吹き荒れるポピュリズムの嵐 ~欧米大統領選で迫り来るその危機

大統領選の共和党候補指名を確実にしたドナルド・トランプ氏は、支持率で民主党のヒラリー・クリントン前国務長官を初めて逆転しました。

5月22日、米国とオーストリア二つの大統領選をめぐり、ポピュリズムの更なる拡大を痛感させるニュースが世界を駆け抜けました。

まずは、米国。大統領選の共和党候補指名を確実にしたドナルド・トランプ氏は、支持率で民主党のヒラリー・クリントン前国務長官を初めて逆転しました。

これまでは大統領選の本選でトランプ氏とクリントン氏が直接対決した場合、クリントン氏の勝利予想が高く、4月には10ポイント前後の差をつけていました。ところが、米政治専門サイト、リアル・クリア・ポリティクスの世論調査の結果、トランプ氏の支持率は43.4%、クリントン氏は43.2%と、僅差ではありますがトランプ氏が上回りました。

これは、米主要メディアによる直近の調査でトランプ氏優勢の結果が相次いだためで、ABCテレビとワシントン・ポストが共同で行った調査では、トランプ氏の支持率は2か月前の調査より5ポイント上昇し46%、一方クリントン氏は6ポイント下がり44%と、2ポイント逆転されました。またFOXニュースの調査でも4月中旬には7ポイント差でクリントン氏が上回っていたものの、今回は3ポイント差でトランプ氏が上回りました。

クリントン氏の支持率低下の要因は、サンダース上院議員との指名候補争いに依然として苦戦し、本選挙に不安を見せていることが影響していると見られています。

しかしABCテレビの調査では、トランプ、クリントン両氏の好感度について、ともに57%が「好ましくない」と回答。同テレビは、調査開始以来、最も不人気の候補同士の争いとなり異例の大統領選だと論評しています。

FOXニュースの調査でも、クリントン氏の「非好感度」は過去最高の61%を記録し、トランプ氏の56%を上回っています。

ちなみに、サンダース上院議員がトランプ氏と対決することを想定した場合、その支持率はサンダース氏が46%で、トランプ氏の42%を上回まっています。

保守かリベラルかを問わず、世界情勢や将来予測を考慮した現実的な政治よりも、大衆の欲求をすぐに叶えてくれそうなポピュリズム政治が、急速に支持を集めていることが分かります。

反難民、反エスタブリッシュ(支配階級)を掲げるポピュリズムの深刻な拡大は、欧州ではさらに鮮明となっています。

オーストリアでは、遂に「極右」大統領がEUに誕生かという瀬戸際まで追い込まれました。

大統領選の決選投票が行われた22日、右翼ポピュリズム政党・自由党のノルベルト・ホーファー国民議会第3議長が、緑の党出身のアレクサンダー・ファンデアベレン元党首に、49.7%対50.3%の僅差で敗れました。

「自由党」という名称を掲げながら、同党はもともと旧ナチ党員を主な支持層として組織された経緯を持ち、反難民、反イスラム移民、反EU、反グローバリゼーションを標榜する、反自由主義の「極右」政党。敗れたとは言え、その票差はわずか3万票余という紙一重の結果は、ポピュリズムの台頭・跋扈が懸念される欧州全土に大きな衝撃をもたらしました。

オーストリア大統領選での最大の争点は、難民問題。同国では昨年、人口850万人の1%強にあたる9万人が難民申請を行いました。EU域内では、スウェーデンに次いで突出した受入数です。

もともと欧州統合の敗者と言われる単純労働者に支持を広げてきた自由党ですが、難民政策に対する不満や不安を背景にして、大統領をあと一歩で誕生させるまでに躍進しました。

次の国民議会選挙で、自由党の議席はどこまで伸びるのか。今回の大統領選の衝撃は、EU加盟各国にどのように波及して行くのか。底知れない不安の暗雲が、今、欧州全土を覆っています。

他民族を排斥し人権を抑圧しかねない、反自由主義的・国家主義的ポピュリズムの広がりは、欧米に限ったことではありません。

5月9日には、その暴言ぶりで「フィリピンのトランプ」と異名をとるロドリゴ・ドゥテルテ氏が、大統領選で圧勝しました。同氏は、「犯罪者と汚職官僚は皆殺しだ」と繰り返し訴えることで強い指導者像を作り上げ、「裁判なんかいらない、人権なんかクソ喰らえだ」と、選挙中一貫して言い続けてきました。

米国でも、欧州でも、アジアでも、こうした暴言・妄言を吐く人物が大衆から大きな支持を集め、民主的な選挙手続きを経て政治のトップへと上り詰め、今まさに社会を動かそうとしています。

燎原に放たれた火の如く、今この瞬間も全世界に広がりつつあるポピュリズムの危機―それを唯一阻止できるのは、有権者ひとり一人の「良識」ある一票でしかありません。

では、良識ある有権者をどのように増やし、どのように育てるのか。

「ジャーナリズム」と「教育」が果たすべき使命と責任の重さを、痛感する日々です。

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