「ロシア疑惑」相次ぐメディアの誤報/「フェイクニュース」攻撃強めるトランプ大統領

誤報の当事者は、CNN、ABCニュース、ロイター、ブルームバーグといったいずれも大手。

米大統領選をめぐるトランプ陣営の「ロシア疑惑」をめぐり、メディアのスクープ合戦が激化する中で、メディアによる手痛い誤報が、およそ1週間のうちに3件も相次いだ。

mrdonduck

しかも誤報の当事者は、CNN、ABCニュース、ロイター、ブルームバーグといったいずれも大手。

誤報の経緯について、今のところ詳細は明らかになってはいない。ただ、うち2件は、日付や時期の取り違えによって、ニュース価値が180度変わってしまう、というケースだった。

政治的な情報戦の様相も呈する「ロシア疑惑」。相次ぐ誤報は、そんな状況をさらに混迷させる。

メディアに対する「フェイクニュース」攻撃を続けるトランプ大統領は、この事態を受けて、さらにその勢いを強めている。

●CNNの「スクープ」

「スクープ:トランプ陣営へのウィキリークス文書提供を示すメール」

CNNは8日金曜日の朝、そんなスクープを報じた

CNN

当初の報道によると、大統領選終盤の2016年9月4日、「マイク・エリクソン」と名乗る人物から1本のメールがトランプ氏、長男のトランプ・ジュニア氏、その個人秘書などに宛てて送られた、という。

そこには、サイバー攻撃による流出文書を、ウィキリークスが保存しているとするアドレスと、その暗号解除キーが含まれていた、という。

また、トランプ・ジュニア氏が同じ9月4日に、ウィキリークスに関する右派サイトの報道をツイッターで紹介していた、とも述べていた。

さらにCNNの報道では、このメールは「ロシア疑惑」を調査中の連邦議会にも提出されており、この報道の2日前、下院情報特別委員会で非公開の聴取を受けたトランプ・ジュニア氏は、このメールのことも問いただされた、としていた。

CNNの報道は、議会筋の情報源をうかがわせる書きぶりだが、メールの具体的な内容にまでは踏み込んでおらず、その流出文書が何を指すのかも特定されてはいなかった。

ただ、ウィキリークスはこの2カ月前の7月22日から、サイバー攻撃で流出した民主党全国委員会のメールなどの公開を始めていた

CNNの「スクープ」を受け、CBSニュースも同日、このメールの件を報じている。

●ワシントン・ポストが否定する

CNNが「スクープ」を伝えた同じ日の午後1時(東部時間)、ワシントン・ポストが

「トランプ陣営へのウィキリークス文書のメールは公開済みの内容」

ポストは、CNNが「スクープ」した問題のメールの、"現物"を入手。送信された日付が、CNNの伝えた9月4日ではなく、その10日後の9月14日だったと指摘した。

さらに、メールには「ウィキリークスが民主党全国委員会からの流出ファイルのアーカイブを追加公開(大量678メガバイト)」と書かれており、公開先のリンクと"暗号化解除キー"が記されていた、と説明。

その上で、この内容は前日の9月13日、ウィキリークスのツイッターアカウントがすでに明らかにしていた、と報じた。

メールにはさらに、パウエル元国務長官の流出メールの公開についても述べられていたが、これも9月14日未明に、すでに明らかにされていた内容だった。

つまり、トランプ氏らに送られたメールの中には、"秘密情報"は含まれていなかった、ということだ。

メールの送り主「マイク・エリクソン」は航空会社のオーナーと自己紹介しているようだが、その素性は、やはり明らかになっていない。メールは、ヤフーメールのアカウントから送られていた、という。

ウォールストリート・ジャーナルも、早速、この件を記事にしている

●CNNの訂正

ポストによる否定報道を受け、CNNは午後3時45分、記事の誤りを認めて、

見出しは「トランプ陣営にウィキリークス文書示すメール」と修正。記事の冒頭には、次のような訂正文を掲載した。

訂正:この記事は、メールの日付を2016年9月4日ではなく、9月14日と訂正してあります。また、記事では見出しを修正したほか、2016年9月4日にトランプ・ジュニア氏がウィキリークスに関して投稿したツイートについても、削除しました。

