーハックによる最も厄介な8つの暴露」(ヴォックス)など、すでにまとめ作業に入っている。
発端は、北朝鮮の金正恩第1書記の暗殺をテーマにしたコメディー映画「インタビュー」をめぐる騒動と見られている。
そして、流出メールから出てくるニュースは、スティーブ・ジョブズ伝記映画の主役が誰か、といった話題から、「ハリウッド対グーグル」や「流出メールと報道差し止め要求」など、波紋の範囲も急速に広がっている。
●漏れ出す「ハリウッドの舞台裏」
サイバー攻撃が明らかになったのは11月24日。
ソニー・ピクチャーズ社内のパソコンが乗っ取られたといい、その画面に表示されたという、どくろのイラストに「Hacked by #GOP」と書かれた画像がネット掲示板「レディット」などに出回った。
画像には、内部データを入手しており、要求に応じなければ、それらを公開する、との警告文。さらに、「11月24日午後11時(グリニッジ標準時)までに態度を決めろ」として、データのアップロード先のアドレスが示されていた。
「#GOP」とは「ガーディアンズ・オブ・ピース」という攻撃者の名称らしい。
そして流出したファイルには、以下のようなものが含まれていたという。
・キャメロン・ディアスさんやアンジェリーナ・ジョリーさんら俳優やスタッフのパスポートやビザなどの身分書類のPDFファイル。
・700を超すパスワードファイル。
・179のメールの保存ファイル(pstファイル)。
・パスワードのかかった文書とそのパスワード。
・映画の製作予算と俳優らとの契約書類。
●攻撃の中身
サイバー攻撃を受けて、ソニー・ピクチャーズはネットセキュリティ会社「マンディアント」に調査を依頼している。
「マンディアント」は米国などへの大規模サイバー攻撃に、中国人民解放軍サイバー部隊(61398部隊)が関与しているとの報告書を公表し、話題を呼んだ会社だ。現在は「ファイア・アイ」傘下にある。
「マンディアント」のメモによると、今回のサイバー攻撃はこれまでに前例のないもので、使われたマルウエアは、通常のウイルス対策ソフトでは検知できないという。
攻撃は設備の破壊と秘密情報の公開の両方を狙っており、組織的に、非常に計画的に行われているという。
米連邦捜査局(FBI)も、12月1日に関係業界に対して緊急アラート(#A-000044-mw)を出し、警戒を呼びかけているようだ。
それによると、マルウエアはコンピューター起動時に最初に読み込まれるマスターブートレコード(MBR)とすべてのデータファイルを上書きすることができるのだという。
トレンドマイクロが解説を公開している。
ソニー・ピクチャーズが、流出ファイルのダウンロード阻止に動いた、との報道もあった。
●情報の中身
流出した情報の中身は多岐に及んでおり、すでに日本でもかなり報道されている。
すでにその損害額は「120億円にも」(ロイター)との試算まで出ている。
従業員個人に対して、「家族に危害を加える」との脅迫メールを送られているようだ。
流出情報では、「トム・クルーズでスティーブ・ジョブズ伝記映画の構想」「ジョージ・クルーニーが『マードック傘下の大衆紙盗聴事件』映画化へ」など、映画関係の話題も多い。
ただ、下記のようなニュースもあり、「人種差別」「女性差別」など、ハリウッド・ゴシップにとどまらないインパクトを与えている。
●ハリウッド対グーグル
その中でも、この話は目を引いた。「ヴァージ」が報じた、「ハリウッド対グーグル」だ。
それによると、米国映画協会(MPAA)とユニバーサル、ソニー、フォックス、パラマウント、ワーナー・ブラザース、ディズニーの6社は、ネット上の海賊版掃討のため、強力な敵対勢力「ゴリアテ」対策を話し合っていたという。その名も「プロジェクト・ゴリアテ」。
「ゴリアテ」はすなわち、グーグルのことを指すようだ。
ハリウッドが推進していた「オンライン海賊行為防止法案(SOPA)」は2012年、「自由なインターネットを阻害する」としてグーグルなどのネット事業者による抗議行動によって廃案になった。
その遺恨試合はなお続いており、「目的達成のためには問題サイトのブロッキングが必要、との前提でプロジェクトを進めよう」とのメール内容を紹介している。
ハリウッドの知的財産権保護のため、ネット上のブロッキング(通信遮断)などの措置を推進し、その反対派の急先鋒と目されるグーグル対策に余念がないようだ。
これは結構生々しい話。
●流出メールを報じる
北朝鮮の関与も推測されている今回のサイバー攻撃。
それによって流出したメールの内容は、報道すべきなのか、という声もあるようだ。
「プロジェクト・ゴリアテ」を報じた「ヴァージ」は、同時に、エンターテイメント・エディターによる、こんな声明文を掲載している。「私たちがソニーの流出情報を報じる理由」
私たちは大規模なサイバー攻撃によって情報を得た。攻撃の主目的は、映画会社が表現の自由を行使することに対する〝処罰〟だ。その皮肉な成り行きは私たちも理解している。
しかも北朝鮮やそのシンパが意図をもって攻撃したのだとすれば、なおさら。
ただ、情報はいったん公になってしまえば、それ自体は中立なものとなる、というのがインターネット時代の一般的な考え方だ。
そして、こう述べる。
その情報から得た価値は、それをどのように入手したかを上回るか。私たちはMPAAについて、これを知らせることには重要な意味があると判断した。
●ニュース価値はあるか
流出メールを巡っては、ニューヨーク・タイムズの記者が、インタビュー記事を掲載前に取材先であるソニー・ピクチャーズ幹部の夫に見せた、との疑惑をバズフィードが報じた。
これに対して、タイムズのパブリック・エディターが反論。実際に記事を見せた事実はなかった、とのコラムを掲載している。
この中で、流出メールを報じることに疑問の声があることについて、やはりこう述べている。
スノーデン事件をめぐる議論を蒸し返すつもりはない。だが、ハリウッドの幹部が大統領について人種差別的なジョークを口にしたのなら、それは報じるべきニュースだろう。
なるほど。
●報道差し止め要求も
ソニー・ピクチャーズは14日、メディアに対し、流出メールの報道をやめ、流出メールをダウンロードしている場合には、その破棄を求める書簡を送ったという。
その一方、ニューヨーク・タイムズは15日付けの1面で、この間の、ハリウッドのソニー・ピクチャーズと東京のソニー本社、さらには北朝鮮と日本政府のせめぎ合いを、流出メールと関係者のインタビューをもとにまとめている。
特に、日本と北朝鮮との関係では、拉致問題も絡み、「インタビュー」の騒動が単なるコメディー映画というだけではすまない事案となっていたという。
このため、ソニー本体がハリウッドの判断に口は出さないという25年の慣行を破り、平井一夫CEOがその内容の修正を求めた、としている。
今回の攻撃者「ガーディアンズ・オブ・ピース」は、25日に予定されている「インタビュー」の公開中止を要求しており、「もっと大きなクリスマスプレゼントを用意している」との声明を出しているようだ。
(2014年12月14日「新聞紙学的」より転載)