大規模軍事演習、ミサイル発射、無人飛行機...。朝鮮半島情勢が緊迫する中、北朝鮮がまた、新たな核実験をほのめかし始めた。金正恩(キム・ジョンウン)体制下で新たに打ち出した経済建設と核開発の「並進路線」に沿った動きとみられる。9日の最高人民会議で自らの足元を固め直した金正恩第1書記はさらに強行突破に打って出ようとしているのだろうか。
先月25日、オランダの日米韓首脳会談。歴史認識問題で対立する安倍晋三首相と朴槿恵(パク・クネ)大統領が申し合わせたように口をそろえた。
安倍首相「北朝鮮に経済発展と核開発の並進政策は不可能であることを認識させ、政策転換を促していかなければならない」(3月26日朝日新聞夕刊)
朴槿恵大統領「(北朝鮮は)並進路線を固守し非核化の意志を見せていない。強力な国際協力で戦略を変えさせる必要がある」(青瓦台HP)
北朝鮮側は、対韓国窓口の祖国平和統一委員会がこれに激しく反発した。
「朴槿恵(大統領)は、我々の核にとんでもない言いがかりをつけ、並進路線までけなした。...核問題について言えば、全朝鮮半島の非核化はあり得ても、一方的な『北の非核化』は絶対にない」(朝鮮中央通信)
■核兵器は安上がり?
北朝鮮が「並進路線」を打ち出したのは昨年3月31日、労働党中央委員会総会だった。核・ミサイルへの制裁包囲網で経済再建が見通せない中、「経済も核も」という「二兎」を追う戦略は常識外れのようにもみえるが、北朝鮮は逆に、「核があってこそ経済も」という独特の論理を展開している。
金正恩第一書記は党中央委総会で、次のようなことを述べていた。
▽核兵器が出現して70年近く、世界規模の冷戦が続く中で、多くの地域で大小の戦争があったが、核兵器保有国だけは軍事的侵略を受けなかった。...米国が核で威嚇している条件において、核武力を質、量ともに力強く築くべきだ。
▽並進路線は、国防費を増やさずとも、少ない費用で防衛力を強化しながら経済建設と人民生活向上に大きな力を振り向けられるようにする。
▽堂々たる核保有国になった今日、我々には強力な戦争抑止力に基づいて経済建設と人民生活向上のための闘争に資金と労力のすべてを集中できる有利な条件が整った。(『RP北朝鮮政策動向2013年第5号』)
要するに、米国の核脅威から自らを守るためには核兵器が必要であり、それは通常兵器より安上がりにつくという論理である。北朝鮮は、休戦状態で対峙する韓国に経済力などの面で決定的な差をつけられた。通常兵器競争ではもう、とても太刀打ちできない。ここは、「一発逆転」の核兵器に一点集中するしかない、というふうにも読み解ける。
■「イラク戦争の教訓」
北朝鮮のこうした主張は突然出てきたわけではない。11年前の2003年、米国がイラク戦争を仕掛けたさいには次のような主張をしていた。
▽物理的な抑止力、いかなる攻撃も撃退できる強大な抑止力を備えてこそ、戦争を防ぎ、国と民族の安全を守ることができるというのがイラク戦争の教訓である。(2003年4月6日、外務省スポークスマン声明)
▽我々が核抑止力を備えようとするのは誰かを威嚇、脅迫するためではない。通常兵器を縮小し、人的資源と資金を経済建設と人民生活に振り向けるためである。米国が敵視政策をやめない限り、少ない資金でいかなる先端兵器や核兵器も無力化できる抑止力を強化することになる。(同年6月9日、朝鮮中央通信)
こうして北朝鮮は核兵器開発に突き進み、2005年2月、「自衛のための核兵器をつくった」と宣言。その後、3度にわたる核実験をへて今、「並進路線」を進めているというわけである。
「並進路線」は、去年4月の最高人民会議で法令化もされた。そこでは自らを「核保有国家」と規定。その核兵器について(1)世界の非核化が実現するまで、侵略と攻撃を抑止・撃退して侵略の本拠地に報復打撃を加える(2)核抑止力と核報復打撃力を質、量ともに強化する----といった内容が盛り込まれた。
それから1年をへて、この4月3日、朝鮮中央通信は「並進路線----万能の霊剣」と題して次のような「解説」記事を配信した。
▽最近、多くの国と地域で起きた悲劇的な事態は、わが党が示した並進路線の正当性と生命力を改めて実証している。にもかかわらず、その真髄を歪曲し、一方で、核兵器を棄てなければ、経済発展はないと威嚇、恐喝し、他の道を選べば豊かになるよう援助すると懐柔している。