また、記事の中でも、こう説明している。

CNNは当初、メールを目にした2人の情報源による説明に基づき、メールは実際より10日早い9月4日に送付された、と報じた。だが、新たに判明した詳細によると、メールの発信者は、一般でも入手可能な情報を伝えていることが明らかになった。新たな情報により、このメールの送付は、CNNが当初報じたような重要性がないことがわかった。

CNNの「スクープ」を追いかけたNBCニュースも、訂正を出している

だが、そもそものCNNは、なぜこんな間違いをしたのか。

CNNのメディア担当記者、オリバー・ダーシー氏が経緯をまとめているが、肝心の原因についてははっきりしない。

記事は、議会担当のシニアコレスポンデント、マニュ・ラジュ氏と、政治記者、ジェレミー・ハーブ氏との連名になっており、2人の匿名情報源に取材して書かれたものだという。

だが、当初の記事を読む限りでは、メールの現物を目にしてはいなかったことが伺える。

ただ、ダーシー氏の記事によると、2人の記者は、匿名の情報源を報じる際に社内チェックと承認が必要とするCNNの編集基準に準じており、この件に関する処分は検討されていない、という。

またCNNは、情報源が意図的に記者らをだましたという可能性も否定している、という。

とすると、2人いた情報源が、そろって日付を見間違ったか、思い違いをした、という不可解な状況になる。

●ABCニュース、ダウの急落招く

時期が前後することで、ニュース価値が消滅し、誤報となる――。似たようなケースはその1週間前、ABCニュースでもあった。

ABCニュースのベテラン調査報道記者、マイケル・ロス氏による、1日付の元国家安全保障担当大統領補佐官、マイケル・フリン氏をめぐる「スクープ」だ。

フリン氏は大統領選期間中からのトランプ氏の側近で、政権発足とともにホワイトハウス入り。だが、補佐官就任前に当時のロシア駐米大使、セルゲイ・キスリャク氏と接触していたことをめぐり、1カ月足らずで辞任した。

「ロシア疑惑」を捜査しているマラー特別検察官は12月1日、フリン氏を、キスリャク氏との接触に関して連邦捜査局(FBI)に虚偽証言をしたとして偽証罪で起訴。同日行われたワシントンの連邦地裁での罪状認否で、フリン氏は有罪を認めている

ロス氏はこの日、ABCの生放送の報道特別番組の中で、フリン氏が、まだ候補者だったトランプ氏から大統領選の期間中に「ロシアと接触するよう指示を受けた」と、特別検察官チームに証言する決意を固めた、と「スクープ」。情報源は「フリン氏の側近」とした。

Twitter

これが事実とすれば、ロシア政府による米大統領選介入という「ロシア疑惑」の本筋を、当事者が裏付けることになるかもしれない重大証言だ。

この報道を受け、トランプ政権の混乱への懸念から、ダウ平均は一時、350ドルも下落する事態となった。

「スクープ」を流したのは1日午前11時ごろ。ところがロス氏は、同日午後6時半には、トランプ氏の指示は選挙期間中ではなく選挙後で、ロシアとの接触の目的は、シリアにおける「イスラム国」対策の協力に関するものだった、と報道内容を修正する

ABCは翌2日に出した声明でこう述べている

我々は昨日の深刻な誤報について、誠に遺憾であり、ここに謝罪します。ブライアン・ロス氏が特別法道番組で伝えた内容は、我々の編集基準のプロセスで十分に審査されたものではありませんでした。その後も数時間にわたって取材を継続した結果、この情報は誤りであると判断し、放送とネットで、この誤りを訂正しました。

