somashi

「一見被害が小さい家の一軒一軒にも、それぞれの苦悩と悲しみがある」
東日本大震災における相馬市の震災後対応の速さは、立谷市長の有事の際の機転と、リーダーシップによるものだけではないと思います。
相馬市全居宅棟数15,616棟のうち、約30%に当たる5,584棟が被害を受けた。
熊本地震の被災地を支援するために、福島県相馬市は4月20日はキッチンカーを派遣した。
老災と闘う毎日ではありますが、今後は被災者としてではなく、貧者の一灯として応援のメッセージを送らせていただく側に立ちたいと心がけております。
7月16日から20日にかけて、相馬市の仮設住宅入居者を対象とした健康診断が実施された。東日本大震災以降、恒例の行事となっており、今年で5回目だ。
東日本大震災が起きてから4年となる3月11日を、福島県相馬市の漁業者たちは収まらぬ憤りとともに迎えた。本来ならこの週、コウナゴ(小女子)の漁が相馬沖で始まる予定だったが、突然の事態で先送りになったのだ。
いま、私のいる福島県相馬地方では、急速に高齢化が進んでいる。震災や原発事故の影響で、多くの若い人が避難してしまったからである。
事故から3年7カ月が過ぎた同県浜通りの被災地では、再生の歩みが各地で壁に突き当たり、新たな難題山積が希望を揺るがす。苦闘する住民の声は候補者に届いているのか。
2013年、宮城県に医学部の新設が決まりました。どうして、東北に新設医学部なのでしょう。そこで、今回は医学部の地域差について考察してみます。