▽敵は我々を軍備競争に引き込んで窒息させようとしている。しかし我々は国防費をさらに増やさず、少ない費用であっても戦争抑止力を引き続き強化し、一方で経済建設と人民生活の向上に大きな力を振り向けている。核抑止力をがむしゃらに固めること、それ自体が最高の経済建設である。
9日の最高人民会議では、崔竜海(チェ・リョンヘ)人民軍総政治局長を国防委副委員長に引き上げるなど側近で権力基盤を強化。内閣でも原子力部門を格上げし、改革派とされる経済担当の朴奉珠(パク・ボンジュ)首相を留任させるなど、「並行路線」への布陣がうかがえる。
■キッシンジャー氏の知恵
私たちはいま、そんな北朝鮮と向き合っているのである。すでに指摘したように、これが劣勢からの「一発逆転」を狙った「非対称戦略」なのだとすれば、北朝鮮はますます核は放せなくなる。
実際、いったん核を持ってしまった国にそれを放棄させるのは容易なことではない。元外務省国際情報局長の孫崎享氏はその著書『これから世界はどうなるか----米国衰退と日本』(ちくま新書)で、キッシンジャー米元国務長官の次のような指摘を紹介している。『核兵器と外交政策』(田中武克・桃井真訳、日本外政学会 絶版)からの引用で、そのまま孫引きすれば、こうだ。
▽核兵器を有する国はそれを用いずして全面降伏を受け入れることはないであろう。
▽一方でその生存が直接脅かされていると信ずるとき以外は、戦争の危険をおかす国もないとみられる。
▽無条件降伏を求めないことを明らかにし、どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠をつくることが米国外交の仕事である。
いま、北朝鮮は体制の崩壊を恐れている。そうだとすれば、その核問題もやはり、その「生存の問題を含まない枠」の中で解決していく以外に道はないようにみえる。
■「ペリー・プロセス」
かつて米クリントン政権下、1994年の朝鮮半島第1次核危機に際し、国防長官としていったん北朝鮮空爆を決意してギリギリで回避し、その後98~99年、米政府の北朝鮮政策調整官として北朝鮮の核・ミサイル問題の解決に向けて「ペリー・プロセス」を推進したウィリアム・ペリー元国防長官は昨年2月ソウルを訪れた際、聯合ニュースとのインタビューで次のように語っていた。
▽94年当時はすべての核施設が1カ所に集まっていて1回の打撃で破壊することができたが、当時も外交交渉と制裁が優先されていた。いま、核施設は北朝鮮全域に散らばっており、移動させることもできる。軍事攻撃で核能力を除去できない。
▽かつての我々の任務は北朝鮮が核兵器をつくれないようにすることだったが、もう核兵器をつくってしまっている。しかし、かつての「ペリー・プロセス」の原則はいまも適用可能と思う。米日韓が一体となって取り組む「3者プロセス」が必要だ。また、北朝鮮を「あるがままに」理解する努力が必要だ。
ここで、北朝鮮を「あるがままに」とする点が重要だと思う。ペリー氏が99年秋に米政府に勧告した「ペリー報告」の中で、米国の対北朝鮮政策において欠かせないことの一つとして、次の点を真っ先に挙げていた。
▽米国の政策は、我々がそうなってほしいと期待する北朝鮮政府でなく、あくまで現状の北朝鮮政府に対処するものでなければならない。
これを私なりに解釈すれば、こうあってほしいと願う北朝鮮----たとえば、核・ミサイルを放棄し、拉致問題を解決した、そんな北朝鮮と向き合おうというのではなく、いま目の前にある北朝鮮をそのままに認めて、それと交渉しなければならないということである。
「ペリー・プロセス」は当時、韓国の金大中政権の「太陽政策」と共鳴し、2000年6月の金大中(キム・デジュン)大統領と金正日(キム・ジョンイル)総書記の南北首脳会談、同年秋の米朝共同コミュニケ発表とそれに続くオルブライト米国務長官の訪朝も、そんな流れの中で実現していった。しかしクリントン政権の任期はここで切れ、続くブッシュ政権の「ネオコン路線」で、平和プロセスは挫折したのだった。
当時、ペリー氏と呼吸を合わせ、金大中大統領の右腕として朝鮮半島の平和プロセスを推進したのが韓国の林東源(イム・ドンウォン)元統一相だった。林東源氏はいまの状況をどうみているのか。先月、ソウルを訪れた際にその話を聞いた。(次回に続く)