makkasa

憲法九条と自衛隊の合憲性は長らく議論されてきました。
「メルボルンから東京までは長い道のりだった」
宮城県名取市の佐々木一十郎(ささき・いそお)市長が3月2日の市議会で、「市広報に掲載したマッカーサーの証言だとして引用した言葉は誤りだった」と謝罪した。
段々と齢を重ねるにつけ、自分の知らないことのあまりの多さに言いようのない焦燥感を感じております。
私は10日間ほどのパリ滞在中に、さる若い淑女とお近付きになったことがある、などと思わせぶりな書き方をすると、ヘンな妄想を逞しくする方がおいでかもしれない。心配御無用、小学校1年か2年の女の子である。
1945年。終戦直後の姿を、アメリカ陸軍の写真班が捉えている。
4月29日は昭和天皇が生まれた「昭和の日」。これを機会に、太平洋戦争とその後の復興を成し遂げた激動の時代を、昭和天皇の1歳から82歳までの豊富な写真で振り返ってみよう。
昭和8年生まれの私は、「鬼畜米英」のスローガンのもと「出てこいニミッツ、マッカーサー」と威勢良く歌いながらも、実際は米軍機の激しい空襲にさらされた世代の一人である。このドーリットル隊初空襲との遭遇は、ほんの序章だった。
GHQのマッカーサー最高司令官が建設を指示したという伝説がある「マッカーサー道路」が、3月29日に開通する。計画決定から実に68年もかかった計算だ。都心の虎ノ門〜新橋間の約1.4キロが結ばれることで、慢性的な渋滞の解消が期待されるほか、2020年東京オリンピックでは選手村と各競技場を繋ぐ大動脈となりそうだ。
8月の日本で公開の映画は、時節柄どうしても第二次世界大戦関連の映画が多くなる。この映画は8月15日の終戦の後、8月30日にGHQ(General Headquarters)最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が厚木海軍飛行場に降り立つ、そして、9月27日の天皇陛下との会談までの1ヶ月の短い期間が中心となる。その本当に短い期間に、日本の将来が決まったのである。