ソニー・ピクチャーズへのサイバー攻撃騒ぎで、見逃していたニュースがあった。
ニューヨーク・タイムズが、ニュースの「クラウドソーシング」のためのオープンソース・プログラム「ハイヴ」を公開したという、比較的地味な話題だ。
タイムズは、このほかにもワシントン・ポスト、モジラとともに、ユーザーコメントなどニュースサイトのコミュニティ機能を進化させる「コーラル・プロジェクト」にも取り組んでいる。
ニュースへのユーザーの「参加」は、2000年前後から繰り返しジャーナリズムの話題になってきた。
ただ、ソーシャルメディアブームの中でその議論の焦点がぼやけ、脇に置かれた感もあるテーマだ。
それだけに、この新しい動きには注目したい。
●ユーザーの力を借りる
ニューヨーク・タイムズの「ハイヴ」のもとになったのは、同紙が昨年10月に始めたプロジェクト「マディソン」だ。
これは、1960年代のタイムズに掲載された広告の画像をネットで公開し、ユーザーに広告の種別や内容といった書誌情報を入力してもらうという、「クラウドソーシング(群衆への外注)」のプロジェクトだ。
タイムズは1851年の創刊号からの紙面イメージデータベース「タイムズマシン」を構築している。
記事のデータベース化はできていたが、紙面イメージの中に掲載されている広告については、検索可能な形での書誌情報がなかったのだという。
そこで、広告のデータベース構築に、ユーザーの力を借りるプロジェクト「マディソン」が立ち上がった。
操作画面はいたってシンプルで、ランダムに選ばれた広告の画像について、「単体の広告」「広告の一部」「複数の広告」「広告ではない」の四択で分類したり、企業名をタグ付けしたり、広告内容を具体的に書き込んだりできるようになっている。
このプロジェクトに参加したユーザーは、データを入力した回数によって、「読者」「新米調査員」「調査員」とランクが上がってくるゲーム要素もある。
当初は1960年代の紙面が対象だが、順次対象を広げていく予定とのことだ。
ギガオムのマシュー・イングラムさんの記事によると、すでに1万4000人が10万本の広告のデータ入力を終えているという。
●ガーディアンとプロパブリカ
メディアのクラウドソーシングというと、有名なのは英ガーディアンが2008年から2009年にかけて行った「英国会議員経費乱用問題」だ。
閣僚や下院議長の辞任、刑事事件にも発展したこの問題で、ガーディアンは専用サイトを開設。
議会が公表した領収書など40万件に上る資料のチェック作業を、独自プログラムを開発して読者にも呼びかけ、2万3000人が協力したという。
同様の取り組みには、米調査報道NPO「プロパブリカ」が2012年から行っているプロジェクト「フリー・ザ・ファイルズ」もある。
これは、選挙広告に使われる資金の流れを可視化する取り組みだ。
やはり独自開発のプログラムを使い、米連邦通信委員会(FCC)から情報公開で入手した資料について、「候補者」「扱った広告会社」「金額」などの情報を、ユーザーに入力してもらう仕組みだ。
プロパブリカは2013年7月、このプログラム「トランスクライバブル」を、オープンソースとして、プログラム共有サイト「ギットハブ」で公開している。
●汎用プログラムとして
タイムズの「ハイヴ」は、これらの前例を踏まえながら、さらに幅広いクラウドソーシング・プロジェクトで使えるように、柔軟に設計されている、という。
グーグルが開発したプログラム言語「Go」、さらにデータベースには「エラスティックサーチ」と、いずれもオープンソースのもので構築している。
●コメント欄の進化
「コーラル・プロジェクト」は、2014年6月に発表されたもので、タイムズ、ワシントン・ポスト、モジラの共同プロジェクトに、ナイト財団が2年間で389万ドル(4億6800万円)の資金を提供する。
こちらもオープンソースのプロジェクトだ。
タイムズとポストは、グーグルとの3社で、読者の関心に応じたニュース提供プログラムを開発するプロジェクト「リビング・ストーリー」を2009年から2010年にかけて行った経緯もある。
「コーラル・プロジェクト」当初計画では、いくつかのプロジェクトの柱が掲げられている。
・ユーザー作成のコンテンツを採用、パッケージ化しやすくする。
・大規模な報道機関でのみ見られるような没入型(イマーシブ)でユーザー操作型のコンテンツを、その他の報道機関でも作成できるよう支援する。
・ジャーナリストがそのコミュニティの中のユニークな意見を見つけられるようなプラットフォームを提供する。
・専門家にアクセスすることでコンテンツの質を高め、読者に価値あるものにできるような仕組みをつくる。
・ジャーナリストとユーザーの関係を変え、コメントを会話へとシフトさせる。
●コメント欄を廃止する
コメント欄を巡っては、逆の動きも出ている。
ロイターは2014年11月、ニュースをめぐる議論の多くは「ソーシャルメディアやオンラインフォーラムに移っていった」として、コメント欄の廃止を公表し、話題を呼んだ。
人気テックニュースサイト「リ/コード」も同月、やはり同じ理由からコメント欄廃止を明らかにした。
これに対してニューヨーク・タイムズは、同年1月のサイトのリニューアルでも、コメント欄を記事の一番下ではなく、記事横に表示するなどして、コンテンツとしての存在感をアピールしている。
「クラウドソーシング」進化、さらにコメント欄の進化を目指す「コーラル」などの取り組みは、今後どう展開していくのか、とても気になる。
(2015年1月4日「新聞紙学的」より転載)