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2018年03月15日 09時52分 JST | 更新 2018年03月15日 09時52分 JST

今、あるものに感謝する

パタゴニアに住んでから私が学んだ教訓の一つだ。

原生林と川と湖と氷河に囲まれた、南米チリのパタゴニア地方で暮らす私たちの日常のストーリーを綴っています。今回は、その16回目です。

「シンプル・ライフ・ダイアリー」 8月18日の日記から。

朝、起きると雨が止んで、雲の合間から太陽が出ていた。思わず、「太陽だ!」叫んでしまう。こんなに雨が続くと、古代の人々が太陽を神様のように拝んでいた理由が良く分かる。久しぶりに見る太陽に、思わず手を合わせたくなってしまった。

ところが、喜んでいたのも、つかの間、あっという間に黒い雲が空を覆い始め、お昼を過ぎた頃から、土砂降りになった。

Paul Coleman

家の外にあるキッチンで食器を洗っていると、家からポールが出てきて、何か言った。キッチンのトタン屋根に当たる大きな雨音で、ポールが何を言っているのか、聞こえない。

「何か言った?」叫び返すと、ポールが答えた。

「『今日こそは、晴れるかと思ったら、また、雨か!』って言ったんだよ。でも、愚痴じゃないよ。雨は降らないより、降った方がいいからね」

たしかに、ポールの言う通りだった。去年は、長い間、雨が降らず、自分の土地にある小川が枯れてしまったので、遠く離れた川から水を汲んで来なければならない農家の人たちもいた。

「こんなことは、初めてだ」と、みな驚いていた。この地域は、世界の中でも、最も雨が多く降る地域の一つだし、今まで、旱魃になったことなどない。だから、誰も、こんなことが起こるとは、予想もしていなかった。

そこで、去年は、たくさんの人が、うちの貯水池を見学に来た。私たちの土地は、村営の水道につながっていないし、自分たちの土地には、小川がないので、隣家の土地にある泉から出た湧き水を汲んでいる。土地を買う時に、「夏の間、2ヶ月は水が枯れる」と言われていたので、水を貯めておくことは、私たちにとっては、とても大事なことだった。

そこで、湧き水は、飲料水・料理用として、2400リットル、タンクに保存できるようにし、屋根から集めた雨水は、食器洗いと洗濯用に、敷地内のあちこちに16ヶ所作った貯水池に貯めた水は、畑の水遣りに使うようにした。

Paul Coleman

当然のことだけれど、雨が降らなければ、水不足になり、畑の野菜も育たないし、自分たちが飲む水もなくなる。私たちの場合、夏の間、2ヶ月、泉の水が枯れると言われていたことが幸いした。一年中、水が豊富にあったとしたら、タンクや貯水池を準備することもなかっただろう。

そんなことを思いながら、食器を洗っていると、雨はさらに強くなって、まるで、空のダムが決壊したかのように、一気に土砂降りになった。かと思うと、数分後には、ぴったと止んで、太陽が顔を出した。

「よし、今がチャンスだ!」食器洗いもそこそこに、私はゴアテックスのズボンを履き、ジャケットを着て、バックパックを背負い、村へ買い物に行く用意をした。ところが、いざ、出かけようとすると、また、雨が降ってきた。ポールに天気予報をチェックしてもらうと、今月一杯、毎日、雨か雪マークだった。うーん、あきらめて、出かけるしかない。ここ数日、家の中にいて運動不足だし、歩きたかったので、思い切って出かけることにした。

丘を下り、メインの道路に出て、橋を渡ると、作業服を着た若者たちが、舗装したばかりの道路の脇に、排水溝を作っていた。みんな、カッパを着ているけれど、上から下まで、ずぶ濡れだ。雨が強いので、あたりには、牛や羊や馬の姿さえ、見えない。歩いているうちに、眼鏡が曇り始めた。

2キロ歩いて、村に到着した。村の入り口にある看板の横で、いつものように、牛が草を食べていた。

Paul Coleman

まずは、小さな八百屋に行く。店に入ると、中は薄暗く、棚に何があるのか、良く見えなかった。眼鏡を拭いて、さらに、よく見ると、くたびれたニンジンやタマネギ、トマトやバナナ、アボガドなどが並んでいた。一つずつ手に取って、しっかりと見極め、バナナは、真っ黒になりすぎていないもの、アボガドは、ぶにゃぶにゃになりすぎていないものなどを選んだ。

「野菜や果物は、次は、いつ来るんですか?」レジのおばさんに尋ねと、おばさんは、言った。

「明日かなあ。もし、天気が良ければだけど・・・」

ラフンタに運ばれてくる食料品のほとんどは、400キロ北にあるプエルトモンという町からフェリーで運ばれて来る。プエルトモンとパタゴニアの北の玄関口、チャイテンとの間には、フィヨルドと密生した温帯雨林が広がっていて、道路を作ることができないのだ。そこで、冬になると、嵐になれば港は閉鎖され、フェリーは欠航。店には2週間、食料品が届かないということもよくある。

だから、今日は、ほしいものが店にあっただけでも、ラッキーなのだった。私は、買ったものを、バックパックに詰め込み、「ありがとう。じゃあ、またね」と、挨拶をして、次の店に向かった。

次の店は、明るくて、暖かかった。この店は、ミリアム、イレーネ、ジョリーの三姉妹が切り盛りしていて、コーヒーやオリーブオイル、海の塩などを売っている。ラフンタには、大きなスーパーがないので、必要なものを買うために、2つか、3つ、個人商店を回うのが常である。

ところが、今日は、いつも買うブランドのコーヒーがなく、代わりに他のブランドのコーヒーが、ずらりと並んでいた。

「いつも買ってるコーヒー、在庫ある?」と、イレーネに尋ねた。すると、イレーネは、「ああ、あれねえ、売れ切れちゃったわ」と言い、「注文する予定はある?」と聞くと、「ないわね」と素っ気なく答えたのだった。ああ・・・日本だったら、「申し訳ございません。すぐに入荷いたしますので、云々・・・お客様は神様です」となるのだろうけれど、パタゴニアでは、そんなサービスは、ないのである。

「うーーーん」うなってみたけれど、ないものは、ない。仕方がないので、他のブランドのコーヒーがあっただけでも、よしとして、それを買った。

店から出てくると、雨は止んで、雲の合間から太陽が差していた。雪をかぶった山が聳え立っているのが見え、辺りが金色に染まっていた。「わあ!きれいだ」立ち止まって、しばらく、見とれていた。

Paul Coleman

帰り道、牛や羊が草原に出て、草を食べていた。来る時に、挨拶をした道路工事の作業員の若者が、空を見上げて、嬉しそうに大声で歌っていた。橋を渡り、美しい景色を見ながら、丘を登る。気づくと、うちのゲートの前に、一頭の子牛がいた。

子牛は、ムシャムシャと草を食べていたが、私に気づくと、口を動かすのを止め、つぶらな瞳で私を見つめた。口から草がはみ出している様子がおかしく、可愛らしかった。子牛は、ちっとも、怖がっていなかったので、ゆっくり回り込んで、ゲートを開け、丘を上がった。数分後、家に到着。バックパックを下ろした途端に、雹が降り始めた!

「わお、間に合ってよかった!」帰り道、一滴も雨が降らなかったことに感謝した。

ないものを嘆くより、今、あるものに感謝する。これは、パタゴニアに住んでから私が学んだ教訓の一つだ。

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