米国のメディア界で大きな地殻変動が起きている。それを象徴するような報道が週末にかけて、立て続けに流れた。
ルパート・マードック氏率いる21世紀フォックスの売却をめぐる争奪戦から、ウェブニュース「マッシャブル」の身売りまで。規模も状況も異なるニュースが集中する中で、共通するのは「スケールか死か」。
By Maximo Santana (CC BY 2.0)
デジタルシフトとスケール(規模)の競争、そして生き残り戦略の難しさだ。
既存のテレビ・ケーブルを追い上げるネットフリックス、アマゾンのネット配信。さらにデジタル広告費がテレビ広告費を追い抜く中で、そのパイの大半を握り、壁として立ちはだかるのはグーグルとフェイスブックの寡占体制。
大手メディアはよりスケールを、そしてスケールの壁にぶち当たったメディアは身売りか退場を。
その激震が、体感として伝わり始めたということのようだ。
●大手のつばぜり合い
この時には、新聞を中心としたトリビューンやガネットといった大手メディアグループで、収益が見込めるテレビ・デジタル部門を残し、不採算の新聞部門を切り離す、という動きが相次いだ。
今回の地殻変動でまず注目を集めているのは、マードック氏率いる、時価総額570億ドルを超す21世紀フォックスの売却の行方だ。
ニュース、スポーツへの集中を目指すマードック氏と、ネットフリックス、アマゾンなどのネット配信サービスの台頭を受けて、コンテンツの充実とスケールを目指すディズニーCEOのロバート・アイガー氏。
当初は、この両者の交渉が焦点だった。
ところがこの交渉が合意に至らぬ一方で、ウォールストリート・ジャーナルは16日、新たに通信首位のベライゾン、ケーブルを中心としたコムキャスト、さらにソニーが名乗りを上げた、と報じ、状況は混沌としてきた。
ベライゾンは6月に米ヤフーの買収(45億ドル)を完了したばかりで、傘下には「オース(Oath)」の名称で旧AOLブランドのハフポスト、テッククランチなどを擁する。またコムキャストも、傘下にNBCユニバーサルを抱える。
いずれもコンテンツの充実とスケールの拡大が至上命題になっている。特に、頭打ちとなっている米国市場とは裏腹に、フォックスの持つ海外事業は魅力的に映るようだ。
また、出版業界でも、ライフスタイル雑誌のメレディスが、有名なコーク兄弟の支援で、タイムの買収に乗り出すとウォールストリート・ジャーナルが16日に報じている。買収額は20億ドル規模になりそうだ、という。
●ネットメディアの苦境
ウォールストリート・ジャーナルは16日、人気ニュースサイト「マッシャブル」が、クラウドサービスのJ2グローバル傘下でPCマガジンなどを持つジフ・デイビスに約5000万ドルで売却されることで合意した、と報じた。
この買収額は、昨年3月、タイムワーナー傘下のターナー・ブロードキャスティングによる1500万ドル出資の際の評価額2億5000万ドルの5分の1にすぎない金額だ。
2005年設立のマッシャブルは、業績不振のため、売却先を探していた。
そしてこれもウォールストリート・ジャーナルが16日、ネットメディアの米バズフィードが、今年の売り上げ目標3億5000万ドルを15~20%下回る見通しで、来年に予定されていた新規株式公開(IPO)は繰り延べになるとの観測を報じた。金額にすれば、5000~7000万ドル程度、見通しを下回る計算になる。
同紙は合わせて、若者を中心に急成長するネットメディア「バイス・メディア」も、8億ドルを超す今年の売り上げ目標を下回る見通しである、と報じている。
それだけではない。デジデイは、ベライゾンのオースで560人のリストラが進行中と報じている。オースでは、すでにヤフー買収を受け、全社員の15%、2100人のリストラを完了している、という。
●寡占の壁
そして、「イーマーケター」の2017年の見通しでは、デジタル広告費は16%増の830億ドル。
このうち、42%のグーグル(350億ドル)、21%のフェイスブック(173億ドル)と合わせて、63%をこの2社で占めることになる。
しかも、デジタル広告費は今後も13%弱で成長すると見込んでいるが、そこに占めるグーグル、フェイスブックの割合は2018年66%、2019年68%と、拡大傾向にある。
つまり、残されたパイは全体から見れば、どんどんと小さくなっていくのだ。
特に広告に依存するモデルのサイトは、この壁と向き合いながら、スケールを取りに行くという、苦しい戦いを続けることになる。
ネットメディアをめぐるこの間の明るい話題としては、政治メディア「ポリティコ」の共同創業者、ジム・バンデヘイ氏らが昨年立ち上げた新興の政治メディア「アクシオス」が、新たに2000万ドルの資金調達を行い、来年末に向けて編集局を150人態勢に拡充する、とのニュースがある。
●政府は
米連邦通信委員会(FCC)は、同一事業者による同一地域の新聞、テレビの所有を制限する「クロスオーナーシップ」について、撤廃し、さらに同一地域のテレビ局上位4局のうち2局を同一事業者が所有することも認める、との決定を出した。
米ローカルテレビの最大手シンクレア・ブロードキャスト・グループは5月、やはりローカルテレビ大手のトリビューン・メディアを39億ドルで買収する、と発表している。買収が承認されれば、所有局数は233、全米の72%の世帯をカバーするローカルテレビグループが誕生する。
保守系のシンクレアの買収に対して、トランプ政権は肯定的と見られている。FCCによるこの日の規制緩和も、その後押しとの見方が強い。
一方、AT&Tによるタイム・ワーナー買収(854億ドル)という、10月に発表された大型案件もある。
ただ、この買収をめぐる反トラスト法(独占禁止法)上の承認を検討する米司法省は、その条件として、タイム・ワーナー傘下でCNNを運営するターナー・ブロードキャスティングの売却、もしくはAT&T傘下のディレクTVの売却を求めた、とフィナンシャル・タイムズなどが報じている。
トランプ大統領はCNNによる批判的な報道に対し、「フェイクニュースだ」との攻撃を続けてきた経緯がある。AT&TはCNNの売却を拒否しており、問題は法廷に持ち込まれるとの見通しも出ている。
●何が起きているのか
メディアアナリストのケン・ドクター氏は、16日に相次いで明らかになった動きを、こう総括する。
かたや映像コンテンツの世界ではネットフリックス、デジタル広告の世界ではグーグルとフェイスブックの寡占。その現実と対峙するには戦略とは、すなわちここにつきる、との指摘だ。
ブログメディア「トーキング・ポインツ・メモ」編集長のジョシュ・マーシャル氏は、さらに「デジタルメディア・クラッシュ」というさらに刺激的な表現で、現状を言い表している。
メディアの飽和、寡占プラットフォームの壁、そして投資家の手控えムード。
メディアの数を仮に30とすると、イスの数は25。うち10席は寡占プラットフォーム(グーグル、フェイスブック)が占めている。あぶれるメディアはどうなる?
それでも資金調達が続けば存続はできる。だが、投資が止まった途端に、事業のクラッシュにつながる――マーシャル氏はそう述べる。
「多くの場合、スケールは機能しない」と。
我々はまさに、デジタルニュースメディアのクラッシュの渦中にいる。ただ、誰もそれを口にしようとしないだけだ。
メディア界でこれから何が起きるのか。これらの見立ては、その参考になりそうだ。
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(2017年11月18日「新聞紙学的」より転載)