どうなる?アジアの企業に買収されたら

「グローバル企業」といわれるようなアジアの大企業のカルチャーの中でも特に人事慣行に焦点を当てて、その特徴を述べてみたい。

初投稿になります。M&A Online編集長の田口です。今回の記事は、海外M&A人事に詳しい森範子氏が紹介する「もし読者の勤める会社がアジアの企業に買収されたら?」です。(田口 雅典)

金型メーカーの老舗、オギハラがタイ資本に買収されたのは2008年。日本の金型産業衰退への懸念とともに、アジアの企業がここまで力を持つようになったかと驚いたことを覚えている。今日では資本力で日本企業を上回るアジア企業も数多く存在し、こうした企業が、日本の大手企業を買収するケースが散見されるようになった。

実は、買収後の組織の融和は、欧米企業に買収されるときよりも、アジア企業に買収される方が難しい。背景には、日本人社員に潜むアジア経済圏のリーダーとしての自負心もあるが、より大きな問題は、「アジアは文化的に日本と近いから企業カルチャーもそれほど違わないだろう」という先入観にある。

ところが実際は、「グローバル企業」といわれるようなアジアの大企業のカルチャーは、日本よりもむしろアングロサクソンのそれに近い。本稿では企業カルチャーの中でも特に人事慣行に焦点を当てて、その特徴を述べてみたい。

若くして抜てきされ高額報酬を得る能力主義

まず、アジアのグローバル企業は人材育成と活用で日本企業よりも進んでいることは、最初に述べておきたい点だ。早期選抜による集中的な人材への投資や、 年齢によらない思い切った登用を行う企業が多く、特に優秀な若手社員には海外留学の機会を与えたり、役員に抜擢したりするケースも珍しくない。高額な利益 連動ボーナス制度があり、役員となり業績を上げれば同年代の社員の数十倍の報酬が与えられる。

こうした能力主義をベースとする人事慣行は欧米企業でも珍し くはないが、アジアのグローバル企業にはオーナー企業も多く、そこでは欧米以上に思い切った抜てきや処遇が行われている。例えば韓国のある財閥系企業は 30代で役員に登用され、報酬も1億円超を得ることがある。

反面、業績が伴わない場合は結果責任を問われ、降格や退職勧告が行われる。一定年数以上同じポストにいる(昇進が止まったキャリアの頭打ち状態)と居づらくなって自発的に退職するUp or Outという暗黙の了解もある。人事評価で下位5%に入った社員は数年内に退職勧奨対象になる「5%ルール」を人事制度に取り入れる企業も多い。

上記の韓国の大手企業では40代までに役員になれない管理職は「名誉退職」と呼ばれる自主退職を迫られる。

日本でも近年、早期選抜制度を導入する企業が増えたが、アジアのグローバル企業に比べるとかなりマイルドだ。上場企業の場合、役員登用の平均年齢は60歳前後だ。労働人口の高齢化と定年延長で、役員の就任年齢はむしろ上がってきている。また1億円以上の報酬を得ているのは上場企業全役員数のわずか1%に過ぎない(労務行政研究所13年)。アジアのグローバル企業で働くことは、雇用の安定という点ではリスクもあるが、リターンも大きい。

学歴でキャリアパスがある程度決まる

また「学歴」がキャリア形成上重要な意味を持つのも日本とは違う点だ。入社要件はもとより、内部での昇格要件としても学歴基準を設けるケースは多い。経営企画や財務部など経営に近い部署や高いポストでは修士や博士の学位が必須のことが多い。上級管理職ともなると、欧米の大学で学んだ人の割合は日本よりも多い印象だ。

自国やアジア圏だけでなく欧米市場も視野に置くグローバル企業だからこそ、人材の獲得競争はグローバルなものになる。社員の方も必死である。グローバル企業が集まるエリアではキャリアアップを目指す人のための夜間大学院がどの国でも盛況だ。

こうしたやり方は、日本人の目には学歴偏重と映るかもしれない。企業側でも、学業と実際に仕事ができるかどうかは別問題だという意識が強く、新卒には必ず現業からキャリアをスタートさせ、多くの人の目を通して、「資質」というファジーな基準による見極めをじっくりと行い、その後に昇格なり配置転換を行う。見誤りは少ないかもしれないが、時間がかかるやり方だ。

大学教育の現状との関係で致し方ない部分もあるかもしれないが、グローバルで優秀人材を集め能力主義で処遇するアジア企業に、人材育成のスピードで差を広げられつつあると筆者は感じる。

買収会社から見た日本企業の社員

最後に、アジア企業側から、日本企業の社員がどう見えるかについて、あるアジアの企業が日本企業を買収した時の事例を紹介したい。

その会社のCEOの視点である。

買収締結後1カ月以内に両社から各部門の担当役員を集めたキックオフミーティングを行うが、自社は40代、日本側は50代後半から60代という年齢差にまず驚くという。部長クラスのプロジェクトチームでも、自社は20代~30代前半、日本側は50代である。違いは年齢差だけではない。自社の役員や部長が会議の場で次々に意思決定して物事を処理していくのに対して、日本側は持ち帰って検討するという。

3カ月経ったところで、このCEOは、日本側は役割の明確でない中高年社員が多すぎるし、キーパーソンがそもそもいない組織だという考えを持つようになる。この日本企業の業績が振るわないのは、社内に人材がいないからであり、人員整理と、自社からの人材派遣が必要だとの結論に達した。

いつかその日に備えて

もし読者の勤める会社がアジアの企業に買収されたらどうだろう。

上記で述べたような能力主義や学歴主義の影響を受けるのは、当面はアジア企業の本社に直接レポートする上級管理職だけかもしれないが、若手社員もいずれは、キャリアの上でガラスの天井にぶつかることは避けられない。

日本企業の強みは、末端の社員、若手社員のレベルが標準的に高いところにあったが、グローバル競争はさらに高いレベルを求めるようになっている。アジアの企業で働いたり、日本人以外の上司に仕える経験を通じて、自分の視野を広げたり、サバイバル感覚を身に着ける努力が今後は必要だ。

(文:オフィス・グローバルナビゲーター 森 範子)

M&A Onlineより転載

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