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「節目なんて、ない」。震災から10年、取材を受け続けること約600件。その中で感じた3.11報道の“テンプレ化”。2年前に苦言を呈した宮城県女川町の老舗蒲鉾店の社長に改めて聞いた。
2011年3月11日、出身地の仙台で被災。あの日、最も記憶に残っているのは大きな地震の揺れではなく、避難した後に降ってきた「雪」だった。10年が経ち、被災者の1人だった彼が、アスリートになった今、伝えたいこと。
東日本大震災から6年が経った2017年3月11日、気仙沼の街を歩いた。
東日本大震災から6年を迎える3月11日、被災地の宮城県気仙沼市で、追悼の祈りを込めた3本の「光の柱」が夜空に立ち上がる。
ジョークサイト「アンサイクロペディア」に書かれた、ある項目の内容が話題になっている。
今回は、被害の大きかった大槌で、まちづくりの最前線に立つ碇川豊(いかりがわ・ゆたか)町長に行政という立場での難しさや復興への思いを聞いてきました。
3年目の3.11が終わりました。個人的には、ここから先が復興のためのリスタートの時期と考えており、3年目の3.11以降がお祭りの後みたいな感じにならないように、どう継続可能なことを考えていけるかが大事であると思ってます。
原発がなかった福島県の広野町に、原発事故で大量の原発作業員がやってきた。この街で今起きていることは何か。原発作業員を支える元東電社員に聞いた。
My Eyes Tokyoハフィントンポスト版「311特集」。2011年3月11日の東日本大震災発生以来、宮城県南三陸町を拠点に震災復興支援活動を続ける"O.G.A. For AID"の運営理事、 アンジェラ・オルティスさんをご紹介しております。
3月11日が、新しい記念日として制定されそうだ。安倍首相は3月4日、東日本大震災が発生した3月11日を、政府の定める何かしらの「記念日」として制定するため、検討に着手する考えを明らかにした。公明党の若松謙維議員の質問に答えた。