選挙の前と後では、事情は大きく変わってくる。トランプ氏の指示の時期が当選後で、しかも、その内容も「イスラム国」対策となると、ニュースのインパクトは一気に下がる。

ABCの場合、誤報の原因はなんだったのか。

記事から読み取れるのは、「スクープ」の情報源がフリン氏の側近とされる人物1人だけだったことだ。

そして、トランプ大統領のフリン氏への指示が選挙前か選挙後か、という問題は、この側近とロス氏とのやりとりの齟齬のように見える。

結局、ロス氏はこの誤報問題により、4週間の無給の職務停止処分となった

●特別検察官の文書提出命令

さらに、
にも、「ロシア疑惑」をめぐる問題の記事があった。

報道があったのは5日の火曜日。マラー特別検察官が数週間前に、トランプ大統領に3億ドル以上の貸し付けを行っているとされるドイツ銀行に、トランプ氏と家族の口座に関する文書提出命令を出していた、との「スクープ」だ。

だが、ウォールストリート・ジャーナルは間もなく、ドイツ銀行へのマラー氏からの文書提出命令はあったが、トランプ氏本人に関するものではなく、トランプ氏および周辺と取引のある関係者の口座についてだった、と報じた

トランプ氏本人や家族の口座の調査と、取引関係者の口座では、やはりインパクトに違いが出てくる。

ロイターは、当初の記事を削除し、改めてトランプ氏の弁護士の否定コメントをメインにした記事を配信。ブルームバーグは当初の記事を修正し、訂正の表記を加えた。

また、誤りを指摘したウォールストリート・ジャーナルも、サブ見出しで「大統領の口座の文書提出命令」としていた点を訂正。「大統領との取引関係者に関する文書提出命令」と修正している。

いずれも匿名の情報源によるもので、間違いの理由は明らかになっていない。

●大統領のツイート

自らに批判的なメディアに対して「フェイクニュース」と攻撃し続けてきたトランプ氏。

相次ぐ誤報と訂正に、早速反応している。

例えば、ABCのロス氏の職務停止処分を受けて、2日夜にはこツイッターでこう述べている

ブライアン・ロスの職務停止おめでとうABCニュース。彼のロシア、ロシア、ロシアの魔女狩り報道は恐ろしく不正確で不誠実だった。もっと多くのネットワーク局と"新聞社"も、自らのフェイクニュースについて、同様の処分をすべきだ。

さらに、9日朝には、CNNの訂正を受けて、こう述べている

フェイクニュースのCNNがきのう、悪意のある意図的な間違いを犯した。CNNは現行犯で取り押さえられた。哀れなABCニュースのブライアン・ロスのように(彼は"誤報"の責任で直ちに解雇されるべきだ)。CNNが責任者たちを解雇するか、あるいはとんでもない無能さをさらすか、しっかりと確認しようじゃないか。

●「積極的に、慎重に」

ABCニュースの検証記事の中で、ポインター研究所上席研究員でジャーナリズムアナリストのロイ・ピーター・クラーク氏は、このような誤報がジャーナリズムに及ぼす影響について、

この2年の間に、政治風土に重大な変化があった。この変化は、ジャーナリズムのあり方にも多くの影響を及ぼしている。米国大統領がメディア全体を指して「人民の敵」と呼ぶ中で、大統領の見解を支持する人々は、ジャーナリズムの特定の行為を取り上げて、大統領の言っていることが正しい証拠だ、と受け止めるだろう。

このようなことが続けば、その影響はジャーナリズム全体に波及する、との指摘だ。そして、ジャーナリストに対し、こうアドバイスする。

問題は、このような間違いは、それが最終的に訂正され、記者が処分を受けたとしても、現状でもすでに敵対的な言説に、さらに油を注ぐことになる。たとえそれが明らかなミスであったとしても、メディアを攻撃する人々によって、偏向だと言い換えられる可能性があるのだ。この政治風土の中で、ジャーナリストたちは、より積極的であると同時に、より慎重であることが非常に大事だと思う。

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■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)6月13日発売。

(2017年12月10日「新聞紙学的」より転載)

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